第8話ようやくベッドで寝られる
「に、荷物ですか…」
村の女は視線を泳がせる。
「なにー?僕達が出ていくとなんか不味いことあるの?」
クリスの言い草に、佳大はふと疑問を抱いた。
ひょっとしてついてくるつもりか?視界の端でクリスを見ると、相手も佳大を見てきた。
「どうかした?」
「俺についてくる気か?残るんじゃないの?」
「本気で言ってる?これだけ殺しまくって、村に残れるわけないじゃない。当ても無いしさー、どこか行くなら僕も連れてってよ。いいでしょ?」
「いいよ。一人ぼっちだったしさ、ついてきてくれるなら歓迎だ」
「ほんとー?ありがとう、君とは仲良くなれそうだ」
クリスは朗らかに笑うが、彼はそのまま爪を突き立てる事が出来る。
とはいえ、連れ合いが出来たのは心強い。佳大の見立てでは、こちらに依存するタイプではないようだし、彼は弱くない。同行に異存はない。
「あ、あの。レニ団長を呼んでまいりますので、出発は待っていただいてもいいですか?」
「いいけど」
「…失礼します!」
村の女が出ていって数分後、手当を済ませたレニが客室に入ってきた。
止血帯に血を滲ませた姿は痛々しいが、付き添いを伴っていないあたり、人間より丈夫だ。
「あの、村を出ていきたいと聞きましたが」
「そう」
「それは…困ります」
「どうして」
レニは渋い顔で話し始めた。
ここから山を一つ越えた場所に、マーシュという漁村がある。
長年不仲で小競り合いを続けてきた漁村の住民が最近、海から何かを持ち帰った、あるいは呼び出したらしい。
「クリストフ、あなたを毒殺しようとしたのは、アリアンナ村長夫人の独断なのです。村の総意ではない」
「それで?」
「サン=ロナンが半壊したと知られたら、連中総攻撃を仕掛けてくるかもしれない」
サン=ロナンは、ベヒモット村の南にある集落の一つだ。
村は東西を尾根に挟まれ、中央のくびれた形をしている。村長屋敷は、北の集落ジャニスの中にあった。
2人の手で、100名近い犠牲が出ているが、それは口に出さない。
「俺達に責任とれってか?」
「いや、そうではありません。提供できる者は提供するから、連中との戦いに協力してほしい…」
レニは言ったが、佳大は彼を信用しない。
言外に自分達の行状を責めているはずだ。佳大は彼らが生きようが死のうが興味ないので、クリスに判断を仰ぐことにした。
「どうする?」
「佳大はどうしたい?」
「荷物がないのが辛いからさ、マジ着替えとかお金が欲しい。あとはお前が決めろ。俺はこいつらに興味ないし」
どっちでも付き合おう、と目で訴える。
余裕は無いが、時間はたっぷりある。同行者に付き合う程度の度量は持ち合わせているつもりだ。
「今晩中に出ていくのはやめるよ。可笑しな真似するなら、覚悟してね」
「!――ありがとう。それじゃ、そのごゆっくり」
レニは礼を言ってから、客室を出ていく。
「いいのか?」
「へつらってる皆が面白いからね」
「あぁ…」
佳大は上衣を脱ぎ、片方のベッドに横たわる。
膝上までを覆う薄手のボトムスと、ボタンで留める薄手のシャツを下着として、村人から支給されていた。
「ねぇ、変身解かないの?」
布団を被った時、隣のクリスが話しかけてきた。
佳大の姿は、本来の東洋人男性のそれではなく、柿色の肌の鬼のような姿だ。
角が壁に当たって寝辛いの認めるが、ここは自宅ではない。クリスと一緒に暴れた点を鑑みれば、就寝中の奇襲は警戒するべき。
「この方が安心できるだろ?」
「恐い?」
「恐いし、悔しいじゃん。こんな所で死にたくないし、今できる対策はこれくらいだから」
クリスは小馬鹿にしたように、粘つく笑みを向けてくる。
自分を暗殺するのは村人ではなく、隣の少年かも知れない。許しはしないだろうが、仕方ないとは思う。
人生はまず、理不尽なものだ。やるだけやって駄目なら仕方ない。覚悟を決めて、佳大は瞼を閉じた。
疲れもあるのだろう、佳大はすぐに眠りに落ちる。
クリスは蝋燭を消してから、隣で寝ている男を眺めた。
疲れが溜まっていたのか、静かに寝息を立て始めている。厚い胸板が、掛布団を上下させるのが、クリスには見えた。
奇妙な男だと思う。自分を殺しかけた相手と淡々と話し、あげくその相手と肩を並べて戦う、その事に蟠りを感じていないようだ。
好ましいと思っている訳ではない、警戒されているのは観察しているうちに気づいた。しかし自分が同行を申し出ても、喜びも動揺もしない――見ている限りでは。
(何考えてるんだろう)
表情に乏しい事もあり、顔から読み取れる部分が少ない。
聞いた限りでは、信じがたい程の不運に見舞われたらしいが、当の本人は他人事じみて冷静だ。
そのあたりは、自分が考えても仕方がない。ヨシヒロは村の同年代とは違い、暴力に躊躇いがない。彼と一緒なら、退屈せずに過ごせそうだ。
道隆がクリスを邪険にしないのは、暇を持て余していたからだ。
他人に興味が無い為、彼は何を言われても引き摺らない。凡人なので辛さも苦しさも感じる事も多いが、通り過ぎれば忘れてしまう。
だから同じ失敗を繰り返すのも珍しくない。目立つのが嫌いな癖に、平坦な人生はつまらないと思っている。
そういう矛盾だらけの、ろくでもない人間だ。クリスは毒のある人物だが、自分の大事なものに触らないなら許す――私物は向こうに全て置いてある。
よって、現在の彼は平素より寛容だ。
佳大は自分が苦しむより、大事なものを傷つけられる方が腹立つタイプだ。
それが恋人や友人なら格好がつくだろうが、佳大の大事なものは、愛用のPCであり、収集した書籍やゲーム。
自分がいない間、それらはどうなっているだろう。勝手に開けられているだろうか?死後にどう処理されても興味ないが、生きている間は別だ。
こんな所に連れてきたロムードとか言う女には、必ず復讐しなければならない。
それに村人の中に居場所がないのは確かだろう。
レニ達も、村長夫人に毒殺されかけた彼を指弾こそしないが、同情している風でも無かった。
このベヒモット村に残っても、安穏とは暮らしていけないから、あんなことを言い出したのだ。きっと。
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