第14話同胞にして敵、異世界転移者
2人は丘を回り込み、長い階段を上がる。
その先に広場があった。右手には屋外演劇場、左手には音楽堂。
真っすぐ進むと、神殿への道に出る。佳大は広場の半ばまで進んだ瞬間、予感のような物を感じて観客席に顔を向けた。
独りの若い男が、女2人を連れて座っている。
髪は黒く、侍らせている2人と比較すると、顔の凹凸が少ない。
すぐ隣に並んでいる為、違いは明らか――アジア人だ。軽装の鎧を身に着けているが、コスプレじみている。
「よぉ、俺は田中浩之(たなかひろゆき)。尖兵…でいいのかな」
黒髪の男は観客席から立ち上がり、佳大たちの傍まで歩いてくる。
微笑を貼り付けており、どうやら機嫌を取ろうとしているようだ。左手を上げているが、右手が柄の上を漂ったのを、佳大は見逃さなかった。
「杉村佳大」
「僕はクリストフ!何の用?」
「ヴァルダ神からお告げが来てな、俺と一勝負してくれ」
「嫌だ」
浩之は女2人を下がらせ――弾かれたように顔を向けた。
「嫌って」
「お前の頼みを聞く謂れが無い。じゃあな」
「こっちも困るんだけどな…」
「別にいいじゃない。ヒロユキ有名だし、結果の見えてる勝負がしたくないって気持ちは分かるわ」
明らかにこちらを揶揄した口調だが、佳大は眉一つ動かさない。知らないよ、と口を開いた瞬間、クリスが前に出た。
「じゃあ、僕に譲ってよ。いいでしょう?」
「えぇ…、よし。じゃあ、コイツに勝ったら、俺も戦おう。それでどうだ?」
「はぁ――!?それだとヒロユキが…」
「待った待った、それでいいよ。条件も指定されないし、ヴァルダ様も許してくれるだろ」
浩之とクリスが屋外舞台の中央で向かい合う。
女2人と、佳大が遠ざかる。口うるさい方が逃げないでよ、と吐き捨てていったが、逃げる気はない。
3人は観客席に腰を下ろした。ヴァルダ神、明らかな日本人名…恐らくご同輩だろう。
聞きたいことはいろいろあるが、この男は素直に喋るだろうか?
女連れだろうと興味は無いが、こちらの質問に答えないなら関わるだけ時間の無駄。
そう思った途端、受けて立つ気が無くなった。彼の身の上には、今夜の夕食ほどの興味も無い。
「じゃあ、見てるから。全力で行け!」
「勿論!」
佳大はクリスの外套と、荷物を受け取った。
「頑張ってね、ヒロユキ!糞ウザイ外套ごと、3枚に卸しちゃって!」
「気をつけてください…、その男の子」
「大丈夫だって、そうひどい事にはならないから」
浩之の連れの声援も止んですぐ、戦いが始まった。
黒髪の青年は滑らかに抜剣し、クリスに斬りかかる。
細身に反して、剣技は実践本意の荒々しいものだった。最短、最速の太刀筋で急所を狙う――言いつづめるとそれだけ。
クリスは全く自重しなかった。
開幕早々、屋外劇場全域に寒波を放射。爆発するように氷雪が広がり、視界が白銀で覆われてしまう。
舞台を取り巻く扇形の段差のあちこちで、氷壁が種が芽吹くように隆起した。
弾けるような哄笑から察するに、クリスは浩之どころか、客席にいる佳大の事すら忘れ去ったようだ。
死者を喰らい、鬼と化した佳大にとって、急降下した気温はどこか遠い。
弾丸のように氷槍、氷礫が吹き付けるが、クリスの昂奮を反映したもので、意図したものではない。
「寒い寒い……」
「ヒロユキ!」
氷壁と吹雪に阻まれて見えないが、劇場のあたりから空気と氷が破裂する音がする。
浩之は敵手が容易ならざる相手らしいと、この時になってようやく悟った。少年は両腕を黄金の毛で包んだかと思うと、爪撃の雨霰を浴びせてきた。
毎秒数百を超す肉体の弾幕。鎧が砕け、頬や脛、肩の肉が抉られる。瞬く間に軽くない負傷を負ったが、致命傷は辛うじて防いだ。
また、愛用の剣は折れていない。西大陸で魔族の砦攻略時に手に入れた黒瑪瑙の剣。
(スピードだけじゃない、一発一発が重い…)
駆け下りる女達目がけて、雹弾が浴びせられる。
仮に女達が加勢に入ったなら、金髪の少年は嘲笑いながら歓迎しただろう。
しかし、肩を抉り、頭を強打する氷の弾丸の勢いは激しく、悴んだ指は武器を抜く事すらできない。
冷えた空気を吸って咳き込んでしまい、支援魔術の行使すら封じられている。
浩之の一閃。黒瑪瑙が怪しく輝き、男の内奥から力を絞り上げる。
ヴァルダの使徒である彼は、極寒の中でもよく動いていた。
浩之が発動させたのは身体を酷使する代わりに身体能力を3~5倍に高める奇跡だが、出し惜しみは出来ない。音の速さに達した剣が吹雪を一瞬、周囲から後退させた。
「なかなかの対応速度だ。この状況で狼狽えなかったんだからね、少しだけほめてあげる」
浩之の剣は空を切った。向きを変えると同時に、声の方へ剣を斬り上げる。金属音の向こうに、麗しい金髪の怪物がいた。
「ヴァルナだかロムードだか知らないけど」
クリスが口を開く同時に、轟音が吹き上がった。
