過ぎ去った空想に -4
医者の診断は全治二か月で、実際に病院を出たのは入院生活約一か月が経った頃だった。もちろん、経過観察だったりで週に一回は病院に通うことになっているし、大量の薬も飲むように言い付けられているが、自分の家に戻れるのならこれ以上のことはない。
入院中は、何度か先生やクラスメイトがお見舞に来たけれど、当たり障りのない会話だけをして帰っていった。
強いて変化があったとすれば、華の両親が来た時だった。ただ黙って頭を下げる俺に対して、二人は何も言わずに二つ折りのメモを差し出してきた。受け取ったのを確認すると、苦しそうな表情を浮かべ、何も言わないまま病室を出ていった。
メモを開くと書かれていたのは、とある場所の住所と番号だった。調べてみると霊園だとわかり、そこに華の墓があるのだと気が付いた。
そして、退院したその足で霊園へと向かった。
途中で見かけた花屋に寄り、贈り物だという話をした。どんな相手なのか訊かれて答えるとマーガレットとカスミソウをベースにして適当に包んでくれた。まぁ、俺にはなんのことやらさっぱりだが、男の俺から見ても綺麗な花束になったと思う。とはいえ、予想外の出費ではあったわけだが、これくらいなら安いものだ。
番号のところに向かうと、そこには『並木』と彫られた墓石があった。
「……遅れて悪かったな」
呟くように言って、花束を置いた。
流れ作業のようにマッチと線香を取り出して火を点けると、煙が目に染みる。
「生きていることと、死んでいること……どっちが幸せなんだろうな」
なんて言ったら、華は怒るだろうな。
「『そんなの生きていることに決まっているじゃん』か? そりゃあそうだ。まあ……なんだ。今更いうのもなんだが、巻き込んで悪かったな。それにお前の両親には、謝っても謝り切れない」
だが、両親が俺のことを責めなかったのは、おそらく警察から非公式に真実を聞かされていたからなのだろう。だからこそ、怒りを抑えて病室にやって来たものの、直に俺の顔を見たら何も言えなくなってしまってメモだけを置いていったって感じかな。少なくとも墓参りすることを許可するくらいには許してくれているのだろう。
「幼馴染、ってのは厄介なレッテルだと思わないか? 自分の気持ちに気が付いたのが、あの時だったわけだから何を言っても仕方がないのはわかっているが、それでも俺たちが幼馴染って関係じゃなかったら何かが違っていたと思うか?」
問い掛けても、答えが返ってこないことはわかっている。
「俺はさ、思わない。幼馴染じゃなくても、仮に中学や高校で出会っていたとしても、こういう事件が起きない限りは仲の良い友達って一線を越えることはなかったと思うんだ。まあ、事件が起きて死んだときに漸く気が付くんだから、どちらにしたって同じことか。俺とお前の関係は死んでも変わることが無いってことだ。文字通りな」
……笑えないな。
「じゃあ、そろそろ帰る。また――いや、もう……来ないほうがいいのかもしれないな。誰のためってわけじゃなく……俺は――っ」
言い掛けたところで噛み殺した。
口にすれば止まらなくなってしまう。だから、胸に溜まっていた何かを吐き出すように大きく息を吐いて、拳を握り締めると踵を返した。
『――華との約束、憶えてる?』
声がした。けれど、振り返ることはしなかった。
「……約束? なんのことだったかな」
『ほら、無事に帰ってきてって言ったでしょ? なのにボロボロだし、ボロ雑巾だし、本当にタグリは昔から華との約束は守らないよね』
「いや、俺の記憶が確かなら、あれは約束じゃなくお願いだったような気がするんだが」
『にゃっ、屁理屈言わない! ……ねぇ、タグリ。また来てよ。パパやママだって、別に怒っているわけじゃないと思うし。多分、まだ受け入れられないだけなんだよ。だから、大丈夫。だから……ね?』
目を瞑ると、肩に力が入っていたことに気が付いて、深呼吸をした。
俺の幻想にしては、随分と都合が良い。
「……はぁ。わかった、考えておくよ」
『そっか。なら、良かった。ああ、そう言えば知っていた? マーガレットとカスミソウの花言葉。心に秘めた愛、と、清らかな心。まぁ、他にもいろいろあるけど、代表的なのはその二つかな。……本当はね、約束なんてどうでもいいんだ。ずっとね――ずっと嘘を吐いていたから、それを謝りたかったんだけど……華は幼馴染なんて嫌だった。けど、幼馴染で良かったとも思っているんだ。だって、気兼ねなく横を歩けるでしょ? それが、華の気持ち! ごめんね、わがままだからさ、タグリを縛り付けたくなっちゃうんだ』
話をいまいち呑み込めないけれど、いくつかわかったことがある。俺は、花言葉なんて知らない。そして、ずっと抱いていて棚上げしていた疑問についても。
「同じ時間を繰り返していた理由が今になって――いや、今だからこそ気が付いたよ。俺が、みんなを守りたいとか。俺が、誰も死なせたくないとか、俺が、華を救いたいとかじゃなくて――お前が、俺を死なせなくなかったんだよな? そう考えれば、俺が死ぬ度に朝に戻っていた説明がつく。でも……それなら……どうしてだ? どうして――あの時にも元に戻さなかったんだ? 次があれば――次こそは! みんなを――華を救えたかもしれないのに!」
『にゃはは――だって、しょうがないよ。だってさ――私、満足しちゃったから』
「じゃあ――華っ!」
『大好きだったよ、タグリ』
振り返った時、そこには誰も居なかった。
「あいつ……全部ぶっ壊していきやがった……俺が言わなかったことを……言えなかったことを、そんな簡単に言うんじゃねぇよ。華っ――」
地面に膝を着き、蹲って放った言葉は、誰に聞こえることも無く消えていった。
これが呪縛なのか楔なのかはわからない。しかし、少なくとも俺にとっては体温が少し上がるくらいの温もりだ。
だから、謝ることはしない。
その代わりに、俺の人生を掛けて――『ありがとう』を伝えることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます