選ばれた現実は -2

 遅れた事情が説明されることなく授業が始まり、先生たちが世話しなく動き回っているのを見て、俺も行動に移すことにした。


 無人になった教員室を見つけ、侵入。学内は全て内線で繋がっているが、番号の表示などはないから心配する必要は無い。受話器を手に取り、職員室の番号を押した。


「んんっ」


 呼び出し音が鳴っている間に一度咳払いをした。神風の声に似せて――


「……我々は『日本の夜明け戦線』。その学校に爆弾を仕掛けた。……冗談ではない。嘘だと思うのなら三階にある一年五組の目の前にある消火栓の中を確認してみろ。ああ、だが、触れることはオススメしない」


 受話器の向こうから、見に行って来い、みたいな会話が聞こえてくる。約一分三十秒の沈黙が続き、そして慌ただしい音が聞こえてきた。


「……そう、本物だ。簡単な話だ。今すぐに全ての教員・生徒を校外へ出せ。但し、警察には連絡するな。正門を通ることも許さない。どちらか一つでも破った時点で爆弾を起爆する。……急げよ、時間は有限だ」


 ……よし。交差点に置かれていた銃と、校内で発見した爆弾。この二つが重なり合った状況なら学校側も対応を取らざるを得ない。何よりも指示が『避難しろ』ってことと同義なら、尚更、その指示を無視する理由はない。警察に通報するのは生徒を全員避難させてからでも問題はない。


 さあ――どうなる?


 教員室を出て、ゆっくりと教室へ向かって足を進めていると、放送の鐘が鳴った。


『――え~、ただいまより避難訓練を開始します。生徒の皆さんは速やかに教室へ戻り、次の授業の教員の指示に従って行動してください。繰り返します――』


 なるほど、考えたな。うちの学校は予告なしに避難訓練をやるからパニックになることはないし、教員には事前に裏の通路を使うことを伝えておけば何の違和感もなく校外に出ることができる。


 このまま隠れてやり過ごすという手もあるが、教室にはバッグも置いてあるし、とりあえずは一度戻ってから避難する途中で抜け出すのが一番だな。


 今回は犯人たちに容赦するつもりは無い。だから、躊躇わずに撃つし、弥彦の力も借りない。


 そんな決意を固めて教室に着くと、すでに先生が教壇に立っていて荷物を持って出るように指示しているところだった。まあ、爆発で全てが吹き飛ぶ可能性があるのだから当然だな。


 列になって廊下を進んでいる途中でトイレにでも隠れようとかと考えていると、ギュッと袖を握られて歩みを止めた。


「……どうした?」


 掴んだのは華だったが、その手を振り払うことはできなかった。何故なら、華の眼がゆるゆると震えていたから。


「わからない……自分でもよくわからないんだけど、なんだか嫌な予感がする。だからっ――だから、さ。タグリが何をしようとしているのかは知らない。何と戦っているのかも知らない。だけど……無理だけはしないで。お願いだから、無事に帰ってきてね」


 本当に何も知らないくせに、妙な勘だけは働く。


「ああ、大丈夫だ。知ってるだろ? 俺は基本的に根暗で気怠いんだ。面倒事が起きないように、事前に手を打っておくだけだ」


「……だと、いいけどね」


 そう言って笑った華は駆け足で元の列へと向かい、俺は姿を消した。


 犯人たちが来るまで、あと一時間と少し。それまでに出来ることは、校内が無人になっているか確認するのと、どうやって迎え撃つのかを考えることだ。広さとして使い勝手良いのは、やはり職員室だろうか。普通の教室二つ分はあるし、教員の机が並んでいるから隠れるのには重宝する。素材からして銃弾を跳ね返すことはできないだろうが、それでも無いよりかはマシだ。


 一先ずは屋上へと向かい、腹這いになりながら校外へと出ていく教員・生徒を見送った。


「これで――残りは三十分」


 犯人たちの動きは大体把握している。今回は個々で来られるよりも全員纏まって来てもらったほうがいいから、その点も考えないとな。


 職員室に戻って、どういう状況に持ち込めば俺の有利に進められるかを考える。


 ……俺が隠れるのは職員室の中の階段を上がってきたところにある扉から、一番離れた場所にある教頭の机の下だ。だが、逆に言えば逃げるのには難しい場所だな。この場に留まって撃ち合いになれば、まず間違いなくこちらがジリ貧だし、勝てる確率がゼロだとは言わないが、それでもよくて十パーセントくらいだろう。勝率が一割ってことは、単に十回に一回は勝てるってことだから、じゃあ十回やればいいじゃねぇか、ってことだが、現実はそうもいかない。勝率一割で百回戦って、最後の十戦だけ勝利するってこともないじゃない。


 だから結局のところは、少しでも確率を上げるために策を弄するしかないのだ。


 幸いなことに、犯人たちが防弾チョッキを着込んでいることはわかっているし、体に爆弾を巻いているのが二人だけってこともわかっている。運が悪くなければ、俺も犯人も死なずに済む。まぁ……奴らの体に風穴を開ける気はあるけどな。


「……熱感知式のスプリンクラーか」


 使える物はどんどん使っていこう。今回で終わらせると言いつつも、実際には無限にやり直せるんだ。これが駄目でも次がある。


 しかし……死にたくはねぇよな。

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