終章 回転木馬は止まらない -1

 あれから一か月が経ち、体は全快した。


 自分自身では何も変わっていないと思っていたのだが、周りがそうはさせてくれなかった。まず、校内ではよくわからない噂が広まっているようで廊下を歩けば人が掃けていくようになった。同時に、教師たちの態度もあからさまに変わった。恐縮するような、畏まったような感じだ。だが、クラスメイト達の対応は変わりなく、それが唯一の救いであると言っても過言ではない。


 それともう一つ。家を引っ越した。


 ヘリコプターで潰されているんじゃないかという懸念はあったのだが、そんなことも無く。どうやら、俺が残っていれば家ごと殺される仕様だったらしい。だが、何度も同じ時間を繰り返していたせいか、あの天井を見ることがトラウマになってしまって、眠れなくなってしまったのだ。然も有りなんと思わざるを得なかったし、実際の日常生活にも支障が出ていたから、むしろ引っ越しを余儀なくされた、と言うほうが正しいだろう。


 あとは……まぁ、あれから繰り返しが起こっていないってことくらいか。


 同じ時間を繰り返すことになる切っ掛けはわかったが、もうその繰り返しを起こさせていた張本人はいない。だから、喜ばしいことなんだろうし、これが当たり前のことなんだと思う。


 最後に一つ、忘れていたことがあった。倒壊こそ免れたが、およそ授業など出来るはずがないほどに崩れた校舎についてだ。


 現在の状況から言うと、すでに爆発があった痕や、銃弾の痕は一つも残っていない。まぁ、警察――ひいて政府は、学生が戦ったという事実を隠蔽したいわけだから修繕が早いに越したことはない。聞いた話では事件から二週間後には、すでに学校が再開されていたらしい。突貫工事にもほどがあるが、政府の仕事なら信用していいのだろう。


 俺が学校に復帰したのは病院を退院した一週間後、その頃には噴水まで豪華に造り変えられていた。まさに跡形も無く、って感じだな。


 ともあれ、日常が戻ってきたわけだ。けれど、納得のいっていないことがある。皆が、華を居なかったものとしていることだ。机はまだ置かれているし、花瓶に花まで挿してあるというのに、誰一人として見向きもしない。薄情だと思ったのと同時に、怒りの感情が込み上げてきて――教室内で、それをぶちまけた。


 すると、宥めてきたクラスメイトの口から聞こえたのは、俺の想像とは正反対の言葉だった。


「落ち着けよ、春秋。何も並木を無かったことにしようとしているわけじゃない。ただ、葬儀があったのはお前が入院しているときだったろう? その時にクラス全員で話し合ったんだ。何があろうと、どんなことがあろうと並木のことを忘れることはない――だが、春秋の前でだけは、並木のことを思い出させないようにしよう、って。薄情だと思われたのなら、それも仕方がない。けど、わかってくれ。皆の気持ちは一つなんだ」


 俺は勘違いしていた。


 華以外のクラスメイトの気持ちを一ミリも考えなかった俺のほうが薄情者だって話だ。


 まったく……だから、駄目なんだ。やり直せるはずもないのに、また同じ日を繰り返せるかのように後悔している。


 なのに、クラスメイト達は相も変わらずに接してくれている。それが嬉しいような気もするが、優しさが時には残酷なものだということを思い知らされた気分だ。


 わかってる。もう次はない。


 だからこそ、俺は生きている――生き続けていけるんだ。

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