第11話マーシュ村から海賊砦へ
2人は切り拓かれた村道の上を、軽やかに進んでいく。
変身を解いているとはいえ、そのペースは若い飛脚の数倍。常人だったら、この倍は時間を費やしただろう。
2人は休憩を取ることなく2時間、天狗のように尾根を伝い、谷に渡された橋を越える。
そうすると木々の間から、海が見えてきた。その手前の斜面に、建物が密集してへばりついている。
堤防の傍らに無数の船が見え、あれがマーシュ村だろうと佳大は見当をつけた。徒歩ならまだ2時間はかかるだろう。直進すればもう少し早いか、日が落ちる前には余裕で着くだろう。
「海は初めてかい?」
「あぁ…クリスは?」
「僕は見た事あるよー、こっそり村から離れてね」
「まぁ、お前の足なら余裕か…」
佳大は日が落ちる前に、村のあたりまで行く事に決める。
傍から見てヤバそうなら村の中に踏み込まねばいいだけだし、最悪日が沈む前に通り過ぎれば大きなトラブルもないだろう。
日が傾き、マーシュ村に近づく。目に映る街並みは陰気で、腐っているのか、ところどころ窪んでいる屋根は珍しくない。
「ねぇねぇ、一休みしない?食事処とで何か食べていこうよ」
「いいぞ、行くか」
佳大は観光がてら、村に入る事にしたが早速後悔し始めた。
通りに人は2人しかおらず、彼らは2人から遠ざかっていく。窓から住民が顔を覗かせるが、目が合うとさっとカーテンを引いた。
非難するほど大きな怒りは湧かないが、街並みも面白いとは呼べず、荷物をスラれる前に退散したい。
「飯食ったらすぐ出よう」
「わかった。…なんか拍子抜けじゃない?踏み込んだ瞬間襲ってくるかと思ったんだけど」
マーシュ村の住人は、遠巻きに2人を見つめてくるだけだ。
怯えている…というより、関わりたくないのだろう。盗み見られるのは気分が悪いがスリや強盗に逢うよりマシ。
住人に警戒しながら、村の商店が並ぶ区画に入る。
流石にこのあたりは人が多い。
買い物客、商店主は2人を一瞥すると、目線を外して取引に戻る。
表から食事処を覗くが、入るには怯む雰囲気だ――クリスは躊躇なく戸を開けた。
(マジかよ…、きったねぇ。ここで食うの?)
塗り壁は黄ばみ、テーブル表面には粘りがある。
我慢我慢、と言い聞かせ、思い思いのメニューを注文した。
佳大の前に供されたのは、ミルクで炊いたご飯に魚のフライ、卵、ニンジンやもやしのような物をごちゃごちゃと乗せた料理。
刺身が食べたかったのだが、店や村の荒廃具合から、生ものを頼むのは躊躇われる。
(我慢我慢…、日本のチェーン店並みほどの綺麗さはあるわけないんだ)
味はまともだったが、周囲に警戒しつつ昼食を摂る。
料理を楽しむ気持ちは起きず、栄養を補給する行為を終えて店を出た。
近くの雑貨屋で火種や携行食品、地図帳――これがメインだ。海に出るから作られていたのだろうか?――を買ってから、2人はマーシュ村を後にする。
「泊まってかない?」
「冗談。絶対、厄介ごとに巻き込まれるから嫌だ」
「はいはい、わかった」
クリスは微笑しながら、佳大と並んで歩く。
陰気な住人に身を送られながら、2人は南に向かって歩く。
進むにつれて起伏が大きくなる。通りがかりの村に泊まれない場合、野宿するしかない。
マーシュ村を出て5日経った。佳大とクリスの前に、陸に深く食い込んだ水域が姿を現す。
矢尻湾である。丘陵に挟まれた内海に、2隻の船が侵入していた。
「なんだあれ…」
「なんだろ。行ってみよう」
「おい、待て!」
2人は身を伏せ、浜の様子を窺う。
視力が上がったのか、目を凝らすまでもない。
野卑な格好の男達が、船に載せた積み荷を斜面に築いた砦へ運んでいる様が見えた。
海賊だろうか?
