痛みの先に -2

 二限目が終わり、休憩を挟んで三限目。


 まさか授業の内容まで夢と同じとは思わなかったが、重要なのはこの後だ。


 先生の話など一切聞かずに窓から正門を見下ろしていると――来た。門の前に黒いバンが停まり、一人の男が出てくると門を飛び越えて鍵を開けた。


 シチュエーションは完璧に同じ。だとすれば、次は。


「っ――」


 やっぱりだ。出てきた三人の教員を躊躇なく撃ち殺した。


 もう再現率が高いとか言っていられないレベルになってきた。念のため、自分の頬をつねってみれば、しっかりと痛い。


 しかし、だからといってどうするべきかがわからない。夢の中でならいくらでもスーパーマンになれただろうが、これは現実だ。銃を相手に、爆弾を相手にどう立ち向かったところで殺させるのがオチだ。これから起こる展開が俺の知っている通りだとすると……いや、知っていたとしても、だ。こうやって目の前で動き回る先生や、ざわつく生徒に既視感を覚えたとして、俺に何ができる?


 何も、できないだろ。


『――ッ、緊急放送です! 現在、不審人物が校舎内に侵入しております! 先生方は避難経路Bにて生徒たちを校舎外へ避難させてください! 繰り返します――』


 夢と違わぬ気迫で放送する先生の声に、汗が止めどなく流れ出てきた。


 殺されると知っている……知っているのに、俺は何をしてるんだ? 


「……じゃあ、みなさん。とりあえず荷物はそのままにして」


 と、先生がそこまで言ったところでスピーカーから流れる声の向こうで扉が壊されるような音がした。


『――先生方はすぐにッ、ダメッ! やめっ――』


 校内に響いた甲高い音に、周りが肩を竦めるのと反対に、俺は肩を落としていた。殺されてしまった、という落胆。それに、予知夢のようなデジャヴを頭の中に持っていたとしても、何もできない無力感に、どうしたって後悔しか湧いてこないだろう。


『――あ、あ~、こちら〝日本の夜明け戦線〟。この学校は我々が占拠した。全員速やかに体育館へと集合しろ。素直に従わなければ殺す。逃げ出そうとしても躊躇わずに殺す。なあ、先生方、あんた等の仕事は生徒を守ることだ。どうするべきかよく考えろ。制限時間は……十一時十分までだ。一分でも遅れれば殺す。隠れてやり過ごそうとしても見つけ出して殺す。さあ、急げよクズ共。時間は有限だ』


 ……とりあえずは落ち着こう。俺が焦ったところで何も変わりはしない。むしろ、変わらないほうが犯人たちの隙を突くことができるかもしれないしな。団体行動を乱すことなく動きながら考える。


 今更になって冷静になると、夢で見たあのリーダー格の男――神風と言ったか。あの男は殊更に時間を気にしていた。意識的にか無意識的にかはわからないけれど『時間は有限だ』と何度言ったかわからない。


「ねえ、タグリ。何かを見たんでしょ? いったい何があったの?」


 華の問いかけに口を噤む。


 例えば、ここで夢とは違うことを言って、違う答えが引き出せれば必ずしも予知夢では無かったという証明になる。


「……わからない。だが、少なくともまだ安心できる状況じゃないんだろうな」


「ん、そっか」


 それ以上は何も言わず、華はこちらの不穏な空気を察したのか袖口をギュッと握り締めた。


 これで夢とは違う会話になった。そもそも登校の時に、すでに防犯アラームの件をパスしているわけだから、変えることはいくらでも可能ということ。一つ一つの積み重ねで、もしかしたら結末を変えることが出来るのかもしれない。


 生徒が体育館に集まると、遅れて二人がやってきた。


「これで全員集まったな! いいか、よく聞け。わかっているとは思うが、お前らは全員人質だ。我々の言うことに従うのなら、この場所での多少の自由は許してやる。まず、怪しい行動を見せた者は殺す。何かを企んでいるような奴も殺す。勝手に立ち上がった者も殺す。それ以外なら隣の者と話していようと携帯を弄っていようと構わない。ただ俺の邪魔だけはするな。わかったか!?」


 それから先生が質問をして、バッグの中身を見せられて嘔吐するという一度見た光景を再び目にした。


「次に、目的をお前らが知る必要はない。警察? 望むところだよ。ちなみに突入はしてこないと思うぞ? 八百人のガキどもの命が掛かっているんだ。むざむざと殺させるような行動には移さない。考えてもみろ、日本の警察が犯人を逮捕するときに射殺などをしたことがあるか? 答えは『無い』だ。わかったら静かに人質やってろ」


 犯人の目的が自爆テロなら、すでにここまでの話でブラフが入っている。


 生徒たちの中に、怪しいとまでは言えずとも不穏な動きをしている者は確かにいるし、周りを見れば場所を移動するために腰を浮かして行動している者もいる。しかし、周囲を囲む男達も一瞬だけ反応を見せるが、撃ってはいない。


 それに結末から考えれば、犯人たちは警察に突入されることを望んでいるはずだ。俺が思うに今のこの時間は、報道が集まり、警察の準備が整うまでの時間稼ぎだ。立て籠もりから何時間も経てば、野次馬も集まるし警察も我慢が切れる。そうして突入してくるタイミングで自爆をした。


 詰まる所、犯人たちの目的は――混沌か?


『混沌』という単語自体は嫌いではないが、こういうことではない。俺が好きなのは、もっと人間関係的にドロドロとした状況を、第三者の視点から眺めることだ。まあ、広域の意味では同じなのだろうが。


 ともあれ、何をミスしたかといえば、これから膀胱がピンチになるとわかっていながらトイレに行っておかなかったことだ。


 さあ、ここからいろいろな意味での戦いが始まる。

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