仮想現実・殺人 前編
今川 巽
第1話 仮想殺人 行動開始
倉木章子、やっと新しい職場で働く事ができた彼女は内心、喜んでいた、だが、一週間、一ヶ月、二ヶ月と日がたつと段々と不満を感じている自分に気づいた。
高校を卒業して、普通の商社に十年以上も勉めていたが、事故に遭ったのが原因で半年近く入院生活、十代ならいざしらず、骨折というのは以外と長引くものだと改めて実感、しばらくは貯金を切り崩して、その間に羽を伸ばそうと旅行、映画、パソコンを買い、世間の話題に遅れないようにしていた。
そして、三十路半ばにして新しく事務職というものに挑戦したわけだが、自分は世間から見たら遅れて居るのではないかと感じていた。
周りの女性社員は皆、若くて化粧しても綺麗で、話題も豊富だ、それに引きかえ、自分は、いやいや、悲観的になってはいけない、仕事をして給料を貰う、当たり前のことが大事なのよと自分に言い聞かせながら時計を見ると、あと少しで昼だ。
今日は出張の弁当屋、公演のバーガーショップですまそうと思っていると、倉木さんと若い男性社員に声をかけられた。
「受付にお客さんが来てます」
一瞬、誰だろうと思ったが、心当たりがない、自分の仕事内容は事務の雑多なことが殆どで接客などとは無縁だからだ。
「早く行ったほうがいいですよ」
そう言った男性の表情が少し緩んでいる、いや、笑みを浮かべているように思えるのは気のせいだろうか。
部屋を出てエレベーターを降り、受付はと視線を向けた、その瞬間、ショウさーんと名前を呼ばれて、驚いた。
「ど、どうしたの」
小走りに駆け寄ってきたのは黒いフリルのドレス、シルクハット、いかにもコスプレ、ゴスロリという感じの少女だ。
「お弁当、持ってきたの、それからいきなりだけど今夜、会議があるんだよ、出れる、店の予約もしてるって連絡が入ったの、以前から問題提訴ってやつ」
「ねえっ」
数人の男女グループの中の一人が視線を、あちらの方へと向け、倉木さんじゃないと呟いた。
「ううん、もしかしてデートかな」
興味あるでしょといわんばかりに二人の女性が目配せをして、席を立った、奥への通路へと歩き出したとき、声をかけられた。
「何か、御用でしょうか」
「あ、あの、連れの姿を見かけて」
連れ、ですかと男が尋ねようとしたとき、沢木さんと女の声がした。
振り返った女は唖然とした表情になったが、自分の後ろに一人の女性と長身の男性が立っていたからだ。
呼ばれた男は頭を下げ、いらっしゃいませと深く頭を下げた。
「皆さん、もう」
「はい」
「章子さんは」
「倉木様も、先ほどお見えになりました」
まるで女優、芸能人のような美女は、ほっとしたように微笑んだ。
「荷物があるんだけど」
「後で、店の者に運ばせます、どうぞ、お入りください」
二人の女性は、あっけにとられたように、このやりとりを見ていたが、我に返ると逃げるように、その場を離れた。
「突然の呼び出しだが、皆、事態が終息に向かいそうだ」
初老の男性の言葉に席に着いた男女は軽く首を振った。
「警察が動いたのか」
「いや、被害者が自殺未遂を、命は取りとめた、だが」
男性の言葉に何か問題でもと老婆が尋ねた、返ってきたのは社会復帰は無理かもしれないという曖昧な言葉だった。
「上司のセクハラ、恋愛問題ではなかったのか」
「関係を持ったときに使われた薬のせいだ、粗悪なものだが、その上司がどこで手に入れたかが問題となるだろう」
「馬鹿なことをしてくれたわね、それで」
「警察は動かないだろう、だが、放っておけば、似たような事件が起きるかもしれない、その可能性はないともいえない」
部屋の中はしんとなった。
「それで、どうするの、放置プレイって好きじゃないのよね」
そういったのは、黒いドレスの女性だ。
「証拠がなければ犯罪者として成立しない、現実って面倒ね」
「被害者家族から金を提示されている、娘は植物状態、復帰はできないいだろうと、もし我々が、これを引き受け、その上司に罪を、制裁を、与えてくれるなら」
男性はメンバー、一同の顔を見た、地下アイドル、モデル、元、警察関係者、ヤクザ、普通のサラリーマン、学生時代からの引きこもりを続けている男性、女性。
今日の集まりは特別なものだ、結論を出し、行動に移すか、しないか。
それが正義と呼べるか、いや。
「我が家に女性の死体があるんだ、状態もいい、偽装、証拠に使うぶんには問題ない」
でっぷりと肥えた男性がにやりと笑った。
「その上司、セクハラの常習っぽいな、手慣れた感じだ」
「良いですか、仰るとおりです」
手を上げたのは倉木章子だった。
「今までにも三人、行為の最中にドラッグを相手に飲ませてノイローゼと薬物中毒に」
「被害者の家族は、その男を殺したい程、憎いと思っているらしいが」
