第13話冒険者ギルドのホール
「よぉ、あんたら質屋で金作ってたよな、出しな」
「生命だけは助けてやるよ」
クリスと佳大が動いたのは、ほぼ同時だった。
自分が先に動けば、殺すまではいかないだろうと思ったが、この状況では皆殺しは避けられないだろう。
とはいえ、止める気はない。殺すほどの気力がないだけで、邪魔者には違いない。虜囚の女を殺すほど悪辣ではないが、絡んできたゴロツキをタダで返すような善人ではないのだ。
(あ!)
クリスは黄金の人狼となり、ゴロツキに飛び掛かる。
佳大は襲い掛かろうとした刹那、返り血の問題に思い至った。
またどこかで血糊を落とさなければならない。ゴロツキ共は、クリスが勝手に殺すだろう。
彼は一歩当たり10mの感覚で、疾風のように駆ける。二歩歩いたところで、返り血で黄金の毛を染めた人狼が追いつく。
「置いてくなんてひどい!何で先に行くの!」
「返り血浴びるのが嫌だったんだよ」
佳大は立ち止まり、2人は街道から外れる。
「どこかで落とせばいいじゃん」
「帝国、の奴らに怪しまれたらヤバいし、わざわざ拭うのが面倒臭いだろ」
クリスの姿が、華奢な少年に戻る
旅荷物や外套を巻き込んで変身していたようで、身体の周囲を一巡りして確かめるが、返り血は見当たらない。
「アイツらの荷物持って来るの忘れたんだけど」
「放っとけ放っとけ、漁ってるの見られたら面倒臭いぞ」
「…ヨシヒロってさー、なんでそんなに人の目、気にしてるの?」
クリスは首を傾げていった。
「社会人なんでな。後で責任負わされるのが嫌なの。俺の国だと、喧嘩するだけで捕まるんだぞ」
「あー、僕も村人を殺すのは止められてたねー。小さい頃にジェフっていう男の子の首絞めたんだけどさー、あの時はお父さんに泣くまで殴られたんだよねー」
クリスは懐かしそうに言う。
彼が初めて獣人――同等の人格を持つ者――を殺したのは、5歳の時。
生命が消える瞬間に感じる、"他者を支配している"全能感が、彼の心を捉えたのだ。
父ベックに制裁を受けたが、事件は公にならなかった。今思い返すと、恐ろしい話だと思う。
2人は取り留めのない話をつづけながら、旅を続ける。
サンタルトからエルフィまでは長く、城門に到着するまでに5日かかった。
その間、一度だけクリスに寝込みを襲われた。
村が無かったので野宿した際、眠っている佳大の頭部に踵落としを見舞ったのだ。
「痛ってェな!!寝込みを襲うなよ…」
「え、ちょっと。ちょっと!」
「あぁ、うるせぇ!」
2人は夜を徹して殴り合った。おかげでその傷を癒す為に、半日を費やす羽目になったのだ。
取り調べにサンタルトの時よりは時間がかかり、獣人領からやって来たと口にすると、衛兵が一瞬、渋い顔をした。
荷物検査も受けたが、とくに問題はなかったらしく、2人は返却された荷物を受け取り、エルフィに入った。
「冒険者ギルドのホールは、北のフィオナ街にある。こう、半月型の屋根をしているから、見ればわかるだろう。ようこそエルフィへ」
2人は早速、衛兵の言葉通りに北に足を向ける。
街並みはサンタルトより清潔で、街並みは整然としていた。
窓から糞便を投げ捨てるような土地を覚悟していたが、衛生には気を遣っているらしい。
目抜き通りの突き当りに、壁は木骨でも通っているように複雑に凹凸を繰り返し、窓や玄関の外周には複雑な彫刻が彫り込まれている。
年月を感じさせる建物だが、屋根だけは綺麗に半月型。カマボコみたいだ、と現代日本の住人なら思うだろう。
入ったロビーは、意外なほど現代的なつくりをしていた。欧州を旅した事がないので実態は不明だが、市役所の中みたいだ。
役割別に受付が並び、来館した人々の要望を職員が聞いている。
とはいえ、業務内容は危険な肉体労働が主。職を求める男女で混みあっているが、朝の通勤電車ほどは混雑していない。
ロビーの左右から廊下が伸びているが、まだ用は無いだろう。彼は登録申請を受け付けている窓口に向かった。
