第3話悪夢の中で幽霊と踊る
起床し、昨日獲った果実で朝食。
まだ命がある幸運に感謝しつつ、佳大は歩く。
川に出た。そこが見えるほど透き通る水面に手を差し伸べると、ハンカチに掬う。
形ばかりの濾過作業をした水を口に含み、口腔内を漱ぐ。生存を諦める覚悟はできているが、やれるだけのことはやろうと心に決める。
川から40分ほど歩くと、開けた平原にでた。砦が点在しており、そこら中に折れた矢や剣、死体が捨てられている。
(戦場…)
思わず身を伏せ、左見右見するが鳥の声しか聞こえない。
戦いは終わったようだが、誰が来ないとも限らないので、ネズミのように警戒しながら佳大は進む。
(そういや戦国時代じゃ、庶民は追剥をするんだったっけ)
ちょっと見てみるが、死体はどれも、身ぐるみ剥がされている。
既に立ち去ったのかもしれない。金になりそうな物が残っていないようなので残念に思う気持ちと、襲われる可能性が低くなったようなので安堵する気持ちがないまぜになる。
もちろん、まだうろついている可能性もゼロではないが。
(下手に触ると病気になりそうだしな。早く行こう)
死体を避けながら戦場を歩く。
体感で1時間ほど経ち、太陽が真上に陣取る頃、人家が見えてきた。
俄かに勢いづき、駆けていくが誰もいない。声を掛けながら見て回るも、顔を出す者はいなかった。
金目のものは無く、道端に布の切れ端らしものが落ちている。略奪だろうか?
どうも廃村らしい、と佳大は肩を落とす。
鞄の中に溜まっている果実で昼食。どうせ長くはもたないので、腐る前に食べきることを意識する。
それから一通り見て回ったが、食料は見当たらない。包丁があったので、それを守り刀のように持つ。
やがて日が暮れたので、佳大は屋根のある家に身を寄せた。
隣の民家から布団を拝借し、土間で包まって寝る態勢に入る。傍らに鞄を置くと、また声がした。
「やぁ、出だしはいまいちだね。ついてない」
道隆は布団にくるまり、目を瞑る。
それが気に障ったのか、ロムードは枕元に顔を寄せてきた。
「このままだと死んでしまうよ。私に仕返ししたいんでしょう?このままだと一太刀も浴びせられる事もなく死んでしまうね」
その通りだな、明日からどうしよう。
収穫した果実はまだ一食分残してあるが、明日の朝には腐っているかもしれない。
「そこで特典を与えようと思うんだ」
熱い味噌汁が飲みたい、白い米が食べたい。
「敵に施しは受けたくない?まずは生命を繋ぐことだよ、贅沢を言うのはその後でいい」
佳大は目を閉じたまま、眠りに落ちる。
体力が落ち、日が暮れるまで歩き回ったこともあり、すぐに寝付く事が出来た。
彼は鬱々としていたが、狂うにはほど遠い。
元々、彼は自分にも他人にも期待していない。
こんなものだ、という思いを常に抱えている。他人に期待しない代わりに、自分にも期待させない。
指図しない代わりに、指図されると腹が立つ。ロムードに腹は立ててはいるが、石に齧りついてでも殺すとまでは考えていないのだ。
こんなの相手に思い煩うのが嫌だ。彼女が体を揺すったり、舌で舐めたりしても、佳大は目を開けない。音を上げるのはロムードが先だった。
「手ごわいなぁ…、それじゃあまた明日の夜ね。次の夜には無理やりにでも押し付けるから」
佳大は夢の中で、昨夜と違った乱痴気騒ぎに耽った。
爛れた妄想は、深い眠りを経てから悪夢に落ちる。
彼は爽やかな日差しの浜辺から、黄昏時の荒野に移った。傍らに小麦色の肌をした水着の少女がいたのだが、いつのまにか一人。
佳大本人の恰好もトランクス水着から、普段着に変わっている。
微かに流れる風の中に、人の声が混じる。
最初は小さかったが、徐々に声量が大きくなり、やがて佳大が聞き取れるくらいになった。
「命だ…」
「どこぉ……?」
「身体を……」
「助けて……」
老若男女、無数の声が佳大を取り巻く。
危機を察し、走り出した佳大だったが、二歩と進まないうちに全身の筋肉が不自然に突っ張り、転倒する。
「あ、あぁぁがあァ――!!」
体の至る所で、蟻が這うような感覚が立ち昇る。
嫌悪の余り放った叫びにより、一時不快感が減じた。それも僅かな間で、不可視の蟲が再び佳大を侵し出す。
気持ちが悪く、佳大には珍しく声を荒げる。
「来るなぁ!!触るな!消えろ!」
逃げるが離れる兆しが見えない。姿の見えない相手に向かって、佳大はやがて怒鳴り始める。
そのうち日が暮れ、あたりが闇に包まれると、敵の正体が露になった。
鎧を着た兵士がいた。ぼろ布を身体に引っ掛けた女がいた。子供がいた、老人がいた。
一様に傷を負っており、また像が朧で、背後が透けて見える。
「幽霊か…」
「中に入れて…」
「一緒にいて…」
取り巻くのは死霊。
戦場跡、廃村に漂っていた者達が、佳大を見つけて憑依したのだ。
「うるさい、消えろ!お前らに用はない!邪魔だ!!」
佳大は指をさし、自分を取り囲む者達に向かって絶叫する。
手を伸ばしてくる死霊に向かって、気合と共に拳を振るう。
手応えは無いが、腕が刺さった死霊は、掻き混ぜられたように像が消える。
「死んだくせにこんな所うろついてる半端者がァ…、俺に勝てるわけないだろ!馬鹿!!」
半透明の腕が身体に突き刺さる。
固まる筋肉に鞭打ち、手足を滅茶苦茶に振り回して、死霊の軍勢に抵抗する。
首の筋肉が突っ張った。息が上がる。しかし投げ出して、死霊を受け入れるのは癪だ。
果てしなく続くと思われた戦いは、身体を圧し潰す衝撃によって中断された。
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