選ばれた現実は -5
避けようと思えばギリギリで避けられるだろうが、俺は真正面から受ける体勢を取って、片手をポケットに入れた。できればこの手は使いたくなかったが、これまでの経験から有効だということは判明している。
「っう――アァ!」
神風の肩が俺の胸に当たった瞬間、ミシミシと骨が鳴る音が聞こえて数メートル先まで吹き飛ばされた。
衝撃により完全に息が止まっていたが、次に空気を吸い込んだときは胸に痛みが走った。
「はっ、あ」
神風を見れば背中に回した手にはナイフを握り締めており、こちらに滲み寄ってきていた。だが、文字通り俺もただでは転ばない。握っていた掌を開くとリングの付いたピンがあった。
プレゼントだ。
立ち上がる暇も無く、魚が飛び跳ねるように横の教室へと滑り込むと、目を閉じて両耳に思い切り指を突っ込んだ。
瞼越しでもわかる眩い閃光と脳を揺らすような耳鳴りを感じながら立ち上がり、廊下に出ると間近でスタングレネードを受けたせいか、神風はその場で失神していた。
「残り、時間は……三、いや二分か」
視界がぼやけているせいで正確には確認できないが、それでも時間が無いのは明らかだ。抗うとは言っても、残り時間とこの体で校庭まで行くのは無理だし、おそらくは――そうか。今、気が付いた。このゲームは、必ず爆弾が爆発するんだ。だから、問題はその爆弾をどこで爆発させるのかが最後の分岐点になる。
「……はぁ」
未だに耳の聞こえは悪いが、視界は正常に戻ってきた。
最後の分岐点といっても正解がわからなければ、意味はない。少なくとも校庭はダメで校舎が全壊するような場所でもダメだろう。クソ……最初のスプリンクラーで壊れることも望んでいたんだがな。
「ん……水? か――中庭か!」
これはさっきの爆弾みたいに爆薬が剥き出しになっているわけじゃなくラップのようなもので包まれているから量を減らすことは出来ない。だが、水の中なら多少の威力は殺せるはずだ。
残り――一分。
痛みで自由に動かせない体を無理に動かして、走る。神風から剥ぎ取った爆弾のカウンターは刻一刻と過ぎていくが、俺の頭の中ではすでに『成功』の二文字が見えていた。
やっとだ。漸くこの連鎖から抜け出せる。
都合が良いのか、運が良いのかは知らないが、この学校の中庭には悠然と佇む噴水がある。毎日、同じ水が循環しているだけの噴水だが、まさかこんなことの役に立つとは設計者は夢にも思っていなかったはずだ。
残り二十秒。
噴水の中に爆弾を投げ入れて踵を返し、それでも激しいだろう爆風に備えるため校舎の陰へと向かっていた。おそらくは一、二階の窓は割れて破片が飛び散るだろうが、建物の中にいる犯人たちの大抵は床に倒れ込んでいるはずだし、建物の構造的に中庭から教室を挟んで廊下だから、大した被害は出ないだろう。
そんなことを考えていた残り十秒――視界の端に人影が見えた。しかも、校舎内の教室だった。足を止めて振り返れば、幻覚でもなくそこには避難したはずの生徒が居た。
「なんで――どうしてお前がそこにいるんだ! 華!」
こちらに向かって何かを言っているが、窓越しというのもあるし、何よりも俺の耳がまだ回復していない。
「華ぁ! すぐにそこから離れろ! おい! 華、今すぐに――っ!」
残り時間、ゼロ。
爆音と共に打ち上がった水よりも、体に受けた爆風が予想以上に大きくて、体が宙に浮き吹き飛ばされた。
着地など出来るはずもなく、勢いそのままに地面を転がり、降ってくる割れた石などから無意識に自分を守るため頭を抱えていた。
パラパラと降ってくるのが小石や砂煙だと感じると、漸く目を開けた。
「……これ、は……いっ、つ」
予想以上の惨事だった。中庭に面している校舎の壁は崩れ、教室内が露わになっていた。そして、その光景を映す俺の視界の半分が赤く染まっていた。触れてみると転がった時に頭を打ったのか、乾いていない血が指先に付いた。
――いや、そんなことはどうでもいいんだ。
「華! どこにいる!? 華!」
足を引き摺りながら、華がいた教室のほうへと進んでいると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。随分と長い時間が掛かったような気もするが、最初の車の爆発からまだ十五分程度しか経っていないはずだ。警察や消防としては充分な早さだろう。
問題は、どうして避難したはずの華が校内に残っていたのか、ということだ。
「華――華!」
吹き飛ばされたのか、廊下の瓦礫の下から華は無傷の顔を覗かせていた。
「華、良かった。無事で――」
言いながら瓦礫を退かしたところで、全身から血の気が引いた。
胸に刺さった大きなガラス片。そこは明らかに心臓が位置している場所だった。血が滲み出ていて、呼吸もなく、脈も無い。
「待て待て待て待て! ダメだ! 死ぬなよ!」
ガラスを抜けば出血多量で死ぬのは間違いない。けれど、だからといってガラスを抜かなければ臓器が無事なのかも確認できない。もしかしたら、ギリギリのところで心臓には当たっていないのかもしれない。
わからない。わからないから――俺には傷口を押さえるくらいのことしか出来ない。
「なあ、頼むよ、華! ……気が付いたんだ! 俺は、漸く気が付いた! 何度繰り返したかわからないこの時間で、俺はいつもお前のことを考えていた。華を巻き込まないために、華を傷付けさせないためにと行動していたんだ!」
傷口を押さえているはずなのに、どんどんと血色が悪くなっていく。
「クソ……」
傷口から手を放し抱きかかえると、人としての温もりが失われ始めていた。
「なぁ、華……これが幼馴染としての感情なのかどうかもわからない。わからないんだ! わからないけど……俺は――」
ギュッと肩を掴むと、何かか飛んでいった気がした。
華を見ると、その顔には……もう何も残っていなかった。
何度も死を体験した俺だからこそ、わかる感覚がある。もうこの場に命はない。もう、助けることは出来ない。
もう――あとは、俺がやり直せばいい。一度死んで、再びこの時間を繰り返して、今度こそ華を助ければいい。
「……悪い」
華の胸に刺さっていたガラス片を抜き取ると、抜かれた胸からも、ガラスを握った俺の手からも血が滲み出してきた。
「また会おう、華。今度は絶対に助けるから」
首の頸動脈にガラス片の尖っている部分を当てて、思い切り手前へと引いた。
すると、溢れ出てきた血液が、俺の半身を生温く感じさせてくれた。
生きているってことだ。
死ぬときに感じることこそが生きている実感であり、真実である。と俺は思う。
つまり、その生きている実感を何度でも感じている俺の心理は真実だ。
そして、真実とは――現実のことである。
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