シアワセ林檎 著:天川榎
シアワセ林檎@山野井莉子 ①
無意味な人生を送ってきました。
何も考えず生きてきて、気がつけばフリーターになっていました。大学で勉強して何か知識でも身につけて就職活動を適当にこなせば就職出来ると思っていました。
しかし、世間はそんなに甘くは無かったのです。
必死に考えて編み出した面接での殺し文句である『自分を例えるなら潤滑油』は集団面接時に一人どころか全員使っていて、愕然としました。この世は油に溢れているとは知らなかったのです。
大学時代に何かしていたかといえば、結局成果と言えるモノは無く、誇れるものは特に無いのです。コンプレックスならこの胸の大きさなんですけど、みんなに相談しても『贅沢な悩みだ』と一蹴されてしまい、まともに相談することが出来ません。
ああ、私は何かそんなに悪いことをしたというのでしょか。世の中を見渡せば、私より悪いことをしている人はもっと居るはずです。人殺しや盗み、放火など数えきれません。そのような方々は……相応の罪を受けていますね。
ならば、私の罪は重くないのではないでしょうか。あの時ついた嘘など、微々たるもののはずです。
それは私、山野井莉子が大学生だった頃の話です。
当時私には、同級生の彼氏がいました。同じサークルで共通の趣味で盛り上がり、いつの間にか彼を意識するようになっていって、流れでそのまま付き合う事になりました。
生まれて始めて付き合うという現象に巻き込まれた私は、毎日まるで夢の中に居るようでした。何をしていても、どこに居ても、彼のことをどうしても考えてしまうのです。毎日5分おきに生存確認(電話)を行い、外出時にもメールをこまめに送り、更に帰宅してからも連絡を取り合いました。彼はとても嬉しそうに最初は対応していましたが、徐々に対応が素っ気なくなっていきました。
そして、大学生の今後の運命の分岐点となる就活を迎えました。
私は幸運ながら成績も良かったので、大手企業に絞って応募をしました。ですが、たいしたリーダー経験など積み重ねていなかった私を相手するハズもなく、あっという間に全て不合格となってしまいました。
それと対照的に、彼はあっという間に内定を十社以上獲得し、もはや進路で迷わないような状態となっていました。
私が無い内定で暗黒の淵を彷徨っていた頃、彼が初めての内定が出て、それをお祝いしていた時のことでした。
「おめでとう!」
今日は前から目を付けていたイタリアンレストランを予約して、彼の内定お祝いパーティです。値段が大分張りますが、今日は特別です。彼の人生の中で重要な日ですから、いくらお金を使ったって構いません。ある意味今日の為にバイトをして金を貯めてきたようなものです。
「ありがとう。まさかこんな店に……連れてきてくれるなんて。いっつも
コンビニのフライドチキンばっかり食わされてるから」
彼も満更でもないようです。
「やっぱり凄いね!さすがだよ」
彼の瞳がとても輝いて見えます。思わずテーブルの上で組まれた彼の腕に手を伸ばしてしまいます。彼はそれを優しく振り解きます。そうだよね、これからお食事なんだからお行儀悪いですよね。
「いやいや、そんな事言ったら莉子だって早々に内定決めてるじゃん」
「そんなぁ、私なんて大した所じゃないよ」
私は彼に嘘をついていました。既に内定を取っていて、悠々自適なモラトリアムライフを送っているフリをしていたのです。
「謙遜なんていいよ。そういえば聞いてなかったけど、どこに決まったの?」
必死に今までに受けた企業の事を思い出し、設定を作りその場を切り抜けようとします。私が本当に入りたかった企業に照準を合わせて、そのことについて話せば、自ずと会社について話せるはずです。でも、本当に私の入りたい企業って一体どこなんでしょうか。受けすぎて最早何が何だか分からなくなってきています。何処に向かっているのか、一体私は何者なのだろうか、毎日毎日自問自答し続けています。
「いや、まあ、その……ホントにたいした所じゃないから」
「どうしたの?別に良いじゃん!言いふらさないし」
動揺が思わず言葉や仕草ににじみ出てしまいます。私が内定を取っていないことがバレてしまいます。彼と対等でいられなくなってしまいます。彼の隣に居る資格がなくなってしまいます。そんなのは絶対にイヤです。ようやく手にした幸せなんですから、絶対に壊したくありません。
「なんていうか、貴方が入る予定の企業と比べたら、月とすっぽんだから……」
「え?そんなにヒドい企業に決まったの?大丈夫?」
彼は私を鼻で笑いました。含み笑いを浮かべて優越感に浸っています。これが内定を持っている人の余裕というものでしょうか。
「ちょっと!そんなところじゃないって」
「じゃあどこに決まったのさ」
彼の表情が段々険しくなってきています。もうこれ以上嘘をつき続けると自分が自分に押し潰されてどうにかなりそうです。もう正直に告白してしまいましょうか。
「……ごめん、本当は何処も決まってないの」
彼はその言葉に一瞬沈黙し、口を再び開きました。
「やっぱり、そうじゃないかと思った」
嘆息を漏らした後、腕を組み、私をじっと見つめます。その目はまるで尋問をする時の刑事のような鋭い目です。
「どうして、そう思ったの?」
「え、もしかして、自覚ないの?」
質問を質問で返されました。手元にあったワイングラスを手に取り、不敵に笑う彼。そんな人を貶めるような目で見ないで下さい。もう堪えきれません。
「だってさ、いつも僕の様子を確認しようとことある毎に電話してくるし、女の人と会うってだけで、三日三晩問い詰めてくるし、そんな人を縛り付けてくる奴が、世間様で認められるかよ!!!」
その言葉は、私にとって衝撃でした。全て彼のためを思ってやってきたことが、全て裏目に出ていた事なんて、これっぽっちも思っていませんでした。
「なんでよ!なんでそういうこと言うのよ!!」
居ても立ってもいられない程の、抑えきれない感情が私の体を突き抜けます。
「なんでって、分からないの?」
「分かんないよ!」
思いっきりテーブルを叩いてしまいました。テーブルクロスが大きくズレて、乗っていた皿の何枚かが床に落ち、甲高い音を立てて割れてしまいました。
「結局、自分に都合がつかないと、そうやって逃げるんだね」
彼は自分の分の食事代を荒れたテーブルに置き去り、その場を後にしてしまいました。
それ以来、私は男の人と付き合おうと考えるのをやめました。
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