決戦 -3
男たちを縛り上げた教室の黒板前にある教卓に腰を下ろしてから約五分が経とうとしていた。
「……そろそろだな」
呟くと同時に、後ろのドアがガラガラと音を立てて開かれた。
そこに立っていたのは見慣れた顔の男――神風だった。縛られた男たちを一瞥すると、小さく溜め息を吐いて、こちらを見据えた。
「あの放送をしたのはお前だな? まったく……大したものだ。ただの学生に倒されるような奴らを揃えた気は無かったんだが。まさか、ここまでとはな」
「……別に、俺一人でやったわけじゃないので。今だって体育館に残してきた仲間の下に向かっていますよ」
「ふん、ここまできたら計画など最早どうでもいい。知りたいのはお前のことだ。何が目的だ? なぜ計画を知っていたんだ?」
「計画については企業秘密。目的については、そっくりそのままお返しします。あなたの目的が自爆だということはわかっていますが、理由がわからない。動機は? 元よりこの学校との接点はなかったはずなのに、どうしてここを選んだんですか?」
矢継ぎ早の質問に、神風は教卓から一番離れた机に寄り掛かりながら肩を落とした。
「……どうしてここを選んだのか、本当にわからないのか?」
まあ、そんなわけがない。
「高い塀や建物の形、それに新設校であるということも当然なのでしょうが、一番は接点がないからこそ、なんでしょうね」
「ご明察だ。じゃあ、動機についても考えてみろ。お前にも理解できるんじゃないか?」
「……いくつか考えられますが、警察や報道陣、野次馬まで巻き込もうとしたということは、なんらかに対しての抗議でしょうね。それが警察に対してなのか政府に対してなのかはわかりませんが……まあ、高校生イコール前途ある若者と捉えるのなら、政府に対する抗議だと考えるのが妥当だと思いますけどね」
「なるほど。宗教という可能性は?」
「六人で? 無くはないでしょうが、宗教的に何かを成す場合は、そこにルールが存在しているものです。あんたたちにはそれが無い。抗議のための自爆テロ、それが俺の推測だ。以上」
言い終えると、神風はクククと笑いを堪えるように肩を震わせた。
「そうかそうか、なるほどな。どうやら俺が思っていた以上に厄介な学校を選んでしまったらしい。特別に教えてやってもいいぞ? 俺たちの動機ってやつをな」
その言葉に少なからず違和感を覚えながらも、頷いて見せた。すると、神風は見る見るうちに口角を上げて、不敵な笑みを浮かべた。
「俺以外の奴らは知らないがな――俺が求めているのは混沌だ! おかしいとは思わないか? この日本は平和過ぎる! 今も、この地球上のどこかでは戦争が起きて多くの人間が死んでいるというのに、何故この国だけは安全だと言われている!? おかしいだろう? 誰だって、常に身近に死を体感しておくべきだ! そうでなければ生に対する感謝など生まれるわけもない! 俺はな――多くの人間に生きていることに実感させ、感謝させるべく、数百人を殺すんだ! 世界単位で見れば、この場で八百人が死んだところで些細なもんだろう? だが、それでも身近な者たちの心には響く! そのためには俺が死ぬことも厭わない!」
「…………」
本心かどうかはわからない。だが、仮に嘘だったとしても、この状況で嘘を吐けるような奴なら――救おうという考えは間違いだったと言わざるを得ない。
「共感は、できないな。……なあ、あんたは死んだことがあるのか?」
「はあ? 言っている意味がわからないな。死んでいないからここにいる。生きているからこそ、計画を思い付いたんだ!」
「ああ、だよな。それはそうだ。だが――」
死を実感した者だからこそわかる感覚がある。そして、その感覚というのは誰しもが日常の端に感じているものだということもわかるんだ。
どうやら――
「どうやら、俺と君はわかり合えそうにないな」
「……そのようだな」
睨み合った次の瞬間、互いに示し合わせたように銃を抜いた。引鉄を引きながら教卓の後ろに隠れたが、神風も同じように机の裏に姿を隠した。
「すぅ――はぁ」
俺の考えが甘かった。すでに三人を殺している犯人たちを生かして捕まえるなど虫が良いにもほどがある。……殺さないまでも、撃って行動不能にするくらいの覚悟が必要だった。
神風が撃っている間は身を屈め、止まった瞬間に撃ち返す。だが、止まっている物なら未だしも動いて隠れる人間に、そう上手くは当たらない。まあ、当たらないという点ではお互い様ではあるが、こちらにあるのは拳銃が……今、一丁分を撃ち尽くして残り四丁。それに比べて相手は大型の突撃銃も持っている。向こうが本気になれば、こっちは簡単に蜂の巣だ。
それなら、やることは一つ。向こうが本気を出す前に、終わらせることだ。
片手で銃を撃ちながら、体で教卓を押し、一番前の机に当たった。
「っおお――」
空になった二丁目の拳銃を置き、両手で思い切り教卓を押し込んだ。ドミノ倒しとはいかないが、教室の半分ほどまで進んだところで二丁の拳銃を両手で握って、神風のいる方向に撃ち始めた。しかし、当たらない。
――当たらない!
