許容と寛容 -4

 事件が起こることをどう伝えるべきか悩みに悩んだ結果――何も言えぬまま三限目が始まってしまった。そして、外では銃声が鳴り響き、男たちは校内へと侵入してきた。


 諸々と省いて。


『――制限時間は……十一時十分までだ。一分でも遅れれば殺す。隠れてやり過ごそうとしても見つけ出して殺す。さあ、急げよクズ共。時間は有限だ』


 ……ここまできたら出たとこ勝負だな。


 クラスメイトが廊下へと向かい始めたところで、意を決して立ち上がった。


「うおっ」


 行こうと思ったところで、目の前に人が居て体を震わせた。


「あ、ごめん。でも春秋くん、ずっと僕のこと見てたから何か用があるのかな、って思って」


「ああ、そう……だな。話がある」


 どう話しかけようか迷っていたわけだから、向こうから来てくれて助かった。まさに渡りに船だ。


 教室を出ていく華と目が合ったが、口の前で人差し指を立てて床にしゃがみ込んだ。それに釣られたように弥彦もしゃがみ込むと、廊下に並んだ生徒たちが体育館に向かって進み始めた。


「それで、話っていうのは? というか、行かなくていいのか?」


「大丈夫。あいつらは仮に俺たちが居ないことに気が付いても、言っていたように人質を殺すようなことはしない。殺せるはずはないんだ」


「……何かを知っているような口振りだね」


「ああ、知っている。だが、あまり詳しいことは話せないんだ。それでも聞いてくれるか? 弥彦の手を借りたい」


 あからさまに困惑した表情を浮かべる弥彦は、考えるように俯いた。テロリストが学校を占拠しているような状況だ。どう考えたって、良くない話なのは明白。それでも乗ってくるのならば、俺も腹を決めなければな。


「僕は……頼られると断れないんだよ。それじゃあ話してくれる? 手を貸すかどうか、本当に僕で力になれるかどうかは、それから判断するから」


「よし、それでいい。さっきも言った通り詳しい説明はできないから省かせてもらう。ただ言えるのは、犯人たちは本気で俺たちを殺そうとしている、ということだ」


「ん? 殺せるはずはない、んじゃなかったの?」


、殺せるはずがないんだ。奴らの計画は教師と生徒、それに警察も巻き込んだ自爆テロ。それを防ぐ方法を探しているんだが、どうにも見つからない。それで、弥彦に手伝ってもらいたいんだ」


「……警察は?」


「正門には爆弾が仕掛けてあるし、犯人の数も正確じゃないから今のところは役に立たない。それに犯人の目的の一つは警察だと言っただろ? 踏み込んできた時点で起爆する可能性もある」


「どうしてそこまでわかるんだ? 知り合い、ってわけではなさそうだけど」


「そうだよな……もっともな疑問だが、それこそが説明できないところなんだ。信用できないなら今はまだ構わない。ただ、ここからは俺と一緒に行動してくれ。他の生徒たちを傷付けさせないためにも」


 小声だがはっきりと言えば、複雑な顔をしながらも頷いてくれた。


 よし、第一段階は突破した。だが、残念なことに第二段階はまだ白紙だ。まずは弥彦に状況を教えることか? それなら正門の死体を見せるのが手っ取り早いけれど、いきなりそれはショッキング過ぎる。だとすれば、犯人たちと鉢合わせさせるのが一番だな。


「おそらく校内には誰も残っていないだろうが、念のため静かに動くぞ。目指すは――放送室だ」


 廊下を覗き込んで、人がいないことを確認すると抜き足差し足で放送室へと足を進め出した。


 放送室があるのは職員室の隣だが、中に視線さえ向けなければ、おそらく死体は見ずに済む。しかし、最大の問題は放送でもあったように、放送室で教員が一人殺されているという点だ。まあ、放送室の中に入るのは俺だけでいい。ここまで来たのだから、今更死体がどうだとか騒ぐつもりもない。


「シッ」


 階段を下りたところの廊下の角でしゃがみ込んだ。


 時間から考えれば、今は男と女が遅れて体育館に向かっている頃だ。俺の予想通りにバッグの中身が学園長の首だとすれば学長室から出てくるし、間違っていたとしても、現在の時刻と、校舎と体育館を繋ぐ通路の関係上、この場所は安全なはずだ。


「ふぅ……よし、行こう」


 ゆっくりと身を屈めながら進んでいく。半開きの分厚いドアの前で、弥彦にそこで待つように伝えて中へと足を踏み入れた。


 細い通路を抜けて奥の扉を開けると、思った通り女性の射殺体があった。顔を撃たれたせいか損傷が激しくて誰なのか判別がつかないが……教頭、かな?


