決戦 -2

 一限と二限の間で鎖のチェーンは正門に設置済み。大した意味は為さないだろうが、それでも数分の時間稼ぎにはなる。不測の事態というのは犯人たちを焦らせる材料になる。


 少しずつだ。こちらが緊張を切らさなければ少しずつ犯人たちの精神を削っていくことができる。


「……はぁ」


 斜め後ろから感じている視線は弥彦のものだが、気にしてはいない。むしろ、俺の言っていたことに興味を示しているってことのほうが重要だ。


 そして訪れた三限目。


 窓の外に視線を向けていると黒いバンが来た。さあ、ここからが勝負だ。


 バッグを腿の上に置き、中身の確認をしていると正門のほうから銃声が響いた。こればかりは防ぎようが無かったんだ。どう手を打っても最初に犯人たちと邂逅する教員三人を救うことはできなかった。あの三人が最低限の犠牲だ。最初で最後の、代償だ。


『――ッ、緊急放送です! 現在、不審人物が校舎内に侵入しております! 先生方は避難経路Bにて生徒たちを校舎外へ避難させてください! 繰り返します――』


 焦る言葉に疑心が生まれ膠着し、


『――先生方はすぐにッ、ダメッ! やめっ――』


 響く銃声で緊張が恐怖へと変わる。


『――あ、あ~、こちら〝日本の夜明け戦線〟。この学校は我々が占拠した。全員速やかに体育館へと集合しろ。素直に従わなければ殺す。逃げ出そうとしても躊躇わずに殺す。なあ、先生方、あんた等の仕事は生徒を守ることだ。どうするべきかよく考えろ。制限時間は……十一時十分までだ。一分でも遅れれば殺す。隠れてやり過ごそうとしても見つけ出して殺す。さあ、急げよクズ共。時間は有限だ』


 弥彦に視線を向け、目が合うと、言わんとしていることを理解できたのか、深々と頷いて拳を握り締めていた。


 やる気があるのなら結構なことだ。


 先生の指示で廊下に並びに行くクラスメイトから離れると、意味を理解したのか弥彦もこちらにやってきた。不安そうに眉尻を下げる華に視線を送ると、幼馴染の勘の良さからか頷いて教室を出ていった。


「春秋くん、まさか本当だとは思わなかったよ。それで、僕はどうすればいい? 仲間に連絡は取ったのか?」


「仲間は来ない。これから警察も野次馬も集まってくるだろうからな。俺の所属する組織は公の場に出てくることはない。……これを見てくれ」


 取り出した校内の見取り図を机の上に広げた。


「俺たちの教室がここだ。犯人たちは体育館と校舎との通路から一人ずつやってくる。だから、弥彦は、最初はここに隠れていてくれ。合図を出したりはしないが、いつ攻撃するべきかは、その時がきたらわかるだろう」


「ん? ちょっと待って。どうして犯人が一人ずつ来るってわかるんだい? 何人かがまとめてくる可能性だってあるだろう?」


「……そうだな。傲慢、と自信過剰かな。一人で何でもできると思っている奴らが、学生相手に本気で掛かってくる可能性は低い。もちろん複数で来た時の対応も考えてあるから心配するな」


「なるほど。不躾だったね、ごめん」


「気にするな。準備はいいか? 俺たちの手で八百人を救うぞ」


「うん、行こう!」


 拳を握り締めた弥彦は心強い。これはあくまでも嘘で作り上げた信頼でしかないが、それでも嘘を真実だと信じ込んでいる限りは続く魔法である。頼りにしているし、この作戦の七割方は弥彦頼りだったりもするから、ヨイショしておこう。俺が茶番を演じることで恥ずかしさで死にそうになったとしても、だ。


 先程の可能性についてだが、事がどう転んだとしても犯人たちが複数で俺たちの下に来ることはない。何故か、と問われれば明確な答えを提示できないのが現状だが、過去の例が物語っているし、傲慢と自信過剰も間違っているとは思えない。強いて付け加えることがあるとすれば、真っ当だから、かな。片や同じ時間を何度も繰り返している学生と、片や世界大会に出場するほどのテコンドーの選手だが、犯人たちはそのことを知らない。つまり、ただの正義感に駆られた馬鹿な学生の二人でしかないのだ。それに犯人は二人だとも知らない。誤算とまでは言わないが、もう少し警戒すべきだと思う。


 校内の学生と教員が体育館に集まり、俺と弥彦が指定の位置に着いた時、丁度時間が訪れた。


『――あ、あ~……本日は晴天なり、本日は晴天なり。〝日本の夜明け戦線〟に告ぐ。俺はお前らの計画を知っている。そして、それを防ぐ手立ても考えてある。例えば、警察にこの学校からの通報は悪戯であると連絡する、とかな。お前らのやろうとしていることはわかっている。だが、理由がわからない。学生及び教員を解放するのなら、どうにかしてお前らの意志を外に伝える方法を考えてやる。だがな、これ以上に一人でも殺してみろ? ただじゃあ済まさない……いいや、お前ら全員皆殺しにしてやるからな!』