「行ってみよう!」
「ちょっと待て。見つかったら殺される!」
佳大が手を引いて止めると、クリスは首を傾げた。
「だから何?賊なら当たり前でしょ?手を出してきたらみんな殺せばいいよ。怖いの?」
「そんなことやってたらキリがないから、本当にやめて」
「変なの。殺す時はちっとも遠慮しないのに、どうして嫌がるの」
「それは向こうが手を出すから、しょうがなく相手するだけ。自分からクズみたいな奴に声かけたりしない」
クリスが口を尖らせるのと、船にいた男の1人が2人に気づくのは同時だった。
2人の人並み外れた聴覚は、男達の騒ぎ声を聞きつける。獣人であるクリスはともかく、佳大は音を聞き取った覚えはない――しかし、気付くことが出来た。
気配、なのかもしれない。それとも意識に引っ掛からない程度の音を捉え、脳が警報を鳴らしたのか。
「バレたよ…」
「じゃあ、しょうがないね。おっ先~!」
「しゃあねぇな!」
クリスは弾丸もかくやという速度で疾走。
彼の姿はあっという間に、親指程度に小さくなる。
少年が発生させた強風を受けて、外套が水平にたなびく。彼は矢尻の西側を縁取る砂浜に降り立つと、ロケットのように自分を射出した。
同時にその姿が変わる。佳大も鬼の姿に変化し、荷物を背負ったまま走り出した。
佳大が砂浜を蹴った途端、風に乗ったようにその身体がふわりと浮かぶ。
追い越した少年は以前の巨大獣ではなく、黄金の人狼に変身している。鞄は姿を消していた。
先に接敵した佳大目がけて、海賊たちは突撃。曲刀を抜き、甲板に降りた鬼へ短筒を発砲。頭や胸に命中するが、炒り豆が皮膚に弾かれるように、ダメージを与えない。
連続でぶつけられている事だけが、辛うじてわかるだけだ。しかし背負っている鞄は違う。
鞄を大事そうに抱えつつ、佳大は海賊に蹴りを見舞う。
斬馬刀のような回し蹴りが、海の男を真っ二つにしていく。
やがて戦意を失い、海に逃げ込もうとするが、それを許す人鬼では無い。もう一隻も同様だ。クリスは哄笑をあげつつ、爪で斬り刻み、寒波で船員を包み込む。
甲板や浜辺に動くものが見当たらなくなった頃、2人は合流した。
「いやー、数ばっかり多いだけであっけなかったねぇ」
「おぉ…」
佳大は素早く四方に視線を走らせる。
誰かに見られていないよな、騒ぎが大きくならない事を祈る。
「どうかした?あっちこっち見てるけど」
「他にいないよなって…」
「いるよ?砦の中」
道隆は溜息を吐いた。
隠れている海賊がいるのか――いや、留守を守っている者位いるよな。
そう仮定すると、戦いはまだ終わっていない。わかってはいたが、無計画に喧嘩売るものではない。
「ねぇねぇ、海賊って事はさ、きっとお宝とかあるんじゃない」
「多分な、一応見てみるか?」
「そうこなくっちゃ!何があるかな~」
2人が乗る船と、無人の一隻は独りでに砦の中に設けられた船着き場に向かう。
クリスが船の中を調べ出したので、佳大は自然な流れとして、砦に降りる。
斜面から伸びる二重の城壁の奥に長方形の塔が顔を覗かせ、海面を睥睨している。その最下部の波止場に、2隻の船が激突。
佳大は2隻の船と、日光から背を向けるように砦の内部に足を踏み入れた。
階段を上がると、潜んでいた海賊が襲い掛かってきた。
しかし、いくら攻撃されても彼には通じない。その度佳大は腕を突き出し、海賊の頭蓋を粉々にする。
相手が攻撃してきたとはいえ、異世界とはいえ、躊躇なく人を殺めるその精神。戦場で愉悦を露にするクリスとは異なり、疲れた工員のように無表情だ。
目についた部屋を暴きながら駆けるうち、屋上に出た。目の前の別棟に向かう。
佳大は別棟にある牢獄に走り込み、潜んでいた若者を蹴り殺す。
それからまもなく、悲鳴の合唱が彼を出迎えた。ぼろ布を纏った女性達が入れられており、彼女達は佳大を見た途端に部屋の隅まで下がった。
(手足は拘束されてないのか)
見張りもいたしな、と佳大は大して関心を示さない。
女達の様子を見るに、まともな会話は難しいだろう。牢の扉を破壊するだけして、彼は別棟から去った。
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