第3章 現実との狭間で-1
痛みは本物だった。
撃ち抜かれた腹から血が流れ出て内臓が落ちていく感覚は確かにあったし、一瞬だけだったが、頭にも衝撃が走った。その前の、爆発に巻き込まれた時は全身を覆う熱も感じていた。けれど、生きているし、痛みがある割に傷口は見当たらない。
すでに答えにも近い可能性が頭に浮かんでいるが、どうにも俄かには信じ難い。しかし、それ以外の答えを持ち合わせていないというのも事実だし……どうせなら、実験してみるか。少なくとも、すでに二度は死ぬほどの痛みを味わっているのだ。三度目だろうが四度目だろうが大した違いはない。
とりあえずは制服に着替えて、置かれていた防犯三点セットと蓋のない粉洗剤をビニール袋で包み、バッグに入れた。それぞれがどのような役割を担っているのかわからないが、確認しなければならないことがある。
「よっ、おはよう。タグリ」
ゼリーを飲みながら頭に受けた衝撃を感じて、今はまだ二割程度だ。
「おはよう、華。おかげで目が覚めたよ、ありがとう」
「いやいや~、どう致しまして~」
この時点で漸く半信半疑になった。
タイミングやイントネーション、一挙手一投足を見て五割なら重畳だろう。華の反応におかしな点は無い。いや、華からすれば険しい顔をしている俺のほうがおかしく映っていることだろう。
防犯アラームの件はカットするとして、次は体育があったかどうかの確認を――
「なになに、どうしたどうした~、悩み事なら聞くよ? この華様に任せなさい!」
ん……ああ、それがあったか。
「いや、別に……華、お前メイク変えたか? 可愛いな」
「……ほう?」
あまりに不意打ち過ぎて、照れるでもなく普通に疑問符を浮かべた華はよくわからないような表情を見せて考えるように目を閉じていた。
三回とも表情や反応が違うにしても、言葉に変化はない。つまり、テンプレ部分とそうでない部分がある、と。防犯アラームの時がそうだったように、こちらがいつもと違うことをすればそれに対して返してくるわけだから、ロールプレイングゲームのNPCとは違うということだな。
しかし、それがわかっていたとしても、やはり再放送を見ているような感覚は拭えない。
「ん~……ん? あっ、ねぇタグリ、今日って体育あったっけ?」
「……五限だな、体育」
「にゃ~っ! 体操着忘れた! どうしよう……誰に借りようかな」
少し奇を衒ったことを言ってみようかとも思ったが、止めた。すでに八割ほど確信しているし、これ以上に華で実験してもそれが十割になることはない。
学校に行くまでの間、この『同じ時間を繰り返している』感覚を味わっているのが俺だけなのかと周囲に気を張りながら進んでいたが、不審な動きをする者は見当たらなかった。この際、どうして俺が、とは言わない。むしろ、何故繰り返しているのか、を知りたい。
思うに、死ねばその日の朝に戻るということは、ゲームのコンテニューだと考えていいだろう。だとすると、マリオよろしく限界値があるはずだ。三回か、五回か、あるいは十回なのか。……神様の悪戯? はっ、無神論者に神など。
なんにしても爆発に巻き込まれた時も、銃で撃たれた時も、俺は確実に死んでいる。……まあ、こうして生きているわけだから説得力の欠片も無いが、間違いなく命が失われていく感覚はあった。何かに引っ張られる様な感じではなく、圧倒的な力による死の感覚を味わっている。
……わからないな。
頬を抓れば痛みを感じるが、実際に夢の中で頬を抓ってみたことがないから、俗に言われているような、夢の中では痛みを感じない、というのもわからない。
だからこそ今の俺が、夢の中の夢の中の夢の中に居る、のかもしれないし、もしかしたら実際に現実なのかもしれない。最終的にそれを確認するには目を覚ますか、今日を生き延びて明日を待つしかない。
「よーう、今日も二人仲良く登校とは睦まじいねぇ」
教室に入ってクラスメイトの言葉を聞き流し、机にバッグを置くと真っ先にトイレへと向かった。近場のトイレではなく、体育館から一番近いトイレにだ。
理由はわからないが、俺の部屋に学校で使ってる粉洗剤が置かれていた理由は、おそらく死ぬときに持っていたからだろうと推測できる。というか、それ以外に考えられない。もしも今、俺のバッグに入っている粉洗剤と、トイレに置かれている洗剤が全く同じ物だとすれば、本来なら全く同一のものが同次元に二つと存在していることは有り得ない。もしも――
「もしも……あった、のなら……」
見つけた。確かに洗剤の減り具合や容器の汚れからして全く同一のものだと思う。
しかし……いや、これはいったいどういうことになるんだ? 本来ならば存在していないモノが、確かにそこにある。だからといってSF映画のような次元の歪が生まれてどうにかなる、みたいなことには今のところなっていない。
とりあえず、死ぬときに持っていたモノが次に持ち越されるという認識でいいだろう。そして、持ち越したモノは次の今日にも存在している、と。それについての実験もしてみる必要があるとして――神様なんてものは信じてはいないが、もしも居るというのなら見せてやろう、死ぬ気になった男の本気というやつを。
トイレから出て、真っ先に体育館に向かう通路へと出た。そこで手にした掌よりも大きい石を握り締め、好奇な目を向けられながらも教室へと戻っていった。
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