現実との狭間で -2

 二限目終わりの休み時間。来たる十数分後に向けて準備を開始した。


 まずは机の中に入れていた教科書類をロッカーに仕舞い、前に見た光景から車が停まる位置を目測して、距離を測った。高さと重さ、それに俺の身体能力からして……まあ、いけないこともないか。駄目なら死ぬだけだしな。


 それから授業が始まるまでの間は、頭の中でひたすらシミュレーションを繰り返していた。銃で武装した六人のテロリスト相手にどう立ち回るのか……。もし、殺されたとしてもまた朝に戻るだけだと思えば多少は心も軽いが、しかし、一度は頭を撃ち抜かれているからな。今、思い出しても内臓が浮き上がるような恐怖が込み上げてくる。


 そうこうしている間に鐘が鳴り響き、授業が始まった。


「…………来たな」


 黒いバンが門の前に停まると一人の男が出てきて、門を乗り越えた。だが、これまでのようにすぐには開けられないはずだ。一限と二限の間の休み時間に、持ってきておいた鎖のチェーンを巻き付けてきたからな。これで、多少の時間稼ぎは出来る。


 先生が話している最中に立ち上がると、皆の視線が一斉に集まった。けれど、気にしない。これから起こることを考えれば些末なことだ。


「ちょっ、おい……どうした春秋。体調でも悪いのか?」


「いえ、体調は万全です。今は別のところで起きている問題を解決しようとしています」


「ん? 問題?」


 疑問符を浮かべる先生とクラスメイトを横目に、窓を開き、前と後ろの席に座る二人にスペースを作るよう指示を出し移動させた。外を見ればワイヤーカッターでチェーンを切断し、車を敷地内まで進めて降りてきた男たちの姿があった。


 再び距離を目算し、空になった机を手に窓から離れた。


「よ、っし」


「待て春秋! 何をっ――」


 先生の制止を無視して机を振り上げて、窓の外へと放り投げた。その光景を驚嘆な表情で眺めていた先生を一瞥し、バッグの中から石を取り出すと、今度は自分自身も窓の外にある縁へと降り立った。


「ダメッ、タグリ!」


 その声に振り返ると、喉を詰まらせたように苦しそうな顔をする華と目が合った。しかし、すぐに落ちていく机へと視線を戻すと、少しだけ助走をつけて――飛び出した。


「おおっ――やばっ」


 想像以上の高さと落ちていく速度に恐怖を感じたが、ここで声を出しては意味が無い、と歯を噛み締めた。そして両手で持った石を頭上へと振り上げると、先行していた机が犯人たちの間に落下し、大破した。


 その衝撃に体を強張らせた犯人たちは、散らばった机へと視線を向け、自然に上を窺い見ようとしていた。しかし、俺も奇跡的に一人の犯人の頭上へ向かって落下速度を速めていた。


「っ――アアッ!」


 上手いこと振り向き際の男の頭を石でカチ割れた。まだ犯人たちは何が起きているのか状況を把握できていないのを良い事に、次の男へ襲撃を掛けようと立ち上がろうとした時、脚が動かないことに気が付いた。というよりも、痛い。人の体で衝撃を和らげたとしても、あの高さから落ちたんだ。さすがに折れているか。


 しかし、下敷きにしていた男もまだ生きていたようで銃に手を伸ばしていた。だが、その銃を掴むよりも先に握った石を男の顔面へと振り下ろした。


 何度も――何度も。


 男の血を浴びながら動かなくなるまで同じ作業を繰り返していると、別の男が銃を構える音が聞こえた。


「なにを……なにをしてんだテメェは!」


「……なにを、だと?」


 振り下ろした腕を止めると、睨むように男のほうへと振り返った。


 向かい合う銃口の先に、駆け寄ってくる三人の教員が見えた。畏怖する表情は俺に向けられているようだったが、ここまで来たら止まらない。止められない。


「お前らがそれを言うのか? これから、爆弾で全てを吹き飛ばそうとしているお前らが!」


 そう言った瞬間、辺りは静まり返った。


「どうして、お前がそれを知っている?」


 ……やっちまった。そりゃあそうだよな。説明する気もさらさら無いが、本来なら知っているはずがないんだ。


「ふぅ……ここまでだな」


 俯いて呟いてから、石を握る手に力を込めた。


 仮に、ここで死んで今日の朝に戻らなかったとしても、一人が死んで計画を暴かれた神風たちは去っていくだろう。だから――


「ッざけるな! テメェら全員ぶっ殺してやっ――」


 パンパンパンッ――と三発の銃声が響いた。


 ああ、わかっていたよ。神風なら容赦なく撃ち殺すってことくらいね。ただ予想外だったのは三発共に胴体を突き抜けたということ。撃たれた衝撃で地面に倒れ込んだが、頭が回っているということは、運よく心臓は避けたんだろう。だが、呼吸が苦しくて喉が詰まるような感覚がしている。


 痛みと、麻痺と、溺れているような、そんな感覚が――。

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