第6話佳大、ベヒモット村に向かう

 クリスは自分の出自について話し出す。

ベヒモット村の村長ベックが、霜精(フロスティ)の女を孕ませて出来たのが彼だ。

庶子ではなく、姦通によって生まれた生命。父もそうだが、母も同胞の中では低くない地位の人物らしく、和解に至るまでにかなりの年月を要した。

ベックが病で亡くなってからは目に見えて立場が悪化。ベックの遠縁が村長に就く事になり、クリスも幹部待遇で迎えられることになったのだが、祝いの酒宴で毒を盛られたらしい。

村人を殺戮して回っている最中、身体が言う事を聞かなくなったので、ここで毒を抜く時間を稼ぐつもりだったのだ。


「それで追手だと思ったのか」


 佳大が納得したように言う。

思っていたより遙かに深刻な話だが、喋っている本人に気にしている様子は無い。


「いや?あいつらに僕の先回りなんて出来る訳ないし。寝床に人がいるのが嫌だったから追い出そうと思ったんだ」

「マジかよ」


 目についたから殺しにかかったと、にこにこしながら話している少年はどうも狂人らしい。


「それで、続きする?」

「続きィ?今はいいよ。それより村の奴らに仕返しすんの?」


 クリスは佳大の答えに呆気にとられたようだが、すぐに笑みを張り付けた。


「そうだねー、どっちみち殺すつもりだったし…で?」

「俺も一緒に行くわ」

「手伝ってくれるの?」


 クリスは期待、ではなく挑発するように佳大を見つめる。

初対面の相手だ、含む所があるとでも思ったのだろう。


「いやいや、お前の獲物とる気はない。無一文だし、ここ何処か分かんないし、情報収集したいなって。ひょっとしたら仕返しくらいするかもな」

「へぇ、大きく出たじゃないか。あ、それとも…僕のお零れに預かろうって?」


 クリスはあからさまに蔑んだ声色で言った。

見当外れな事を言われ、佳大は思わず笑いそうになるが堪えた。


「そうじゃないけど。差し迫った目的も無いから、お前に付き合うだけだ。こっちはこっちで勝手にやるぞ?」

「アハハ、そっか。誰かと一緒にやるのは初めてだなー。遅れないでよ?」


 どちらともなく、2人は席を立つ。

外で出るが、追手の姿は無く、何かの飛来する音も聞こえない。

クリスはストレッチのように身体を伸ばしてから、黄金の狼に変身した。


「乗ってく?」

「別にいい。先行ってろ」

「そう?遠慮しなくていいのに」


 黄金狼は金色の彗星となって、その場を走り去った。

追いかけようとした佳大だったが、鞄の存在を思い出すと、クリストフに襲われるまでいた家屋を目指す。

床が崩れ、抉れた地面。その傍らに転がっていた鞄は目を覆いたくなるほど裂かれ、潰れた果実が血液のように汁を流している。


(あいつ…)


 寝ている所を襲われたのは腹が立つが、言ったところで通じないだろうと考えた途端に気持ちが冷めた。

こうなればクリスの村で、物資と情報を入手するしかない。クリスの姿は見えなくなったが、意識を向けると不思議と走り去る方向が分かった。

佳大は肩で木立を薙ぎ倒し、闇を切り裂くように走る。まもなく音に怒号や悲鳴が飛び込み、やがて散らかされる人の群れと、輝くような巨体が目に入った。


 クリスがいるのは、最南端の集落であるサン=ロナン。

北に向かって伸びる村道に、武器を取った村人や猛獣がクリスを囲むように広がっている。

捻じれた角に柿色の肌の怪人がクリスに加勢すると、武装した人々がざわつき出す。


「オーガだ!なんでこんなところに」

「あ、もう来たんだ!結構早かったね」


 クリスが村人を噛み割り、弾んだ声を出す。


「おーい、全員やる気か!」

「当然。ひょっとしてトーナメント形式がいい?」


 黄金狼は佳大に頭を向けると、踏み込みで地面を弾けさせ、20名を体当たりで細切れにした。

辛うじて動きが負える程度のスピードは、佳大の全身に横殴りの風を叩きつける。彼は着地を待つ事無く、南の集落一帯を氷壁と寒気で閉ざす。

佳大は氷雪に囚われる事無く、猛獣や村人を殺害していく。拳が振るわれる度、夜闇が唸り、湿った音が舞った。

30名ほど殴殺した頃、逃げ出す村人が目立ち始める。これだけ倒せば、士気も下がるだろう。


 もし一人なら動けない程度に留めるのだが、主役はクリスだ。

彼と一緒にいた方が、村人との交渉もスムーズに進むのではないかとも思う。


「いい動きだね。そろそろ古株が出てくると思うんだけど」


 不意に周囲が陰る。

頭上を仰ぐと同時に、暴風が四方から吹きおろす。全身が衝撃で圧潰され、クリスの骨が悲鳴を上げる。

佳大の視界に、村道いっぱいに翼を広げる隼が現れ、目を向けた時には既に、鉤爪を向けて降下を始めていた。

その巨体で何故飛べる、という指摘を押し殺し、佳大は雷電を天に向かって放つ。


 視界に眩い閃光が走った。戦闘機のように高度を下げる巨大ハヤブサは左右の翼、胸部、首を熱傷に貫かれ、墜落。

それと同時に暴風が止み、解放されたクリスはたたらを踏む。駆け寄ってきたクリスが前足で抑え込み、齧りつくと同時に猛禽は人間に戻る。

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