 ガチャン、ブッツン、と派手な音を立てて放送は切れた。


 うむ、何度聞いても自分の声を聞くというのは慣れないな。


 本来ならば、逸れた学生の一人や二人くらいなら放っておいても犯人たちの計画に支障は出ない。しかし、計画を知っていると言っているし、警察を巻き込むことも知っているとなると無視するわけにもいかない。


 俺が思うに犯人たちにとっての計画失敗とは――人知れずの犯罪として終わってしまうことだ。もちろん、八百人を巻き添えにすれば大きな事件にはなるが、それでは意味が無い。故意に警察を巻き込み、野次馬を巻き込み、報道を巻き込んだということに気が付ける者が必要なのだと思う。だからこそ、ここまで手の込んだ心中自殺を考えたのだろうからな。


「……そろそろだな」


 時間を確認しながら、手に持っていた釣り糸をクンッと引いた。


 来る途中に仕掛けた罠は全部で五つ。徐々に後退しつつ、犯人を一人ずつ罠にかけていくという寸法だ。


 そうこうしているうちに最初の犯人がやってきた。


 まず、第一の仕掛け。名付けて『ピンボール』。手に握っていた釣り糸を引くと、先に付いていた複数のバネが外れて固定していた銃弾に針が突き刺さるという仕組みだ。そうするとどうなるのか? 簡単な話だ。衝撃を受けた弾丸が発射される。しかし、それは誰かに向かって放たれるのではなく、壁に向かって放たれる。跳弾こそしないが、連続して発射される銃声は狭い廊下の中を、さながらピンボールのように跳ね回る。


 音の反響で銃口をあらゆる方向に向けて警戒する男だったが、それはつまり照準が定まらないってことだ。仕掛けの弾が切れて数秒が経ったときに、こちらに背を向けた男を確認して、自分の手に持っていた拳銃の銃口を壁に向けて一発だけ発射した。すると、男は音に釣られてこちらを振り向き近付いてくる。そこを――


「――が、ッア!」


 後ろから弥彦が全力で叩く、というか蹴る、という寸法だ。


「ク、ッソ……」


 一撃で気を失わなくても構わない。誰だって二メートルの高さから振り下ろされる踵を、まともに頭に喰らえば立つこともままならないだろう。そうやってもがいているところに近付いて、握った拳で顎を砕く。死にはしないんだ、顎くらいはどうってことないだろう。


「う、上手くいった?」


「ああ、よくやったよ弥彦。こいつは縛り上げてどっかの教室に置いておこう。次の犯人が来るのは……およそ四分後だ。待機場所は頭に入っているな?」


「うん、大丈夫!」


 男をロープで縛り、口はガムテープで塞いで置いてきた。武器の類はすべて外してトイレに放置してきた。


 一応はこれまでの経験に基づく行動ではあるが、すべてが全く同じように進んでいるわけではない。懸念することが無いと言えば嘘になる。だから、常に緊張を最高潮に保たなければならない。


 シンドいが、諦めるわけにもいかないからな。


 次の仕掛けもシンプルだ。唯一違うのは俺の主導ではなく相手の行動で罠が発動するという点だ。廊下の中心に置いた携帯には先程と同様の釣り糸が付いており、それを引くと傍らに仕掛けておいた鼠捕り器のバネが弾ける。位置と高さは何度も計算してやり直したから、今となってはほぼ百発百中だ。


 もう一つの携帯を片手に息を殺していると、予想通りに二人目の犯人が銃を構えながらやってきた。一人目が戻ってこないことから警戒心強めだが、だからこそ、付け入ることができる。


 まだ廊下に落ちている携帯に気が付いていないタイミングで、電話を掛けた。


「っ!」


 体を震わせた男は銃を構えながらも携帯に近付いていき、しゃがみ込んで手に取った。次の瞬間――ガシャン! と音を立てたほうに視線を向けると、その顔目掛けてカラーボールが放たれた。手前ミソだが、このタイミングが絶妙なのだ。少しでも男の反応が遅ければカラーボールを真正面で受けることはないし、早ければ避けられてしまう。


 視界を塞がれた男は、衝撃で尻餅を着き、それを見計らって飛び出してきた弥彦が男の顔面を蹴り飛ばした。今度は一撃で仕留められたらしい。


 そして、先程と同じように縛り上げて空き教室へ。武器はトイレへと放置した。


 ここから次の三人目と四人目はあまり間を置かずに来るから、さっさと準備に向かおう。


「弥彦、これを付けておけ」


「これ……ゴーグル?」


「ああ、大丈夫だとは思うが視界が悪くなるからな。しておいたほうがいい」


「うん、わかった」


 次は階段へと上がる手前の廊下に一丁の拳銃を置いた。


 次に来たのは片手に拳銃、片手にナイフを持った男だった。廊下に置かれた拳銃を発見したが、すぐに近付くことはせず、周囲に気を配りながら進んできた。そして、まずは足先で銃を軽く蹴り、何もないとわかると顔を上げたまま銃に手を伸ばした。


