第7話歓待されないことぐらいわかってる

「団長!」

「ま、待って…」


 ハヤブサの正体は、ベヒモット村の青年団のトップ。


「待て、クリス!放せ放せ!」

「なんでー、さっさと殺そうよ。略奪と情報収集がしたいんでしょ――!?」

「話聞いた後でもいいだろ。とりあえず話聞こう。殺すのはいつでもできる」


 黄金の狼に駆け寄る佳大の容姿は、廃村の時以上に人間離れしていた。

目は吊り上がり、目じりの真下まで裂けた口からは鋭い牙が覗く。身長は人間だった頃のそれだが、発する威圧感が彼を一回りは大きく見せている。

団長のレニは襲い掛かろうとする村人に目線で押しとどめ、両肩を村人に抱えられつつ立ち上がると口を開いた。


「あ、あの、俺は青年団を率いているレニと申します。オーガ様――」

「オーガ?俺は人間だ」

「え、人間?」


 恐ろしい外見、その身から発せられる圧、どれをとっても人間とは思えない。

レニは呆気にとられたが、黙っているのは不味いと判断して、相手の言を肯定することにした。


「それは失礼しました、何とお呼びすれば?」

「杉村佳大」

「はぁ、それでヨシヒロ様――」

「名字で呼べよ。馴れ馴れしい」


 佳大が声を荒げると、レニは肩を上下させた。

悪気がないのは承知の上だが、親しくもない他人に名前で呼ばれるのは嫌いだ。

上司や同級生ならスルーもしようが、佳大はこの村に長居するつもりは無い。よって言いたいことははっきり言う。

力が付いたと自覚して気が大きくなっていることに加え、社会的立場を考えない事で、口が悪くなっているのだ。


「はぁ、スギムラ様?何ゆえ、そちらのクリストフに助力を…?」

「なんでって…」


 深く考えたわけではない。

寝ている所を襲い掛かってきたクリストフの追手だ、関わる必要はないのだが。


(せっかく知り合ったし、仲間作らないといけないし)


 こちらに飛ばされる前の、親元で兄弟と一緒に暮らしている時とは違う。

行動しなければ死んでしまう。独り立ちできる才覚がないから、実家で暮らしていたのだ。

仲間が欲しいと言えば、彼らは力を貸してくれるだろうか。

しかし、武装した村人達より、クリストフの方が話しやすいと思う。彼の事情など興味は無いが、優しくしようと思った。


(数が多いのはちょっとな)


 佳大はちょっと考えてから、口を開く。


「クリストフについてきただけだ。あと、追手の奴らが俺も殺そうとしたし」

「それは失礼を…」


 レニは下手に出つつ、村長の一族を恨みに思った。

クリストフが不義の子であるとは聞いているが、本人に咎は一切ないだろう。

彼に同乗するどころか、冷遇し、遠ざけた――その結果がこれだ。

これ以上、プライベートな事情によって、村が犠牲を払う事はあってはならない。


「我々は降参します。村人の生命以外ならば、おおむね差し上げられますが」

「じゃあ、風呂と食料。クリスは?」

「僕も?」

「そりゃあ、なんか欲しいのないの?」


 クリスは時間をたっぷりとって、レニと周囲の惨状を眺める。

お開きになった酒宴の時から、既に100名以上犠牲になっており、戦いを続けられるのは非常にまずい。


「じゃあ……、僕も同じものを。ほら、早く用意してよ。いっとくけど、また一服盛ったら今度は全滅するまでやるからね?」


 クリスは天使のような微笑を向けると、青年団の集会所に向かって歩き出す。

後を追った佳大は、集会所の建物に入る。扉を抜けてすぐ目に入るのは、奥の暖炉。

周囲に並べられたテーブルと座椅子が、部屋の中央に隙間を作る。追いかけてきた青年が、大食堂であると教えてくれた。

暖炉の右手に扉があり、裏の炊事場や客室に通じているそうだ。


「宮廷料理のようなものは、出せませんが…」

「どういうこと?」

「パンと、あとは鱒やニシンを混ぜたシチューですね」


 佳大は頬が緩むのを感じた。


「あと、風呂っていったけど」

「裏手に集団の用の浴室があります。お二人が食べ終わるまでには、沸かしておきますので…」


 そう、と短く答えつつ、佳大は驚いていた。

来ている衣服や家並みから判断して、こちらの文明レベルは産業革命前のヨーロッパ程度と見当をつけていたが、考えているより快適に過ごせるかもしれない。

佳大が適当な席につくと、クリスが隣に座った。


「いやー、予想外の展開になったねぇ」

「そうか?あのまま戦い続けるよりマシじゃない。風呂入れるし」

「僕はてっきり最後の一人になるまで戦うものだと思ってたけど、命乞いしてくるなんて骨の無い…」


 たかだか村人に、そんな闘争心あるわけないだろ。

そう決めてかかる一方、仲間の敵と復讐を狙う場合もあったはずだと佳大は考える。

だから即死しない程度、戦線から離脱せざるを得ない程度に負傷させるのがベストと思っていたが、レニと名乗った男のおかげで助かった。


「どうでもいいよ、俺の邪魔しないんだったらなんでもいい。皆殺しにするつもりらしいから聞くけど、お前風呂湧かせるの?」

「あー、やったことないなー。命令し来たおばさんの頭叩き割ったら、話しかけてこなくなったからさー」

「お風呂入りたいだろ?汗で体臭きつくなるし、シラミとかノミとか湧くぞ」

「そんなの川で洗えばいいじゃない」

「嫌だよ汚いし、風邪ひくぞ。それと、俺は温かい風呂に入りたいんだ」


 まもなく食事が運ばれ、佳大は久しぶりの温かい食事を大いに楽しんだ。

風呂に入り、用意された新しい衣服に袖を通すともう上機嫌。クリスも同様で、風呂から上がる頃には、村人を殺害して回ろうとは言わなくなった。


 2人は集会所の客室に通された。

サイドテーブルとベッドが2台あるだけの部屋だが、廃村と比べてずっと暖かい。

夜気が遮断されているからだろう。ベッドに腰かけていると、村の女が入ってきた。


「スギムラ様、今日はもう遅いので一泊なさってください」

「…いや、いいよ。出ていくから、代わりに荷物まとめてくれ」


 寝込みを襲われそうで怖いからな。

降参したとはいっても、囲んで殴られたらタダでは済まないだろう。

柔らかい布団で眠りたいのは山々だが、きっと寝付けない。

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