第9話忘れられた神々の都より

「もう仲間を得たんだね、滑り出しは順調そうで何よりだ」


 眠りに落ちた彼の意識に、若い女の声が語りかけてくる。

目を開けた時、周囲に広がっていたのは、初めて見る礼拝堂。

板張りの床のうえに、長椅子が等間隔で並べられている。中央に通路が作られ、部屋の突き当りの説教壇と朗読壇に向かって伸びている。

佳大は出入口側の椅子に腰かけていた。隣にロムードが座っている。


「加護も無しで能力を会得するとは、私の見込みは間違っていなかった」


 女の顔を見た途端、腹と胸が焼けるように疼き出した。


「加護を与える前に、私が君を呼んだ目的を教えようと思う。決して悪戯目的などではないんだ」


 悪戯?どうでもいい。

ささやかながらも愛おしい、自分の生活から引き離され、こんな所に放り捨てておいて虫が良い。


「同感だね。だからこそ、与えられるだけのものは与えようと考えている。君を呼んだ目的だけでも聞いていってくれ」


 ロムードは語り始める。

この世界には、悠久の時を生きる支配者達が存在している。

彼らは昔、地上にあり、人々に知恵を与えると共に、信仰を受け取っていた。

それゆえに、神と呼ばれる。支配者たちは繁栄を極めた。


「しかし、我々はある時から衰退を始めた。外敵を失ったことで、外部への適応力が落ちたのだね」


 あるいは種として限界を迎えたか。それでも問題は無かった。

強大な力を持っている為、生存に適した環境を容易に維持できたからだ。


「我らが主神マティアスが姿を隠すまでは。外界から巨人族が飛来するまでは」


 マティアスが姿を隠すと共に、神族の力が衰えるスピードは上がった。

地上に顕れる事は難しくなり、世界の果てで自分達を維持する事で手一杯。

巨人を撃滅する事は叶わず、彼らの侵攻を抑え込むだけで手一杯。かくなるうえは主神の代替わりを行い、復権を行わなければならない。


「その為に、私達は加護を与えた戦士を生み出す事にしたんだ。君達にやってもらいたい事は2つ。巨人族の掃討、マティアスの捜索」


 佳大は一言も口を利かない。


「…この世界はマティアスの領域だからね。彼の尖兵――半神以上の強者は生み出せない。だからマティアスや巨人族とは関係ない、別の領域から人間を集める事にした。それなら訓練を積んだ人間を呼べばいいと思うかもしれないが、軍人などより負の感情の強い平民のほうが強い尖兵になるんだ」


 佳大の心に浮かんだ疑問を、ロムードは正確に掬い取る。


「家族のもとから放した点について――!?」


 ロムードが急き立てられたように、頭上を仰いだ。

天井が崩れ落ち、巨大な掌が二人を圧し潰した。一瞬留まった蠅を、手近にあるティッシュ箱で潰すように、無造作で素早い一撃。

佳大が目を覚ますと同時に、ヘルメス=ロムードは崩れ落ちた。彼女がいるのは神々の都イース。

机に突っ伏していた彼女は身体を起こし、自室から廊下に出た。アーチ形の窓からは、霜の降りた石造の都市が見える。

煌めく光点をまぶした夜空は、積もった雪が光を反射するのか、不思議なほど明るい。


「へいへ~い、ロムードちゃん渋い顔してるじゃーん、どうしたん?」


 ワインセラーに降りていく彼女と鉢合わせた男が、形の良い尻を一撫でした。

気付いたロムードに軽く叩かれたが、それによってますます機嫌を良くしたように、笑みを深くする。


「酒でも飲もうと思ったんだよ」

「汗びっしょりだけど、本当に大丈夫?」


 次代の主神を狙うアレス=ヴァルタは、ロムードの隣に並んで歩き出す。 


「さっき、尖兵にあってきたんだけど、分霊が殺されちゃって」

「あぁ、例の黒髪の?対話の呪印以外は与えてないんだろ、やるじゃーん!」

「その方が感情を引き出せると思ったし、その目論見は当たったんだけど、話聞いてくれないんだよね…」

「アハハ…、まぁ、見込みありそうならいいじゃん。けど、こっちも中々だぜ。今度、そっちに送ってやろうか?」


 ヴァルタは声を出して笑いながら、ロムードの隣に並んで歩く。

彼もまた、ロムードと同じように地球の人間を見定め、尖兵としたのだ。彼が見定めた男は、佳大とは違い、遠慮なく加護を貰った。

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