 その瞬間に男の真横にあった消火器を撃ち抜くと、一瞬にして周りは白い粉煙に包まれた。これで男の視界が遮れたのは確かだが、相手はナイフを持っている。それについても何度も検証済みだ。この場所から石を全力で投げれば――パンッ、と何かが弾ける音がした。


 煙の中で動く人影が落ち着いたのを見計らって確認しに行くと、弥彦が男の頭の上に足を置いて肩で息をしていた。拳銃を投げた石と共に廊下に転がっている。


「……お疲れ」


「うん、強かったよ。この人」


 例の如く縛り上げて教室へ。


 さて、ここまでは順調にいった。が、しかしここから問題だ。


 とりあえずは階段を上がりながら巾着の中身を転がしていくが……本音を言えば、ここを切り抜けられる可能性は五分五分、よく見積もっても七割にいくかいかないかくらいで、まだまだ不安が残る。何せ四人目に来るのはゴーグル、マスク、防弾チョッキにマシンガン二丁というフル装備だからだ。それに加えて――


 階段の縁から下の階を覗き込み、先程の消火器で白くなった廊下の先から人影が見えた瞬間に持っていた巾着を放り投げ、上に居る弥彦に身を屈めるように指示を出した。


「っ――」


 鳴り響く銃声が頭の中で木霊しながらも、下の階を覗き込むと巾着が跡形もなくなっていた。リーダーの神風と女を除いた最後の男は引鉄が軽すぎる。それでいて接近戦も弥彦以上ときたもんだから、余計に厄介だ。


 余談だが、おそらく最初に教員の三人を殺したのはあいつだ。と思う。


 ともあれ、あんな銃撃を体で受ければ死は免れない。


「……ふぅ」


 やることは決まっている。銃を無駄打ちさせて弾倉を空にすることと、虚を突いて弥彦が一撃で決められるようにすること。


 とはいえ、今のところやれることはない。


 慎重に階段を上がってくる男だが、ゴーグルの不利な点は、しっかりと下を見なければ足元を確認できないことだ。しかし、男は上から狙われる可能性も考えてそれは出来ない。そこで、さっき撒いておいた火薬玉の出番というわけだ。


 踏む度に――パンッ、と音が鳴り、男はそれに呼応するように引鉄を引く。


 流れ弾にさえ注意していれば半分以上はそれで撃ち尽くしてくれる。だが、それだけではまだ足りない。


「春秋くん、これでいい?」


「……ああ、充分だ」


 弥彦に頼んで各教室で花を飾るために置かれているガラス瓶を持ってきてもらった。爆薬の音に慣れてきた男に向かって、そのガラス瓶を放り投げると、見事にそれをマシンガンで撃ち抜いた。ナイスショットだが、その正確さが仇となる。


 次から次にガラス瓶を放り投げると、その都度その都度、男は正確に瓶を撃ち抜いていく。最後の一個を手に持ったとき、反対の手で最後の巾着からボールを取り出した。


 ガラス瓶を投げ、撃ち抜かれ、最後にボールを投げると、それも撃ち抜かれたが――破裂したのはカラーボールだったわけで、つまりは男にインクが降り注いだ。


 塞がれた視界を確保しようとして、ゴーグルを外そうと手を拱ているところに、俺が階段の脇から滑り出て男の胸元目掛けて五発の銃弾を撃ち込んだ。


 衝撃で階段から落ちていく男に対して、上の階から飛び降りた弥彦はその顔に脚を合わせた。あっ、マズい。


 派手な音を立てて床に倒れ込んだ男の下に駆け寄って、息があるのかを確認した。


「……良かった、生きてる」


 半分は賭けだった。男の撃ち抜いたボールから落ちたインクが上手いことゴーグルに掛かる可能性と、視界の有無に限らず男が血迷って銃を乱射する可能性。その他にもいろいろな可能性が重なって上手くいった。俺の撃った弾も綺麗に防弾チョッキに止められたしな。


「…………ん」


 やはり、マシンガンにはまだ弾が残っていた。今もまだ俺が生きているのは偶然だな。


「やったね、春秋くん。あとは二人だ!」


「そうだな、あと二人……弥彦、ここからは別行動だ。状況から考えて最後の一人は必ず体育館に残るはず。だから、お前は体育館に残った犯人を制圧してくれ」


「え、でも僕一人でなんて……」


「真っ向勝負でならお前が負けることはない。それに考えてみろ、周りには八百人の観客がいるんだぞ? お前が救わずに、誰が救うというんだ? なあ、弥彦忍よ」


「……うん――うんっ! わかった! 僕に任せておいて」


「よし。じゃあ、お前は体育館の陰に隠れて犯人の一人が出てくるのを待ってから、残った一人の相手をしてくれ。そして、倒すことができたら教員・生徒を連れて即座に学校を出ろ。あとの処理はこっちに任せておけ」


「了解! 春秋くんも気を付けて」


 見よう見まねの敬礼をした弥彦は、さっさと行ってしまった。


 まあ、多少の罪悪感は覚えているよ。だって、多分相手が女だって伝えたら戦えないだろう? だから、全てが終わって、全てを知った時に恨まれるのは俺だけでいい。そしてヒーローになるのは、一人だけでいいんだよ。

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