現実との狭間で -3

「…………」


 戻ってきた、か。


 案の定ではあるが、改めて実感すると妙な感覚だな。当然のように痛みは残っているし、目覚める時間も同じで、加えて、バッグの上には防犯三点セットと粉洗剤、それに石がある。意味があるモノだけでなく、とりあえずは手に持っていたモノが持ち越されるというルールらしい。


「いっ、てぇなマジで」


 どうしてこうなっているのか理屈も理由もわからないが、生き返っているというよりもリセットされている、もしくは人生ゲームの振り出しに戻る、みたいな感覚なのだから、せめて痛みも無くしてくれないものかね。こんなことで生きている実感はしたくないのだが。


 わざわざ状況を整理する必要もないと思うが、確認だ。


 その一、いつどこで、に限らず死ねば今日の朝に戻る。但し、殺される相手に関しては要検討。

 その二、こちらが突発的なことをしない限り、周りの人の行動は一定。

 その三、死ぬときに持っていたモノは、次に持ち越される。


 おそらく、テロリストがテロを起こした日を繰り返しているのだから、目的はそのテロを止めることなのだろう。それなら、どうして今日の朝なんだ? テロを止めるのなら計画しているところやアジトを摘発するほうが圧倒的に楽なはずなのに、よりにもよって今日の今日って。止めようがないだろ、そんなもん。


 あくまでも抽象的な感覚だが、多分この繰り返しに限界はない。テロを止めない限り、死に続けて、戻り続ける。だとしたら、精神が持つうちに勝ち筋を探しつつ死に続けるしかなさそうだな。


 制服に着替えて学校に向かい、華との会話もそこそこに思考に戻る。


 さっきまでの今日を思い返すと……いや、今更になって人を殺した事実に驚愕しているが、相手はテロリストなわけだし、状況が状況だったわけで、結局は生き返っているわけだから後悔したりはしない。だが、あれだけ滅多打ちにしなければ死ななかったことと、組み敷いた時の体の屈強さを思えば、相当鍛えている奴らだった。銃の扱いに長けていることを考えれば、元自衛隊とかの可能性もあるが、それでも不意打ちで勝てることがわかったのは収穫だろう。


 しかし、真っ向からやり合うのは得策ではない。外堀から埋めて徐々に攻めていく手段を取る。そのために、今回は自ら死を選ぶ。


 一限と二限の授業中は、先生の話など聞かずに計画を練っていたのだが、あからさまに授業を受けていなかったにも拘らず注意すらされなかった。つまり、そこのその場にいることに意味があるのであって、そこで何をしているのかは問題ではない、と。この事実がどちらに転ぶかわからないが、頭の片隅には置いておこう。


 正門を見下ろして、侵入してくるバンを見て、準備を始めた。なに、準備といってもノートとペンを持っただけで特別なことはない。


『――ッ、緊急放送です! 現在、不審人物が校舎内に侵入しております! 先生方は避難経路Bにて生徒たちを校舎外へ避難させてください! 繰り返します――』


 先んじれば殺されるリスクは高まる。だから、兎のように臆病に、鼠のようにこそこそと、慎重に事を進めよう。


『――先生方はすぐにッ、ダメッ! やめっ――』


 そして響いた銃声に体を震わせた。どうにも、この反響する音だけは慣れない。おそらくは死ぬことをリアルに実感させられるからだろう。俺だけでなく、皆が皆そうだから全員素直に犯人たちの言うことを聞くのだ。


『――あ、あ~、こちら〝日本の夜明け戦線〟。この学校は我々が占拠した。全員速やかに体育館へと集合しろ。素直に従わなければ殺す。逃げ出そうとしても躊躇わずに殺す。なあ、先生方、あんた等の仕事は生徒を守ることだ。どうするべきかよく考えろ。制限時間は……十一時十分までだ。一分でも遅れれば殺す。隠れてやり過ごそうとしても見つけ出して殺す。さあ、急げよクズ共。時間は有限だ』