神風の反撃が無いまま二丁の拳銃を撃ち尽くし、最後の一丁に手を伸ばした時、漸く立ち上がった神風の手には突撃銃が握られていた。
「クソッ――」
二発の銃声と共に、胸に受けた衝撃で後ろに倒れ込んだ。拳銃は、もう手の中に無い。
「かっ、は……」
息が苦しい。銃で撃たれるってのは、何度体験しても慣れるってことはないんだな。
「いやいや、まったく。学生のくせに嫌に銃の扱いに長けているじゃないか。元自衛のあいつらよりも強いんじゃないか? んん? まあ、とにもかくにも詰みだな。敬意を込めて、銃では無くナイフでその首を掻っ切ってやろう。どうだ? 最後に言い残したいことはあるか?」
咳払いをすると、込み上げてきた血が口いっぱいに広がって溢れ出した。
「はっ……ああ、ある。こう、なることは……わかっていた、からな」
絶え絶えに言葉を紡ぎながら、俺を跨ぐ神風に視線を送りながらも両手でポケットの中を探った。
「……ん?」
胸に二発も食らっているのに、思いの外に平然としている俺の顔を見て不審に思った神風は撃たれた箇所に手を伸ばした。そして、ワイシャツを剥がされた先にあったのは防弾チョッキ――それを見て驚いた瞬間に、片手に持っていた物を取り出した。
「だから、こんなものも用意してみた」
ピンを抜くのと同時に、もう片手に持っていた濡れた布を両耳に挿し込み、目を閉じた。
直後。
――――
教室内は眩い閃光と激しい音で包まれた。
「っ……」
さすがはスタングレネード。目を閉じても、耳を塞いでも影響はある。だが、何の対応も出来なかった神風ほどじゃない。しぱしぱする目で周囲を確認すると、辛うじて立っている神風を発見し、力の限り突進して壁に打ち付けた。
「ぐっ、あ!」
倒れたところを組み敷いて、銃やナイフなどを遠くへ放り投げ、念のため顔面に一撃だけ拳を振り下ろした。
しばらくの間は共に動けずにいたが、次第にスタングレネードの影響は薄れていった。
「はぁ……はぁ……終わりだな、クソ野郎」
「ああ、まさか……ここまでやるとは思わなかったよ。その血も、偽物かな?」
視線の向けられた口元を拭うと、大量の血がワイシャツの裾に付いてきた。
「はっ……だから、あんたは死んだことがないってんだよ。あの銃の威力を知らないだろ? 肋骨の二、三本は簡単に折れているさ」
「は……はっはっは! そうか、確かに俺は何も知らないらしい。だがな――この勝負は俺の勝ちだ」
したり顔で掲げて見せられた携帯には、電話を発信した後の番号が映っていた。
「今更遅い。すでに体育館の人質は解放されているはずだ。爆弾を起動させたところで、死ぬのはお前の仲間だけ……」
いや、何かがおかしい。自爆テロを考えるような奴だ。死ぬのが一人だろうと爆弾を起動させるだろうが、そういう顔じゃない。
「まさか――」
神風のベストを脱がせてみれば、そこにはもう一つの爆弾が巻き付けられていた。
「はっはっは! わかるか? お前には何も――誰も救えやしない! 死ななかったとしても身近で起きた爆弾で人が死んだという事実は記憶に残る! 残念だったな! お前は負けたんだよ! 誰も――救えやしないんだよ!」
「黙れっ!」
再度、顔面に拳を落とすと打ち所が良かったのか神風は気を失ってしまった。
爆弾を確認してみればカウンターが付いていた。残り時間は約三分。電話、即起爆でなくて助かったが、残念ながら俺は過去に爆弾処理に失敗している。トラウマというほどではないが、下手に触れるとマズいことはわかっている。
見えない場所まで手を伸ばして確認してみると、爆弾を巻き付けているところに何か仕掛けがあるわけではないらしい。とりあえずは神風の体から爆弾を外したが……ここからどうする?
警察が来ていたとしても爆弾処理班が来ているとは限らないし、爆弾を持っていって「どうにかしてくれ!」と言ったところでどうにかなる気はしない。
それなら……爆弾が爆発しても大丈夫な場所に持っていくしかない。
残り時間一分三十秒を切ったところで、爆弾を手に真っ直ぐ外へと向かって走り出した。――校庭だ。広い校庭で空中に放り投げれば爆発しても最小限の被害で済むだろう。問題はどのタイミングで投げて、俺への被害が無いように済ませるかだが……五秒くらいか。
校庭の中心に辿り着き、周りに隠れられる場所がないかと探しながら、耳に入れていた布を取り出すと、唯一爆風から身を隠せるのは水飲み場の水道くらいだと気が付いた。
「……いや、五秒じゃ無理だろ」
自問自答した結果、五秒では無理だと判断した。高めに放り投げて七秒か八秒、それくらいあればギリギリいけるかいけないかの境目だな。
屈伸をして走り出す準備をしていれば残り十五秒――いよいよだ。
「――リ! ――グリ!」
いよいよ、そんなときなのに、なんというタイミングの悪さなのか……何故だか、校舎とは反対の方向から華と弥彦が駆け寄ってきていた。
そうか、確か非常口として正門とは反対の方向に抜け道があるとか聞いたことがあったな。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「おい、こっちに来るな! すぐに引き返せ!」
声が届いていないのか、ただ必死に俺の名前を呼びながら駆け寄ってくる。今、この爆弾を放り投げれば、まず間違いなく二人はまともに衝撃を受ける。爆風だけなら未だしも、そういうわけにもいかないだろう。
時間を確認してみれば――残り五秒。すでにギリギリ逃げ切れる時間は過ぎていた。
「ッソ――」
華は近付いてくるし、時間はねぇし……ああ、くそっ。どうしてこうなった?
どうして――どうして俺は、爆弾を抱えて蹲っているんだよ?
疑問を自分に投げ掛けた瞬間、カウンターはゼロになった。
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