第10話ベヒモット村、出発

 翌朝、佳大は身支度を整えてからクリスと顔を突き合わせる。


「これからどうする?」

「もっと大きな街に行かないと。ロムードについて調べれられるような」


 佳大はこのあたりに大きな街がないかクリスに尋ねる。

2人が現在滞在している獣人領に、街と呼べるほど大きな集落は無い。

人間より肉体的に優れているからか、彼らは山野を開拓しないのだ。


「…お前ら、普段何食べて生きてるの?」

「肉や木の実を食べてるよ」

「米や麦は?」

「あぁ、畑を耕している奴もいるんじゃない?僕はよく知らないけど」


 猛獣に変化する彼らも、農耕はしているらしい。


「まー、いいや。それでこの近くに街は無い?」

「僕は知らないね。他の人に聞いてみれば」


 集会所を出た2人を、青年団のメンバーが呼び止めた。


「あの、どちらに?」

「そろそろ出発するんだけど」

「そうそう、荷物用意してくれたんだよね?2人分」


 青年は引き攣った顔で、レニを呼びに行った。

佳大たちの前に立った彼は、2人に阿るように笑っている。


「荷物は既に用意させました、携帯食料は除きますが…」

「それはいいよ。自分でとるから」


 クリスが言った。


「え、あるなら用意してもらおうよ」

「えー!?絶対、理由つけて足留めしてくるよ、こいつら…」


 レニは笑みを浮かべたまま、黙る。

予想していたとはいえ、翌朝に出発するとは思わなかったので、用意しなかったのだ。


「まー、ないならないでいいけど。それより地図とかない?」

「地図…はありません。我々は領土の外まで出ること数えるくらいしかなく、地形は一度歩けば覚えてしまうので」

「…じゃあ聞くけど、この辺に大きな街はない?」

「街なら、マーシュ村の先にある湾を越えると、フィリア帝国の都に出ますが」


 佳大はクリスに視線を向ける。

嘘の可能性があるが、自分達では判断つかない。地理に明るくない2人が顔を合わせた所で、この場で真偽を確かめる事は不可能。


「ありがとう。荷物頂戴」

「それと、人間の街に向かうのでしたら冒険者ギルドで登録した方がいいでしょう」

「ギルド…」


 テンプレなファンタジーものだな、と佳大は小さく笑う。

しかし、彼らも冗談で言っているのではない。この世界において、宿屋はまだ少なく、旅人はそれぞれの伝手を頼りにした。

騎士ならば土地の城主の元に泊まり、巡礼者なら修道院、芸術家なら商家や文化人の元に泊まる。そういった伝手の無い者は、冒険者のギルドに所属する事で、彼らの所有する施設を利用するのだ。


 用意した荷物を取りに、青年達が走り出す。

クリスと2人、集会所の前で旅荷物の到着を待つ。


「…マーシュ村に行くの?」

「そっちに近づくだけ。他に当てもないし、クリスは人間の街までの道、わからないんだろう?」

「そうだけど…なーんか、気に入らないんだよねー。隠してることありそうだと思うんだけど」

「気に入らないのは分かる」


 レニは自分達に期待している。

マーシュ村の様子を確かめ、なんだったら制圧してきてほしいと。

鉄砲玉にされるのは癪だが、期待に背くためにあえて苦労をしょい込むのは、自由意志と言えるのか?


「材料が足りない以上、勘ぐっても気分が悪くなるだけだ。気楽に行こう。揉め事に巻き込まれた時に、アイツらのせいにするかもしれないけど」

「うふふ、面白い事いうね。…ま、選り好みしなくてもいいか。両方食べちゃえばいいだけだし」


 小一時間経ってから、2人分の旅荷物が運ばれてきた。

ナイフに路銀、数着の着替え、外套に飲料水用の革袋、魚の燻製にショートブレッド…かさばるが重くはない。


「食料もあるんだ」

「村からかき集めてきました。お納めください」


 2人は村人に遠巻きに見送られつつ、ベヒモット村を去った。


「やっと行ったか…」

「滅多な事言うなよ。奥方がクリスに毒を盛ったと知った時は、生きた心地がしなかったよ」


 彼らの姿が見えなくなった頃、青年が口を開く。


「ヨシヒロがクリスそっくりの狂人で無くてよかった」

「大して変わらないだろ…、まぁ、村人の目を気にしない奴ではあるが」


 ヨシヒロは村を抜け、木立の間を走る道を歩く。


「変身解いたら?村に入れてもらえないかもよ?」

「マジ?そうか、しゃあねぇな…」


 あの晩は村人を警戒して解かなかったが、正直に言うと変身解除の仕方など分からない。

佳大は見慣れた自分の姿を追い浮かべる。すると筋肉が萎え、皮膚の色が薄くなる。柿色の闘鬼は東洋人青年に変化した。

しかし、背負った荷物を重いとは感じない。人間だった頃より、身体能力は上がっているようだ。


「何か用?」

「いや、荷物背負ってるのが似合ってないなって…」

「ひょっとして僕の分も持ってくれるの!?」

「持たない!」


 荷物を押し付けようとしたクリスから、ステップで距離を取る。


「けち臭いなー、仲間でしょう?」

「仲間でも、手下じゃない」

「むー、だったらどこかで捕まえようよ。僕とヨシヒロなら、1人2人簡単だよ」


 佳大は曖昧に頷くだけに留めた。


「俺は手下より、乗り物が欲しいな」

「あー、それいい!そっちも探そう――けど、魚の村だしなー。陸じゃ役に立たなそうだよねー?」

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