 それはともかく。


「息巻いてきたのはいいが、使い方わかんねぇんだよな」


 さっきまで使われていたのだから設定はそのままのはず。クラスや施設の下にあるボタンが赤く光っているのは、そこには放送が入るということだろう。体育館は……点いている。マイクの下にあったスイッチを押してみると、目の前にあった表示がOFFからONへと変わった。


『あ、あ~……本日は晴天なり、本日は晴天なり。聞こえているか? 犯人共。用件だけ伝えさせてもらう。まず、お前らは馬鹿だ。自殺したいのなら勝手にやれ。俺たちを巻き込むな。次に、車に積んである爆弾は俺が起動できないようにした。最後に――学園の連中を誰か一人でも殺してみろ。テメェら全員、ただじゃ済まさねぇからな!』


 ブツリッとマイクを切って急いで放送室を出た。猶予は五分弱。早いこと行動しなければ。


「あ、おい。どういうつもりだよ。あんな放送するなんて」


「あれでいいんだ。そうでもしなきゃ誘い出せないからな」


 体育館と放送室を繋ぐ中間地点くらいにある教室に這入り込んで、息を殺した。


 掃除用ロッカーから箒を取り出して、先の部分をねじり外し、もう片手で防犯アラームを握り締めた。


「お~い、春秋くん。いったい何がしたんだ? 爆弾って、なんのことだ?」


 ドアの脇で片膝立ちをした俺の横で、弥彦が問い掛けてきた。


 ……おそらく、あと三分弱。


「まず、犯人たちは冷静だ。有能で頭が良いとさえ思っている。だから、神経を逆撫でするようなことを言った。次に、奴らは計画についても秘密裏に進めていたはず。だから、その計画が漏れていることを知らせてやった。これで仲間内に疑心暗鬼が生まれる。その結果――」


「ちょ、ちょっと待ってよ。計画って……どうして車に爆弾があることを知っているの?」


「……残念ながら、それも説明ができない。その結果、犯人の中の一人が俺たちを捜しに来る。いや、殺しにの間違いかな」


「どうして来るのが一人だと? 二人か三人で来る可能性だって」


「いや、無いな。さっきも言ったが、奴らは自分たちが有能だと思っている。それに加えて人質は約八百人。不確定要素に人員を割く余裕はない。銃を持っているという優位性もあるしな」


「なるほど……でも――っ」


 弥彦が口を噤んだのは、足音が聞こえてきたからだ。それも一人分の足音だ。


 音から伝わってくる。慎重で、警戒していて、隙が無い。もしもタイミングを外して目の前に飛び出すようなことになれば、速攻でハチの巣になるだろう。


 だから、落ち着いて息を殺して通り過ぎるのを待つ――足音が止まった。


 固唾を呑んだ瞬間、ガラッと開かれたドアから拳銃を構えた男が見えた。反射的に握っていた箒を振り上げて銃身を弾いたのだが、飛ばすまでにはいかなかった。


「クソッ」


 体勢を立て直そうとする男に気が付いて一気に距離を詰め、耳元で防犯アラームを鳴らそうと思ったのだが、見事に手の中から滑り落ちた。マズいな。不意打ちに失敗してしまっては遠距離だろうと近接だろうと俺に勝ち目はない。


 今回はここまでか、と諦め掛けていたとき背後から気配を感じた。


「おぉらっ!」


 俺の体を飛び越えた脚は、そのまま男の頭目掛けて踵が振り下ろされた。しかし、咄嗟のことで狙いが外れて威力が落ちたのか、男はふらついただけで、すぐに銃を握り締めた。


 だが、その瞬間を逃さずに箒を投げ付けると、男はそれを防ぐのに一手遅れ、弥彦が追撃に出た。


 男は銃を構える暇も無く、弥彦の脚撃を受ける。


「これは……」


 入っていけない。間違いなく達人同士の、強者同士の戦いだ。下手に手を出せば、こちらにまで流れ弾がくるし、邪魔をし兼ねない。とりあえずは防犯アラームを手に取り、気を窺う。


「っ――」


 弥彦が押され始めた。


 テコンドーの足技を次から次に繰り出す弥彦と、拳銃を手放し両腕両脚で迎え撃つ男とでは圧倒的な差がある。心の準備ができていなかったこともあるし、何より、一瞬でも離れれば銃口を向けられるという恐怖もある。焦りが、技の威力を落としている。


 ……銃?


 気が付いて落ちている拳銃に視線を向けた。


 二人が戦っているのは教室内で、銃が落ちているのは廊下との境目。気を逸らすことができればいける。


 弥彦が天から振り下ろすような蹴りを繰り出し、男がそれを受け止めた瞬間に駆け出した。男は俺の動きに気が付いているようだったが、すれ違う時に防犯アラームを響かせると体を硬直させた。


 よし!


 銃を掬い取り構えると、男よりもむしろ弥彦のほうが怯え出した。……ああ、延長線上にいるからか。大丈夫、この距離なら外さねぇよ。


「動くな。少しでも不審な動きを見せれば――あ、おいっ!」


 手を後ろに回した男に警告するように言うと、銃口を足元に向けてから引鉄を引いた。


 しかし、カチッと乾いた音が鳴っただけだった。


 不発――じゃない。


「安全装置か!」


 気付いたときに遅かった。男は取り出したナイフを俺に向かって投げ付けると、首の付け根に深々と刺さり、その衝撃で後ろに倒れ込んだ。


「うっ……ヴぁは……グ、ゾ……」


 これも初めての経験だ。自分の血が気管を通り肺を満たしていく窒息死。


 ドラマなんかの死因ではたまに聞く話だけれど、思いの外に苦しいものなのだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る