第7章 過ぎ去った空想に -1

 ――――。


 目を覚ました時、そこはいつもの天井では無かった。


 軋む体と、痛む胸を押さえながら起き上がると、今いる場所の見当が付いた。


 腕に刺さっていた点滴を抜き、ベッドから降りて足を着くと床の冷たさよりも全身に走った痛みに体を震わせた。力が入らないところを見るに、どうやら筋力が低下してしまっているらしい。どれほど眠っていたのかはわからないが、頭や首に触れてみると未だに包帯が巻かれていた。


 部屋を出て、壁に手を着き体を支えながら一歩一歩進んでいく。


 扉の前に貼られたプレートを確認して、次の扉へ。


 プレートを確認して、また次の扉へ。


 途中で何人かの看護士や見舞客とすれ違った気もするが、憶えていない。


「はぁ……はっ……」


 ただ歩くだけで疲れる、というか、これまで溜まった疲労が一気にぶり返したと考えるべきだろう。


 体感的に、眠っていたのは二日か三日だと思う。


 それなら、まだ可能性が――


「ッソ……」


 まだ、可能性があるはずだ。


 だって、こんなのおかしいだろう。理不尽だし、不公平だ。


 どうして、俺が生き残ったんだ? 違うだろ、生き残るべきは俺じゃなかったはずだ。


「なんで――なんっ、で」


 頬を伝い、顎先から落ちていく水を止めることができない。


 ナースステーションに辿り着き、心配そうに近付いてくる看護士を余所にペン立てに入っていたハサミを手に取り、自分の首元に突き立てると、巻かれた包帯に触れた。


「はっぁ……あああっ……」


 気が付いてしまった。今、ここで俺が死んでも再びあの日に戻れることはない。


「っ――――!」


 叫ぶ声が震え、脳を揺らす。


 枯れるほどの涙を流し、喉が潰れるほど叫び――頭の中は、華のことでいっぱいになった。


 それから俺は、その場で気を失った。

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