現実との狭間で -5

 二限目が終わっても、未だにニュース速報は流れない。


 授業は五回目だから聞き流しても問題はないが、集中しているニュースを聞き逃すはずはないから、まだ流れていないのだろう。しかし、まあ逮捕できたとしても裏取りに時間が掛かっているという可能性もある。


 そして三限目が始まり――自分の目を疑った。


 正門の前に、一台の黒いバンが停まったのだ。一人の男が出てきて門を乗り越え、車は敷地内に侵入してきた。


「まさか――」


 警察が動かなかったのか? それとも車の特定ができなかった? GPSが切られていたとか? なんにしても作戦は失敗だったということだ。こうなることを危惧していなかったわけではないが、俺が楽観的だったのかもしれない。これで終わりになると思っていた。


 ……まあ、今回の件で警察は頼りにならないとわかっただけ良しとしよう。だが、次は鳥飼刑事の名前を出してみよう。刑事を名指しすれば、調べざるを得ないだろうから。


 などと考えている最中にも事件は進行していく。


『――先生方はすぐにッ、ダメッ! やめっ――』


 校内に銃声が響いた時、片耳に嵌めていたイヤホンからも気になる話題が飛び込んできた。


『――え~、ただ今、緊急ニュースが入りました。警視庁の発表によると南地区の倉庫街で制服警官二名の射殺体を発見されたとのことです。情報によると、匿名の通報を受けた警察は付近を巡回していたパトカーに現場へ向かうよう指示を出したようでして……詳しい情報は入っていないのですが、事件が起きたのは今朝の九時頃だったのではないかと思われます。警察は事件として捜査を進めるようですので、付近にお住いの方々は充分に注意をして――』


「クッ――ソが!」


 警察は動いていた。その上で殺されたってことは、それは……俺のせいじゃねぇか。馬鹿が。救いようもないほどに馬鹿だな、俺は。相手は自爆テロを計画するような連中だぞ? しかも、警察を巻き込むことすら織り込み済みの計画だ。来る途中に運悪く職務質問に会ったとしても躊躇わずに殺すだろう。それに、今日は作戦の決行日だ。前日や先週なら未だしも、その日にバレても延期する意味はない。むしろ、注目が集まることで計画は進んでしまう。


 犯人たちを焚き付けてしまったのなら、今回が最も最悪なケースだ。


 すでに警察官を殺しているとなれば、女だろうが子供だろうが、誰を殺そうとも関係ないからな。


「ねえ、タグリ。何かを見たんでしょ? いったい何があったの?」


 問い掛けてくる華の顔が見られない。


「これは……俺の責任だな」


「……? どういうこと?」


「簡単な話だよ。あいつらは躊躇なく俺たちを殺すんだ。俺のせいで」


「なんでタグリのせい?」


 だよな。そう思うのが正当だ。すべてを知っている俺だけが……俺が――。


「悪い、華」


 言葉が吐いて出た直後、俺は無意識に走り出していた。


 人を撥ね退け、列を乱して、人が集まりつつある体育館へ向かって走っていた。人混みを掻き分けて、息も絶え絶えに体育館へと踏み入れると、二人は隅で銃を構えて、残りの二人は入り口付近で待ち構えていた。


「ふっ、ざけるなよお前ら……クソッタレがぁあ!」


 何を思ったのか――いや、何も考えていないのか。拳を握って男たちに殴り掛かりに行くと、向けられた銃口から絶え間なく銃弾が発射され、俺の体を撃ち抜いた。

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