「死んだら、そこで終わりよ、償いにもならないわ、地位も社会的信用もある男なんでしょうけど、人間としては」
「性格と人格とは必ずしも比例するものではないからな、いい機会だ、私も、そろそろ引退したい、若手に任せて客席に降りることにしたい」
「賛成だわ」
「では、結論だ、この件は引き受けるということで」
男が席を立つ、それと同時に周りの人間も立ち上がった、こうして半年ぶりの集会は終わり、動き始めた。
小さくはない商社、その中で社長ではない立場の男性、秋野は若い新入社員たちからの受けもよかった。
だから魔が差した、といえばよかったのだろうか。
軽い浮気のつもりで手を出したが、最近の若い女性は割り切りが早いのか、恋愛のスパンも決して長くはない。
自分が二股かけられていたと気づいたときは腹も立ったが、あっさりと別れることができたことで、妻にばれることもなかった。
それが引き金になったのかもしれない、社内恋愛は大目にというか、余程のことがない限り、咎められることはない。
だが、今回は少しまずくないかと秋野は感じていた。
隠れて付き合っていた若い社員が突然、姿を見せなくなり、メール一本で辞めると総務課に連絡してきたのだ。
結婚したいと言われたこともあり、気になって一度アパートを尋ねると引っ越した後だった、しかも携帯も解約されていた。
突然すぎるが、自分には何の連絡もない、もしかして、自分以外にも他に付き合っている男がいたのではないか。
大人しくて真面目な感じだったが、それは見せかけだったかもしれないと考えると納得がいく、いや、そうかもしれないと秋野は自分に言い聞かせた。
だったら、自分は新しく、また別の女との浮気を楽しめばいい、妻は薄々、感じているかもしれないが、今まで自分に疑惑の一つもぶつけてきたことはないのだから、安心して信じきっているのは二人の子供の世話で手一杯だからだろう、ところが。
「離婚したいの」
突然、突きつけられた紙を前に秋野は驚いた、ほんの一瞬混乱し、何故と思ったが、妻はにっこりと笑い、わかるでしょうと一言だ。
「慰謝料はいらないから、マンションの契約は解約しているから今週中には出て行ってね」
子供は自分が引きとるし、面会も必要ないでしょうと言われて秋野は反論しかけたが、最後は頷いた、新しくやり直せばいいんだという考えが頭の中に浮かんだからだ。
「金は大丈夫なのか」
すると自分の妻、だった女は笑った、全然、気づいてなかったのねと。
あたしが何していたか、そう言われて何をと言いかけた秋野は言葉を飲み込んだ。
役所に紙を提出すれば結婚生活が終わる、あまりにもあっさりとしすぎていて、正直、これは現実なのだろうかと思いながら、新しいアパートを探すことにした、だが、慌てて行動しても駄目だ、しばらくはホテル暮らしもいいかもしれない、寝るだけならビジネスホテル、いや、相手の、恋人の家に泊まることもできる。
正式に離婚したのだから妻とうまくいっていないんだと女の気を引く演技をすることもしなくてすむ、今までは多少の罪悪感を感じていたが、それがなくなるのだ。
新しい人生のスタートだと思っていた、今朝、会社に行くまでは。
最初はひそひそと囁くような声なので気づかなかった、だが、昼近くになるとはっきりと噂されているのは自分だと男は気づいた。
しかも、突然、辞めた彼女と付き合っていたという話になっている。
「ねえっ、専務と付き合っていたんだって」
「知ってる、それ本当なの」
「倉木さんが言ってたのよ、仲良かったみたいで」
「ちょっと、それ、突然辞めた、あの人のことでしょ」
「そうなのよ、真面目な人で総務の人もおかしいって言ってるのよ」
倉木章子、どんな女だ、何か知っているのか、野崎は昼前になると女のいる部署に足を運んだ。
「君が倉木さんだね、少し話があるなんだが、今からいいかな」
声をかけたが、女が返事をしようとするのを遮るように一人の若い男が近寄ってきた。
「僕も同席して構いませんか」
「いや、私は個人的に彼女に話があってね」
倉木という女性もだが、男が何故、そんな睨みつけるような視線で自分を見るのだろうか、突然、女性が口を開いた。
「ここでいいんじゃないですか、それとも聞かれたら困るような話なんでしょうか」
「どういうことだ」
思わず声が大きくなり、自分よりも周りが驚いたのか、視線を集めたことに気づいて男は咳払いをした。
どうやって、この倉木という女性と話をすればいいのかと考えていると、女が口を開いた。
「外へ行きませんか、彼も一緒ですけど」
何を言っているんだ、混乱したのはいうまでもない。
仮想現実・殺人 前編 今川 巽 @erisa9987
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