衝撃と轟音により、浩之の身体が襤褸のように吹き飛ばされる。
彼が客席に着弾するより早く、クリスは浩之の頭を指で掴んだ。
「つまらない戦いしかできないなら、話しかけないで欲しいなぁ」
「――ッ!?ふざけんな、偉そうに。不意打ちじゃんか…!」
「戦いってそういうものでしょう?女の子にチヤホヤされる以外、取り柄のない愚図の癖にさぁ」
抑え込まれた浩之は腕を持ち上げ、クリスの右肩に突き刺す。上衣を裂いただけだが、クリスはそれで機嫌を良くしたようだ。
「アハ♪頑丈なのは、佳大と一緒なんだねぇ。そぉれ!」
クリスは観客席の床に、浩之の顔を押し付けると疾走を開始。
鼻が潰れ、押し付けられた眼球から水分が絞り出される。クリスは浩之の顔面をすりおろすように動くが、その顔は崩れない。
ヴァルダの神力をたっぷりと注がれ、強化された肉体と意識が浩之に気絶を許さない。クリスは紅葉卸に飽きると、頭蓋骨に指を突っ込んだまま、ヌンチャクのように振り回し、地面にその身体を叩きつける。
《ヒロユキ、もう一つの奇跡を使え》
浩之の意識内に、ひびわれた声が響く。
黒瑪瑙の剣――ヘパイストス=エラの作成物の一つであり、"恐怖"の銘を持つ神剣。
古代、英雄リュートが振るったことで知られる神剣には2つの奇跡が宿っており、2つ目はリスクの大きさから、使われた事が無かった。
(ヒドイことになってるな…)
佳大は観客席にぼんやりと座りながら、真っ白な世界を眺めていた。
肩を落とすと、席から立ち上がる。叩きつけるような吹雪が佳大を襲う。クリスに全力でやれと言ったが、これはやり過ぎだろう。
この吹雪はどこまで広がっているだろうか、エルフィまで広がっているだろうか?
警察……は存在していないはず、来るのは治安維持を任務とする巡回部隊ではないか、そろそろ止めに行くか――と考えながら歩き出した佳大の背中に、鋭い声が浴びせられる。
「ちょっと、アイツの事止めてよ!あんたの仲間でしょ?」
先程、自分を煽ってきた女だ。
名前は知らないが、全身に雪を張り付けた顔は白い。
連れの女性と共に、小刻みに震えながら佳大に近づいてきた。
「止めるから、話しかけるなよ」
「…本当ですか?」
「本当、本当」
佳大は舞台に降りていく、クリスと浩之の気配は知覚できた。
彼女達の言うことを聞くのは癪なのだが、下手に騒ぎを起こすとギルドから除名されそうで、今後の事を思うと不味いかもしれない。
如何なヨシヒロとて、柔らかい布団で眠りたいし、温かい食事が欲しい。都会で生まれ育った彼は、野生動物のように暮らせないのだ。
(そもそも、こいつら殺したら、捕まるよなぁ…多分)
このような場所で大暴れし、挙句殺人を犯すとなると、市側に罪人として拘束される恐れがある。
しかし、佳大は焦っていなかった。除名されたら除名されたで、どうとでもなるだろう。捨て鉢な明るさが、佳大を勇気づける。
そもそも逮捕される、という事の重大さがよく分からない。
「クリスー、まだ終わらなーい?」
「うーん!こいつ、結構頑丈でさぁ、もうちょっと待ってて」
佳大はちょっと考えてから、クリスから遠ざかる。
真っすぐ進みながら、クリスの気配を探る。クリスの反応は強く、隣の――浩之らしい気配は波動が乱れている。危機には陥っていないらしい。
この吹雪はどこまで広がっているのか、確かめたい。そう思い歩き続けるうち、佳大は氷雪の壁から脱出した。
視界がほぼゼロなので距離感は無いが、広すぎはしないだろうか。疑問に思ったが、脱出に仕掛けを必要としないので、深く考えることは無かった。
「おぉっ…、出てきたぞ」
「浩之様とよく似ているな…」
野外劇場を覆う吹雪の外には、武装した兵士が待ち受けていた。
ロムード神殿が抱える軍事力、神殿騎士達である。吹雪を囲むように広がった騎士の壁が左右に割れ、中から法衣に身を包んだ老人が現れた。
「あの、貴方がロムード様の使徒であられますか?」
「…使徒かどうかは知らないが、ロムードに招かれてこの世界に来た」
騎士の間にどよめきが広がる。
彼らの様子を不快に思いつつ、振り返ると白い竜巻が視界を空に割っている。
「使徒様?」
「なんだ?」
「ヒロユキ様は、あそこに?」
「おぉ、俺の仲間と戦ってる。ところで、使徒ってなんだ?」
法衣の老人――ロムード神殿の長は恭しく頷く。
使徒、というのは神から指名を預かった人間の事だ。まだ地上にいた頃、彼らは人と交わり、その子供達は半神の英雄となった。
人間世界から姿を消した後、彼らは選んだ人間に加護や神通力を与え、その引き換えに神意を代行させたのだ。
ヴァルダの使徒とロムードの使徒――浩之と佳大が決闘を行う事を、エルフィの指導層は夢で告げられたそうだ。
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