第12話冒険者ギルドがあるってよ

 一通り探索をし終えた、と判断した佳大は船着き場に引き返す。

階段を飛ぶように降り、上層の廊下を渡っていると、クリスが奥からやってきた。傷はついておらず元気そうだ。

彼は鋲を等間隔に並べた、黒い箱を片手で持っている。掴む部分など無さそうだが、彼の指に緊張は見られない。華奢な見かけに反して恐るべき握力だと思う。


「それは何?」

「お金になりそうなものを詰めてきた。適当に売り捌こう」


 それはいい、と口では返事をしたが、佳大の気分は晴れない。

売るとは簡単に言うが、現代日本以上に交渉力がものを言うだろう。気を揉んでも仕方ないと思うが、あまり足元を見られると、クリスが怒り出しかねない。


(金にうるさいかどうかわからねーけど、縁が無さそうだよなー)


 付き合いは短いが、人の集団に馴染める性格とは思えない。


「そっちは何か見つけた?」

「あー、牢屋に小汚い女が大勢いた。多分、攫って来たんじゃない?」

「ふーん、僕も見て来よう!」


 クリスは箱を離し、上層へ走り出す。

佳大は箱をキャッチすると、少年を追いかけた。別棟に通じる屋上に出たが、彼は見当たらない。


(どこだ?)


 顔を左右に回し、意識を巡らせる。

気配があちこちに散っており、女達が出鱈目に逃げ出したらしい事が伺える。

一際大きいものが本丸の上層で、虜囚と思しき反応を捕まえていた。道隆が急行すると、クリスが一人の女に馬乗りになり、髪を引っ張っていた。


「おォい!!」

「なに!?怒鳴らないでよ!」


 佳大は駆け寄り、クリスの肩を引っ張って立たせる。

女は恐怖が収まらないのか、その場から2人を仰ぎ見ていた。


「なにしてんの」

「ここで何されたのか教えてって聞いたのに、ひぃひぃしか言わないから、ちょっと小突いたんだよ」


 混乱しているのだろう、と佳大はぼんやり考えた。

海賊に囚われた所を血塗れの自分に助けられ、恐々と逃げ出したところを、高速で走る少年に襲われる――理不尽すぎる。

女は散々嬲られたらしく、鼻が潰れ、右目にあたる部分から筋肉と骨らしき白を覗かせていた。


「これは小突いたって言わない。離してやれって」

「はーい」

「悪いけど、治療手段――」


 道隆が手を伸ばすと、女は後じさり駆け去った。

クリスは追いかける事無く見送っていたが、不意に佳大を見ると、片眉を持ち上げた。

なんだろう?殺したかったのかもしれないが、先を急ぎたい。


「俺らも出るか」

「りょーかい。あー、そろそろ日が落ちるかな」


 窓から差す光に、茜色が混じっている。

2人は風の流れに従い、海賊の砦から脱出するべく歩き出す。ふと佳大は立ち止まるが、すぐに歩き出した。


(誰かの存在を感じる)


 佳大は深く考えずに砦を抜けて、東大陸の南に進む。

フィリア帝国の玄関口であるサンタルト市に入った時には、途中で身なりを整えたこと―川で血糊を落とした―もあり、既に日はほとんど落ちていた。

清潔とは言い難い格好だが、どこから来たか、来訪目的などを告げると、あっさり城門を通してもらえた。


「すんなり通れてよかったね」

「ねー」


 サンタルトは坂の多い都市だ。

上の方に富裕層が集まり、下の方に庶民や旅人の居住区。その間に酒場や賭博場、雑貨屋や演劇場などが並ぶ。

彼らは雑貨屋で海賊の砦で入手した指輪とネックレスを売却。店主は買い叩こうとしたのだが、佳大とクリスのただならぬ雰囲気、視線に気圧されて悪くない金額で引き取った。

銀貨25枚と銅貨10枚。牛肉のブロック1㎏が銀貨1枚で買える事を思えば、路銀としては十分。


「いい値段になってよかったね」

「そうだな」


 2人は旅人向けの宿に部屋をとり、酒場に繰り出す。注文するついでに、店主へ話しかけた。


「俺達、仕事探してるんだけど知らない?」

「仕事?どんなだ」

「…前歴を問われないで、あちこち行き来できる仕事がいい」

「なら傭兵だな。あとはまぁ、冒険者になればいい」

「冒険者?」


 この世界では、職業従事者は組合――ギルドに所属するのが殆どだ。

地球の西欧で生まれたそれより風通しの良い相互扶助団体は、時に国家を超えて情報をやり取りする。

外国に渡った時、伝手がなくともギルドに入っていれば、団体の助けを借りる事が出来た。


 ただし、基本は個人事業主。

仕事を強要されることはないが、福利厚生は皆無だ。組織は冒険者を保護しない。

ギルドの信用を借り、依頼報酬の交渉を代行してくれるのが最たるメリット。ただし、報酬の3割が手数料として差し引かれる。


「仕事内容は?」

「さぁ…」


 佳大はカットフルーツを注文する。

冷たいスイーツが食べたかったのだが、メニューには無い。文化レベルから見て、氷菓が存在しているとは思えない。

果物は……色や形状が独特だが、地球の果実と共通する部分がある。店に置いている以上、毒ではあるまい。


「仕事内容は依頼次第だ。猛獣を狩って毛皮や肉を手に入れる、ダンジョンの探索、要人護衛、物資運搬……」


 詳しい内容はエルフィ――フィリア帝国の首都にある本部で確認してくれ、と店主は締めくくった。


「ありがとう。ごちそうさま」


 宿に向かうと、2人は同じ部屋で一泊。

エルフィに向かって伸びる街道の上で、ガラの悪い5人組に囲まれる。

2人は尾行されているのに気づいていたが、人目を気にして街を出たのだ。

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