第2章 痛みの先に -1
「っ――だぁああ! っつ~……」
痛み。顔から腹部へと繋がる神経全てに激痛が走っていた。耐える様に全身に力を込めて凡そ三分、漸く痛みが引いてきた。まだ、手は震えているが。
「……夢、か? それにしたって、どんだけリアルな夢だよ……つーか、なんだこの痛み」
汗も尋常じゃないほどに出ているし、痛みもあって夢の中身まで全部覚えているってどういう状況だよ。まあ、なんにしても落ち着こう。時計を見れば、もう学校へ行かなければならない時間だし、さっさと着替えて行く準備をしよう。
俗にいうデジャヴ――既視感というやつか。
「うん、まあ……わかってはいたけどね」
バッグの上に載っている太い鎖のチェーンに、防犯アラーム。それにカラーボールまで、置かれ方も一緒だ。こうなると既視感というよりは予知夢っぽいのかな。とは言っても、この三点がどうしてここにあるのかはわからないままなのだが。
ともかく、学校へ行こう。
夢とは違い、防犯アラームは置いていく。しかし、痛みに耐えながらの行動だったせいで朝食は十秒チャージ系のエネルギーゼリーになってしまった。しまった、というか好きだから良いんだけどね。
なんとか痛みが引いてきて、漸く普通に歩けるようにはなったけれど、まるで体の中が焼けたような感覚が残っている。多分、アレだな。あまりにもリアルな夢だったせいで脳が現実だと勘違いして、体が反応したんだろう。
昔、脳の勘違いの実験を聞いたことがある。
死刑囚に目隠しをさせてから指先に痛みを与え、そこから伝うように雫を垂らしていくと、ある程度の時間が経ったときに医師が『致死量の血液が抜けました』と宣告する。すると、実際は血が抜けていないはずの死刑囚はショック死してしまう。
みたいな話だったと思う。簡単に言えば、あまりにも冷たい水を熱く感じてしまったりするのと同じだ。ただの勘違い。だから、日常生活を過ごしていれば徐々に体も元に戻るだろう。
などと考えながら、ちびちびとゼリーを飲んでいると背後から近付いてくる足音に気が付いた。
「だっ、っ~……」
気付いていたのだから避ければよかったのだが、どうにも体が言うことを聞いてくれなかった。
「よっ、おはよう。タグリ」
「よぉ、華。おかげで目が覚めたよ」
「いやいや~、どう致しまして~」
……ん?
全く同じ会話をした気がするが、毎日一緒に登校しているのだから既視感があってもおかしくはない。とはいえ、それを差し引いても予知夢感が強い。もしや、意外な才能が?
横を歩く華の顔を見ながら考えていると、こちらの視線に気が付いたのか首を傾げて頬を吊り上げた。
「なになに、どうしたどうした~、悩み事なら聞くよ? この華様に任せなさい!」
「いや……別に悩みってほどのことじゃねぇよ。ただ、ドラマの再放送を見ているような感覚でな」
「……ほう?」
疑問符を浮かべて反対側に首を傾げた華は、それ以上に追及してくることなく正面に向き直った。たしか次の会話は……授業を気にする。
「ん~……ん? あっ、ねぇタグリ、今日って体育あったっけ?」
突然うなり出した華は、首を右へ左へ傾げて問い掛けてきた。
「五限が体育だな」
「にゃ~っ! 体操着忘れた! どうしよう……誰に借りようかな」
なるほど。人が想像通りのことを喋るのは面白いが、同時に気持ち悪くもある。とはいえ、防犯アラームの件は無かったな。この時点で夢とは違うわけだから、やっぱりただの偶然か。
などと思っていたのだが。
「よーう、今日も二人仲良く登校とは睦まじいねぇ」
教室に入るや否やクラスメイトに言われた言葉に、思わず顔が引きつった。
「はっは、まぁな」
状況は同じだが、意味が違う。夢の中では質問に対して顔を引きつらせたが、今は一言一句、イントネーションに体勢まで同じだったことに嫌悪感に近い感情を抱いていた。
あれは夢だし、ただの偶然と勘違いだ。俺自身が、これは全く同じ状況だ、って思っているだけかもしれないし、もしかしたら気が付けていないだけで何かが違うのかもしれない。深く考えるだけ無駄だとわかっているのだが……どうにもね。
ともあれ、これ以上の一致は有り得ない。そもそも、今のこの日本でテロ事件など起こるはずない。大抵の場合は計画している時点で捕まるし、銃に爆弾? まさかな。夢の中でも思っていたことだが、何よりもこの学校を狙う意味がない。結局は自爆テロだったわけだが、その行動に意味があったとも思えない。
夢の中で死んだのは犯人グループと、教員に生徒、あとは交渉人の刑事と特殊急襲部隊だけだったわけだが……いや、だけってことはないか。それでも八百人以上は死んでいるわけだし。何を言いたいかというと、現実ではそんな大量殺人は絶対に有り得ないということだ。特に日本ではね。
……ちょっと待て。これ、完全にフラグだな。
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