第5章 決戦 -1

 ――よし。


 ベッドから飛び起きてバッグの前で深呼吸をした。


 随分と長く掛かってしまったが、漸く必要な道具が集まった。


 防犯三点セットに粉洗剤、大きめの石とノート、そこに加えて五丁の拳銃、その諸々。


 今までの経験上、犯人は六人いて銃を使わなくても強い。だが、こちらが素手でもやりようによっては勝てることも証明済み。殺さずに無力化する方法も身に着けた。


「今、だな」


 準備は整った。やり方も熟知している。この方法なら――最低限の犠牲で、事件を治めることができる。もしも、神様ってやつがいるのなら見せてやるよ。ジャイアントキリング。鼠だって追い詰められれば、猫を食い殺すことができるってことをな。


 制服に着替えて学校へ。


 道中の華とのやり取りに変化はない。出来る限り巻き込まないために、という配慮でもあるし、こちらが銃を持っている緊張感を悟られないために普段通りの会話を交わすべきだというのも一つの理由だ。


 学校に着いたら、まずは放送室へ。放送委員の女子生徒がいるから話を持ち掛ける。


「初めまして、二年の春秋操です。君は、一年の木嶋さんだよね?」


「え、あ……えと……」


 この挙動不審な態度を見るのも何度目になるだろうか。毎回毎回、こちらが悪いことをしているような罪悪感に襲われるのは、どう声を掛けようと体を震わせて涙目になるからだ。俺の顔はそんなに怖いのか?


「一つ、お願いがあるんだけどいいかな?」


 バッグの中から取り出したCDを掲げながら問い掛けると、木嶋さんは涙目のまま首を傾げた。


「ある時間が来た時に、このCDが校内に流れるようにしたいんだ。そういう設定できるんだろ?」


「あ、はい……出来るには出来ますけど、許可が必要だったりします」


「うん、わかってる。だから許可は取ってあるよ。確認したいのなら体育の江野先生だけど、呼んでこようか? 直接聞いたほうが良いと思うしね」


「ひっ――いえ、大丈夫です! 先生の許可が下りているのなら、それで」


「じゃあ、お願いできるかな。時間は――」


 もちろん、嘘だ。許可など取っていないし、体育の江野先生は女子の担当だから男子の俺はほとんど関わりが無い。けれど、木嶋さんは見ての通りの臆病者。声が大きいことで有名な江野先生が苦手でならない。という情報を事前に入手していたから活用させてもらった。先輩の頼みな上に、苦手な江野先生、それに仮に俺の言っていることが嘘だとしても俺に強要されたとでも言えば大して怒られることも無い――などというところまで考えているのかはわからないが、これで一つ目の仕掛けは完了。


 次だ。


 放送室から教室に向かう途中で見つけた弥彦の腕を引き、人通りの少ない階段の踊り場へと向かった。


「おはよう。俺のことわかるか?」


「春秋くん、だよね? あんまり話したことはないと思うけど」


 毎度の友達じゃない宣言には慣れた。弥彦はこれが通常運転だしな。文句を言ったところで話が進まない。


「弥彦、お前の力が借りたいんだ」


 真っ直ぐに見つめて真剣な顔で言うと、弥彦は生唾を呑み込んで頷いて見せた。


「うん……どんなことかにもよるけど、僕で役に立てるのなら」


「ありがとう。実は――今この街にある犯罪組織が勢力を伸ばし始めているのだが、知っているか? 組織の名は『日本の夜明け戦線』。どうやら相当な過激派らしい」


「日本の夜明け……? ごめん、聞いたことないかも」


「そうか。どうやら、その組織が今度はこの学校を襲うという情報があってな。万が一のときは校内にいる者だけで対抗しなければならない。もしもそうなってしまった時には、弥彦の力を貸してほしいんだ。世界で戦えるお前の技があれば、撃退することも夢じゃない」


「あの、えっと……ちょっと突拍子もない話で付いていけてないんだけど……まず、どうして春秋くんがそんなことを知っているの? 犯罪組織とか、さ」


「ああ、そうだな。その説明が先だった。これを見てくれ」


 バッグの中から一丁の拳銃を取り出して、弾倉を外して見せた。


「これ、って……本物の拳銃? ど、どうしてこんなものを?」


「……俺の話を聞いたら、もう後戻りはできないが、それでも聞くか?」


 苦い顔をして問い掛けると、唸りながら俯いて正味三十秒ほど考えた弥彦は悩みながらも頷いた。


「俺は、政府から仕事を請け負っているんだ。ああ、だが殺しとかじゃない。銃は護身用で、本業はあくまでも監視役。パソコンを使ったり、危険人物を張り込んだりな。目立たない地味なことが、主な仕事だな」


「それはつまり、スパイってこと?」


「スパイ、とは違うのかもしれないが、少なくとも今の日本が平和なのは俺たちのような者がいるからだ、とだけは言っておこう。どうだ? 手を貸してくれるか?」


「それは――それは当然だよ! 任せておいて、僕の力が必要になればいつだって手を貸すから! いや、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ! よろしくね!」


「ああ、頼んだ」


 笑って握手を交わすと、弥彦は笑みを浮かべたまま教室へと向かって歩いていった。


 もちろん――嘘である。


 何度か一緒に戦っているうちに話すことがあって、弥彦がそういう設定を好んでいることを知った。FBIとかCIAとか秘密諜報機関とかにね。普通に言ったのでは信じてもらえないのだろうが、本物の拳銃のおかげで信憑性が増した。それに加えて『日本の夜明け戦線』だ。今はまだ八割……いや、七割程度の信頼だろうが、犯人たちがその名を口にすることによって十割へと変わる。これで二つ目。


 次に行こう。


 小さな巾着袋を要所要所に置いていき、必要なものの位置を確認していく。


 多少のミスならば俺が怪我をするだけで済むし、最終的に死んでも、もう一度やり直せばいい。だが、俺が生き残っても、その代償に誰かが死ぬのは許容できない。これは、俺の心の問題だ。エゴだし、願望だ。だからこそ、俺は俺自身のために、救ってみせる。


 例外はなく、犯人たちもだ。心までは無理でも、せめてチャンスだけは、ね。

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