「よくいらっしゃいました!登録申請ですね?」
断定的なのは、用件ごとに窓口が別れているからだろう。
名前――佳大は日本語で書いた、そのはずだ――を契約書に自筆で書き、血判を押す。
一旦、窓口から待合スペースに返される。30分ほど経過してから同じ窓口に呼ばれ、2人分の腕輪を渡される。
レッドブラウンのリングに、銅製のエンブレムが嵌っていた。
「こちら、身分証明用のギルドリングとなります。取り外し自由ですが、新しく作成する際は、30ブロン戴きますのでご了承ください」
ブロン、というのは銅貨の単位だ。
佳大が放り込まれた東大陸においては、これで貨幣として使える。西大陸では純粋に銅の含有量で、あちらの貨幣に変わる。
彼は大陸の北西部から、北東部へ、北側を横断した形になる。
「依頼はどうやって受ければいいんですか?」
「各地のギルドホールや、提携している店舗に設置されている"コンビニエント"を操作すると、依頼を閲覧する事が出来ます。表示された依頼から気になる物を指定した後、リングの指示に従ってください」
登録手続きが完了した。
これで路銀を稼ぐ手段を得、さらにギルドが所有する建物を使用する事が出来る。
「最後に、ロムードって名前に心当たりはない?」
「ロムードですか?ロムード神のことでしょうか?」
「神って言うのは?」
受付担当は一瞬、眉を顰めたが、すぐに不審の色を消す。
「東大陸に広く伝わる神の一柱です。エルフィ東に神殿が建立されていますので、詳しくはそちらで窺ってください」
「わかった。ありがとう」
「いいえ!それじゃお2人とも、行ってらっしゃい。幸運を祈ります!」
ホールの外に出ると、クリスは佳大の前に回り込んだ。佳大が歩くペースに合わせ、少年も前に進む。
「神殿に行くの?」
「そうだ。本人はいないだろうけど、情報くらいはあるだろう。
「ヨシヒロを連れてきたロムードが、その神様だった場合どうするの?」
「殴る、返答次第じゃ殺す。俺がいない間、家がどうなってるのか気になって仕方がない」
口にした後で、佳大は内心焦った。
異世界云々について喋る気は無いが、ふとすると言葉にしてしまう。クリスの顔を見るが、怪しんでいる様子は無い。
「その割に焦ってないね」
「ふん。いきなり攫われたこと以外は、そんなに悪くない。仕事場と家を往復するだけの毎日だったし、座興としては悪くない」
別の世界で、人知を超えた力を得て旅をする。
現代日本のように気楽には過ごせないが、一日一日、生きている実感がある。
私物を回収できない事を未だに根に持っているが、その点を除けば悪い状況ではない。
「1週間、2週間で終わるとは思ってないしな。のんびり行こう」
「どうせなら、世界一周しない?絶対、楽しいよ!」
「そこまで時間かかったら嫌だな…」
2人はエルフィ市を出て30分ほど歩き、東の丘に辿り着く。
彼らの視界に、白亜の要塞が浮かび上がる。城壁の真上に立ち、天に向かって尖塔を突き出しているそれが、ロムードの神殿らしい。
街道を回り込むと、隣に立つ巨大な石像が佳大の眼に入った。数百m離れてはいるが、オーガに例えられる力を身に着けた彼の視覚は、その目鼻立ちを正確に佳大に伝えた。
(あいつだ…)
ホールで出会った女そっくりの像が遠くを見ている。
佳大の口の端が吊り上がる。クリスが尋ねてきたので、女神像の顔立ちを彼に伝えた。
「やったじゃん!じゃあ、あとは本物を見つけ出すだけだね」
「そうだな」
2人は途中の商店で蒸し菓子と、果実を絞ったジュースを購入。
リンゴ饅頭と言うらしいが、それは現地でその様に呼ばれているのか、舌に刻まれた印が翻訳したのでそう聞こえているのか。
ロムードの説明を覚えていたが、佳大は気にしない。便利ではあるし、これが無かったら買い物すらまともに出来ないのだ。
(神を名乗るなら、いつでも帰れるようにしろってんだ)
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