夢から覚めたら -5

 体育館を跡形も無く吹き飛ばせる量の爆弾を仕掛けてきた俺に、華を含めたクラスメイトは労うような態度を見せてくれた。多少なり非難されることを覚悟していたのだが、誰だって銃を向けられたら命令に従うしかない。名前を知られたのは、正しく運が悪かったとしか言いようがないしな。


 そして、どうやら犯人と警察に動きがあった。


「――鳥飼、と言ったか。人質を解放するかどうかの話は直接会ってしようじゃないか。但し、お前だけだ。必ず一人で来い。とは言っても、一人だけで渦中に飛び込むのはそちらで問題になるだろう? だから……十分だけ待ってやる。それで来なければ、こちらの計画を進める。……おい、鳥飼。焦れよ? 時間は有限だ」


 という男の発言を受け、


「良かったね、タグリ。これで華たち帰れるよ」


 などと華を始め、生徒全体に安堵感が広がっていた。


 確かに良い方向へと向かっているようには思える。犯人側から歩み寄っているようにも思えるが……やはり違和感は拭えない。


 男と女が話している姿は見なかったから、少なくとも俺の言ったことを実践しているわけではない。しかし、あの男の言い草からして警察は動かざるを得ないだろう。人質を救い出せるチャンスがあったのにそれを無碍にしたとなれば後々問題になるからだ。


 それにしても、男の要求は依然としてわからない。警察が渋っていることを考えれば、早々に容認できることでないのは確かだが、それにしたって互いに譲歩し合えばどうとでもなる気がする。というか、交渉というは本来そういうものだろう。


 金が目的なら銀行を襲えばいいし、この犯人たちが前科持ちの犯罪者で国外に逃げることを要求しているのなら、そもそも立て籠もりなどせずにパスポートを偽造したほうが幾分か楽なはず。原点回帰――そもそも、何故この学校だったのか、だ。


「ねぇ……ねぇ、タグリ。大丈夫? 眉間の皺、凄いけど」


「ん、ああ、いや……ちょっと考え事をな」


 指摘された眉間を両手で伸ばすようにしていると、華は自分に向かって指差しながら、話してみろ、みたいな含みのある笑みを浮かべて俺を見詰めていた。


 まあ、まだ男が指定した十分が経つには時間があるか。


「いや、単純にな。犯人たちがこの学校を選んだ理由がわからないだろ、それに目的も」


 素直に疑問を吐露すると、華は考えるように垂れた髪の先をくりくりと弄り始めた。


「ん~……どっちかっていうとさ、立て籠もることのほうが目的なんじゃない?」


「……はぁ?」


「いや、なんていうのかな。ほら、ビルの屋上に立って『これから死にますよー』って注目を集めているような……んん、なんて言うんだろ……『私を見てっ!』みたいな。そんな感じ」


「抽象的すぎてわからん。だが……一理あるな」


 人質に取られていると言っても携帯の使用は自由だし、親に連絡を入れている者もいる。最近ではSNSをやっている生徒も多いだろうから、事件が起きていることを公表している者もいるはずだ。情報は拡散し、おそらくはニュースにも……ん?


「なぁ、華。ネットニュースとか確認したか?」


「ああ、うん。この事件のことでしょ? ニュースになっているよ。でも、あんまし大々的って感じでもないね。それでも、立て籠もり事件だからって生中継しているテレビ局は多いけど」


「生中継されているのか」


 だとすれば、おかしな点が一つ。ヘリの音が聞こえないことだ。外からでは中の様子が窺えない要塞を報道するなら空撮をするべきだと思うのだが……いや、最近はドローンか。だが、おそらくは犯人たちが中継を見ていることを懸念して報道規制・報道制限が掛かっているに違いない。突入の瞬間がバレてしまえば、それは報道機関の落ち度になる。誰だって責任は被りたくないからな。


 しかし、待てよ。警察はそれを逆手に取るかもしれない。


 犯人たちは当然、一人で接触してくる鳥飼刑事を警戒するはずだ。それに犯人がいるのは、この体育館の中だけで外の警戒は行っていない。鳥飼刑事が正門から入ってきたとしても、SATだかSITだかが危険を冒してまで、同じルートを通るとは考え辛い。だとすれば……屋上、かな。体育館までの距離はあるが、高い位置でヘリをホバリングさせ部隊を降下、そこから校内に侵入してくるルートが最も安全だ。と思う。


