過ぎ去った空想に -2
「……ごほっ」
同じ病院の個室だが、喉の痛みからして、時間が戻ったわけではなさそうだ。
「春秋さん? 目を覚まされましたか。今、先生を呼んできますね」
一度目で騒いだせいか、二度目の起床にはどうやら看護士が付きっ切りで見張っていたらしい。
程なくしてやってきた医者によると、俺は全治二か月で本来なら立って歩けるはずもない痛みを感じているだろう、と言っていた。おそらくは感覚が鈍ってしまっているのだ。死ぬことに比べれば、どんな痛みだって死ぬほどじゃない。
肋骨骨折、全身打撲及び裂傷。何よりも首の傷が危なかったらしい。あと少しずれていれば死んでいたし、救急隊員の発見が遅ければ死んでいた、と。それはそうだ、死ぬつもりだったんだからな。
だが、医者の口振りからすると死のうとしたわけではなく、爆発で飛んできた破片が首を裂いたと思っているらしい。まあ、自殺を試みたとして精神病棟に送られるよりかはマシか。
あまり美味しいとは言えない病院食を三分の一ほど食べ終え、ベッドの上でボーっとしていると、不意にノックが聞こえた。
「……はい、どうぞ?」
「失礼」
入ってきたのはスーツ姿の二人の男――一人には見覚えがあった。
「初めまして、春秋繰くん。私は警部の鳥飼という。こっちは部下の白石。我々は今回起きた事件の捜査をしているんだ。少し、話を聞かせてもらってもいいかな?」
「お役に立てるかどうかはわかりませんが、話すくらいなら構いませんよ」
「そうか、助かるよ」
椅子に座るよう促すと、二人は申し訳なさそうに腰を下ろした。
刑事の事情聴取、か。事件の真相を知っているのは俺だけだし、仮に犯人たちの証言と食い違っても問題は無いだろう。これだけの怪我をしたのだから、記憶が曖昧で~、とか言っておけばやり過ごせるはずだ。
「それで、何を話せばいいのでしょうか?」
「ああ、こちらが訊くことに答えてもらえれば大丈夫です。それでは、まず……春秋くんがそれだけのケガを負った理由はわかるかな? 直前の記憶は残っている?」
「……あまり、明確とは言えませんが、中庭で何かが爆発したんだと思います。それに巻き込まれて、俺は……」
「中庭で爆発、ね。それじゃあ、一緒に居た子についても、憶えていますか?」
「ええ、並木華――俺の幼馴染です。助けることが、できませんでした」
「ふむ……いや、自分を責めては駄目だ、春秋くん。悪いのは君じゃなく犯人なんだ。君も、並木さんも一様に被害者だ。君のせいじゃない」
慰めているつもりなのだろうが、俺に対してそれは逆効果だ。何度も同じ時間を繰り返している中で、必ず華も救う方法があったはずなんだ。それなのに、俺はその答えを見出すことができなかった。だのに、俺に責任は無かったと言えるのか? そんなはずはないだろう。
「それともう一つ訊きたいのだが……なんというかな……」
言い難そうに口を噤んだ鳥飼さんは考えるように顎に手を当てた。
「……なんでしょうか?」
「いや、犯人たちの証言を鵜呑みにするわけではないのだが、どうやら一人の学生によって計画を潰されてしまったとか。些か現実的ではないから、警察では犯人たちの仲違いがあったのだろうと考えているのだが……どう思う?」
「どう、と言われましても……警察の言うことが正しいんじゃないですか? あの、ちなみに警察の発表というか、報道はどうなっています?」
「ああ、そうだな。白石、説明してくれ」
「はい。詳細は省きますが大まかに言うと――六人組のテロリストが学校に侵入、しかし、運が良い事に学校は避難訓練を行っており無人。それが原因なのかは不明だが、犯人たちが仲違いをして撃ち合いになり、最終的には仕掛けられていた爆弾が爆発し校舎が半壊。運悪く遅刻してきた生徒二名がいて被害に、といった具合です」
「……その遅刻してきた生徒というのが、俺と華ということですね?」
「はい。ですが、未成年ということもあり名前は公表されていません。もちろん学校側でも緘口令を出していると思うので、ネット上でも名前が挙がっていないことは確認済みです」
「なるほど」
まあ、名前が出るのは時間の問題だし、覚悟していたことだから別にいい。
それよりも思いの外に警察が自分たちに都合の良い発表をしたことに驚いている。真実を知る由が無いにしても辻褄合わせが存外に無理矢理だ。しかし、避難訓練があったのも事実だし、撃ち合いがあって爆弾が爆発したのも事実――だとすると、どちらかといえば説明が付かない部分を排除して、わかっていることだけで物語を紡いだって感じか。
などと納得していると、ごほんっと咳払いをした鳥飼さんが興味深げに身を乗り出した。
「と、いうのが警察の見解だが――私は違うと考えている。犯人の一人、おそらくはリーダーだと思うが、こいつが言うには『ヒーローがいた』と。まあ、寝耳に水って感じだろ? 検察は精神鑑定をすると言っていたが、私はその言葉こそが真実なのではないか、とね」
含みのある顔だ。頭が良いくせに荒唐無稽なことを信じて望んでいるような者は、もしかしたら俺の話を信じるのかもしれないが、前例の如く、同じ時間を繰り返していたことは他人に説明できない。
「ヒーロー、ですか。少なくとも俺は見ていませんけどね」
「そうだな。君は見ていないだろう。何せ――私の読みでは君がそのヒーローだからだ」
非常に厄介な男だ。と、昨日まで……目が覚める前の俺なら思っていただろう。
だが、今の俺に守るべきものは何もない。
守るべき人は、もういないんだ。
「……はぁ。その推論に達しているのは鳥飼さんだけですか?」
暗に白石さんの退出願いの意図が伝わったのか、鳥飼さんが振り向いて指示を出すと、白石さんは立ち上がり会釈をすると病室を出ていった。
「これで、何があったのか話してくれるのかな?」
「はい。全てをお話しします。ですが、先に言っておくと、おそらく鳥飼さんは俺の話を信用しません。それでもいいですか?」
「ああ、それで構わない。そもそも、こんな事件が起きたこと自体が信じられないことなんだ。話してくれ。それで――君が救われるかもしれない」
本気で言っているのか? ……まあ、いい。
今からする話は、英雄譚などでは無い。むしろ自虐的な失敗談だ。自分への戒めだ。
守ることができなかった自分への罰だ。忘れることは許されない――呪いであり、楔だ。
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