 さて、ここからが問題だ。


 ノートとペンを隠し持って廊下に並ぶと、体育館へ向かって歩き出した。


「ねえ、タグリ。何かを見たんでしょ? いったい何があったの?」


「……悪い、ちょっと用事を思い出した。先に行っててくれ。多分、一人くらい居なくてもバレないと思うから、気を付けて」


 そう言って、列を離脱した。


 確認はしていないが、犯人のうち四人はすでに体育館で待機しているはずで、残りの神風と女の犯人は放送室から遅れてやってくる。それから暫くは体育館を離れていなかったと記憶しているから、小細工をするにはまだ時間がある。


 空いた教室に身を潜め、体育館へ向かう生徒の列を見送ってから、外に出た。警察が来るまでの十分足らずで仕事を熟さなければならない。


 まずは車のナンバーをノートに記録。残念ながら車には詳しくないから、どこのメーカーでどの車種かなどもわからないが、遠目でも近付いてみても黒いバンであることは間違いない。


「鍵は……あっ」


 有り難いことに車には鍵が掛かっていなかった。


 助手席から入り、後部座席へと移動するとボストンバッグが一つ、バックパックが三つ置かれていた。他にも座席の下などを確認してみたが、発見はなし。犯人たちを特定できそうな物も無い。


「ふぅ……」


 呼吸を落ち着かせて、まずはボストンバッグに手を掛けた。


 ……うん。携帯で調べてみたところ、どうやら『AK‐47』という銃の派生型が数丁と、それに対応した弾倉が大量に入っていた。当然、弾が込められた状態で。それから三つのバックパックの中身を確認したのだが、これはどうにも……形容し難い状況だね。


 一つには目一杯に詰め込まれた手榴弾らしき物体の塊があった。見た目からして禍々しく触れる気にもなれない。二つ目は、おそらく何か仕掛けを作るときに使うワイヤーなどの工具類が入っていた。しかし……正門以外にトラップが仕掛けられていた気がしないのだが?


 そして、問題は三つ目のバックパックだ。


「爆弾、か」


 だが、引っ張るようなリングが出ていないところを見るに、どうやら女の犯人が背負っていたのとは別物らしい。カウンターが無いということは時限式ではない。代わりにコードに繋がれた携帯があった。


「知る限りでは、電話が掛かってきたらドカンッ、てことだよな」


 使えるかどうかわからないが、携帯の電話番号を調べてノートにメモをした。


 映画とかドラマで得た中途半端な知識だが、この白い粘土のような塊はプラスチック爆弾というやつだろう。相当威力が高いと聞くが、女の背負っていた爆弾が同じ物ならそれも頷ける。


 仮にこの爆弾を安全な場所に運んだとしても、もう一つの爆弾だけで体育館を吹き飛ばせるのだから意味が無い。だが、もしも、二つの爆弾の構造が同じならば、まだ可能性はある。運が良い事に、二つ目のバックパックの中には使えそうな工具があった。


 よし、解体してみよう。


 間違ってはいけないのは、解除ではなく解体だということだ。


 まずはバックパックを最大まで広げて中を確認する。


「……よくわからんな」


 白い塊と、機械と、複雑に入り組んだコード。


 そもそも携帯で起爆させるのに、こんな機械が必要なのか? 確か、信管というやつがあるはずだが、それがどれだかわからない。機械と繋がっている? それとも携帯なのか……下手に触れれば、それだけでドカンという可能性も否めない。元より自爆覚悟なのだから、むしろ願ってもないことだろう。


 んん、二択だな。


 カッターでコードを切るか、もしくは引っこ抜くか。


 どちらかといえば、カッターで一本ずつ切っていたほうが良いのだろうが、その緊張に心臓が耐えられる自信がない。だから、個人的には全てを一気に引っこ抜くほうが良いのだが……よし、どうせ死ぬんだ。


 不意に死んだときのために、片手にノートを掴んで、もう片手でコードを一纏めにして握り締めた。


「行くぞ? せー」


 言い掛けたところで、突然車のドアが開かれた。


「そこを動くな!」


 振り向けば銃を構える男と目が合った。しかし、ここまで来たら止められない。


「のっ!」


 ブチブチブチッ、と引っこ抜くというより引き千切ったような音が聞こえた直後、視界は閃光に包まれた。

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