現実との狭間で -6

 ……んん。


 なんつーか、自分の語彙の無さが恥ずかしい。『クソ』しか言ってないんじゃないか? 


「もう……どうしようもねぇだろ、こんなもん」


 最後の最後に思考停止した俺も悪かったが、警察に任せて駄目だったのだから、これ以上にはどうしようもない。仕様がないというか、仕方がないというのか……多分、もう俺には何も出来ない。通報したことによって死ぬはずで無かった人が死んだのだ。これを俺の責任と言わずなんという?


 悩んでいても解決はしない。とりあえずは学校へ向かう準備をするが、バッグの上に置かれた道具は持っていかない。


 鎖のチェーンに、防犯アラームに、カラーボール。粉洗剤と、石、ノート。


「……ああ、そうか」


 最初に目を覚ました時、どうしてすでに三つの物があったのか今、漸く気が付いた。


 つまり、あれが最初ではなかったということだ。物が三つあったということは少なくとも三回……いや、俺の性格から考えて諸々の確認をするのに五回は繰り返していただろう。どうして記憶が曖昧だったのかは起きたときの後頭部の痛みで説明が付く。おそらくは、これまで同様に犯人たちを止めようと行動して、運悪く後頭部を打ったのだ。それで、記憶を失った。


 だから――だったら俺は、俺が思う以上に事件解決に失敗しているということになる。救いようが無い、ね。


 本当に、救いようが無い。


「だっ、っ~……」


「よっ、おはよう。タグリ」


 バッグを肩に掛けながら、したり笑顔の華を見ると何故だか泣きそうになった。


「ああ……おはよう」


 なんとか堪えて挨拶を返すことはできたが、顔を上げて皮肉を言うだけの余裕はなかった。俯いて目頭を押さえていると、華は興味深げに覗き込んできた。


「なになに、どうしたどうした~、悩み事なら聞くよ? この華様に任せなさい!」


「ハッ、別に悩みなんて――」


 強がって見せようとしたのだが、一つの可能性が浮かんで口を噤んだ。


 そもそも、どうして俺は一人で悩んでいたんだ? 同じ時間を繰り返しているのが自分だけだから、勝手に、独りよがりに考えていた。よくよく思えば、協力してはいけない、なんてことはないだろう。華だけでなく、クラスメイトにも。ひいては学校そのものに呼び掛ければいいだけの話だ。俺の話が信じてもらえるかどうかは努力次第だが、それでも、警告しておくことに意味はある。


「なあ、華。これから俺の言うことを信用できるか?」


「ん~? それはどんなことかにもよるけどね。でも、タグリだからね……うん、信じるよ」


「そうか。実は、今日の俺は一度目じゃないんだ。五度目、ないしはそれ以上の回数を繰り返している」


「……ん?」


 ま、そりゃあキョトンとした顔になるよな。しかし、それ以外の説明方法が思い浮かばない。


「簡単に言うとだな。俺たちはこれから学校に行き二限目まで授業を受ける。そして三限目が始まった直後、銃を持ったテロリストに学校が占拠される。ああ、だから、五限目の体育を心配する必要はない」


「体育?」


「そう。お前、体操着を忘れただろ。と、そんなことはどうでもいいんだ。重要なのは、俺は死ぬ度にまた今日の朝へと戻って――」


 気が付いたら華は隣に居らず、振り返ってみると自分のバッグの中を確認して体操着を探しているようだった。


「ホントだ。無いね」


「これで話を信じてもらえたか?」


 問い質し、華が今まさに頷こうとしていた瞬間、その背後から迫るトラックに気が付いた。無意識にも体は動いていた――避けるのではなく、華のほうへと向かって。


 ……わかってしまうのは、もう何度も味わった感覚だからだろう。


 華を突き飛ばそうとしたが間に合わず、体に触れるか触れないか微妙なところで、これまでで初めての衝撃を味わった。

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