 そんなことを考えていると、外に出ていた女の犯人が防弾チョッキを着た鳥飼刑事を連れて戻ってきた。


「おお、漸くお目に掛かれたか。初めまして鳥飼刑事。俺が『日本の夜明け戦線』の代表――そうだな、神風とでも呼んでくれ」


 腕を広げて仰々しく名乗った男、神風に対して、鳥飼刑事は頷きながら人質のほうへと視線を泳がせた。


「神風、だな。私は鳥飼だ。よろしく頼む。それで……どうしたい?」


 まずは下手に出た刑事の一挙手一投足を、こちら側は固唾を呑んで見守る。


 命令するような口調では相手を刺激するし、おそらく俺の読みが正しければ時間稼ぎのつもりもあるはずだ。


「どうしたい? それはこっちの台詞だな。なぁ、鳥飼。お前どうしてここに来た? 俺の予想では来ないと思っていたんだが」


「人質を解放すると言っただろう。だから、来たんだ」


「そうかそうか、まあ、そりゃあそうだよな。だが、俺は解放するかどうかの話し合いをする、と言ったんだ。解放? するわけがない。むしろ、刑事が人質に増えて有り難いくらいだ」


 そう言って銃を取り出した神風に、鳥飼刑事は渋々と両手を挙げた。その表情から察するに、こうなることを予想していたのだろう。のこのこ出てきたのは何か策があってのことだとは思うが、体育館の周囲に爆弾が仕掛けられていることが伝わっているのかが不安だ。


「じゃあ、こうしないか? 私が人質になる代わりに生徒たちを解放してくれ。全員とは言わない。だが、刑事の私なら半数くらいの価値がある。どうだ?」


「へぇ、お前にはそんな価値があるのか。……少し考えさせてもらおう」


 銃を構えたままの神風の下に女が歩み寄ると、耳元で相談を始めた。


 そんな姿を眺めていると、横から袖を引かれた。


「ねぇ、タグリ。華たちと刑事さんとで、人質としての価値がそんなに違うものなの?」


「ん? ん~……」


 そこに気が行くのも珍しい。本来なら助かるかどうかを気にするものだと思うのだが。


「まあ、人質四百人と刑事一人ってのは少し言い過ぎな気もするが価値が違うのは確かだな。警察からすれば未成年の人質もそうだが、身内も死なせたくないと思っている。それに外には報道機関もいるしな。一人で行かせた刑事が殺されたとなれば非難轟々だ。だから、交渉や取引をするには打って付けの人材となる」


「へぇ~。じゃあ、警察は犯人に交渉を有利に進められたとしても、人質の解放を優先したってことだねぇ。それって正解?」


「正しいことが、必ずしも正解ってわけでもないからな。何とも言えん」


 犯人の要求が何だったとしても、すでに部隊が周囲を囲むくらいの時間は稼げている。つまり、この場での話し合いが合意すれば一先ずは人質を解放し、決裂すれば即時踏み込む算段だろう、と俺は思う。


「でもさ、実際は何がしたかったんだろうね。素人目から見てもこの学校なら立て籠もって自衛するには最適だと思うけどさ、ほら、あの~……袋小路? じゃない?」


「いや、それは多分わかった上での……んん?」


 待て待て。おかしいぞ。


 この『日本の夜明け戦線』とかいう組織が、本当に思想犯であるのなら自らの思想を伝える前に自爆するための爆弾など仕掛けるはずがない。この場にいる六人が末端という可能性もあるが、神風と名乗った男が誰かの下に付くような者とも思えない。


 だとしたら――ああ、マズい。神風と女の相談が終わってしまった。思考が追い付かない。


「鳥飼刑事。中々に有意義な提案をありがとう」


 目を離さないまま軽く会釈をした神風だったが、それよりも気になったのは、生徒たちの間を抜けて近付いてくる女だった。しかも、明らかに俺を目掛けて進んできている。ギュッと袖を握る華の手にも力が籠る。


「…………」


 女の目が何かを訴えかけているみたいで、華に袖を握られながらも慎重に立ち上がり、向かい合った。


 その間も神風と鳥飼刑事の話は続いている。


「ならば、応じてくれるのか? 私の代わりに生徒の半数を――」


「いや、悪いがその提案は断らせてもらおう。残念ながら、俺の計画はお前らがここに来た時点で九割方完遂しているからな。それじゃあ、死んでもらおうか!」


 神風が銃の引鉄に指を掛けると、鳥飼刑事は苦渋の表情を浮かべながら、即座にその銃身を掴んだ。


「っ――突入! 全員その場に伏せろォ!」


 鳥飼刑事の怒号と共に体育館の窓から複数の煙幕が投げ込まれた。


 銃声と生徒の叫び声の中で、これまで一度も声を発しなかった女から、俺は確かに聞いた。消え入りそうな、後悔しているような、そんな声だった。


「――ごめんね」


 そう言ってバックパックから出ていたリングに手を掛けた女を見て、漸く気が付いた。


「違う。これは――華っ!」


 袖を掴まれていた腕を振り払い、華を背にして女に向かって体当たりをしたのだが、時すでに遅し。その手には、引かれたリングが握られていた。


「さあ――日本の夜明けだ!」


 神風という名の意味が漸く分かった。つまりは神風特攻隊――体当たりの自爆部隊のことだ。


 そんな考えが頭を過った瞬間、目の前は眩い光に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る