不本意ながらこいつとは親戚の間柄だ@内地知可子 ④
部屋に散らかっている温太のコレクションを片付けたあと、ちゃぶ台にコンビニで買ってきたツマミを適当に並べた。温太は初対面の人物と飲みを行うのに慣れているのか、光が買ってきたものを手慣れたようにパーティ開きしてあっという間に宅飲みの机が完成した。激辛ハバネラ君やカラモーチョといった、私好みの辛いものの他、ポテトチップスやイカの塩辛といったいかにも酒に合いそうなおつまみが並ぶ。光は私の好みを知っているのか、自分が食べたかっただけなのか、なかなかよいセンスでチョイスをしてきてくれたようだ。当の本人は酒に弱いのか、飲んでいるものは烏龍茶のようだが、私には好物の日本酒である”いいさこ”を買ってきてくれていた。
「そういえば温太は釜戸さんと同じサークルだったわよね」
開始数十分して、ほどよく体にアルコールが回ってきた頃、思い出したように尋ねる。鍵を奪った時の警戒心はすっかり消えた温太は、酒を飲むことですでに私たちと打ち解け始めていた。
「釜戸官のことで合ってるか? ああ。釜戸さんはナナカマドにいる。というか、あんたもあの人の知り合いだと言ってたじゃないか」
だから取り次いだんだが、と温太は眉を潜める。友達ならそのくらい知ってて当然だろう、と思っているようだ。ここは正直に白状しておいた方がよさそうと判断し、あの時の経緯を説明することにした。
「実は私は釜戸さんとはまだ知り合いじゃなかったの――あの先輩、何だっけ、そう、山野井先輩がどうも釜戸さんと知り合いだから、って聞いたからたまたまナナカマドの女装喫茶に行くときに連れていってもらっただけなのよ」
「あ?」
ポテトチップスを摘まんで口に運ぼうとしていた温太の動きが止まる。
「ちょっと前に、ネットで釜戸さんがうちの大学にいる、なんて情報が流れていたけど、あれって本当だったのね」
うんうん、とうなずき、大学祭のときの釜戸さんの笑顔を思い出す。信憑性は五分五分、と思っていただけにあのときの対面は意外だった。
「それじゃあ、あんたはあの時、俺に嘘をついたと、そういうことか」
「そういうことね。まああの作戦自体私の発案じゃなくて、その先輩が手を焼いてくれたからなんだけど。おかげで釜戸さんと知り合いになれたから感謝はしてる。ただのファンからランクアップできたわけだし」
「あんた本当にやること無茶苦茶だな」
温太が盛大なため息をつく。少し考えるような素振りをしてから、一口ビールをあおった。嚥下によって喉仏が前後するたびに、喉を液体が流れる逞しい音が聞こえる。こう見ると完全に男だ。寧ろ男らしさを前面に出したほうがモテそうなタイプなのではないだろうか。なぜ女装なんかしているのだろう。
「何だ、じゃああんたも俺と同じ、一釜戸さんのファンってだけだったか」
「あんたも……ってことは、まさか」
「そうだ、俺も釜戸さんのファンの一人だった」
「本当に!」
私はあわててバッグの中を漁った。取り出したスマホを素早く操作し、お気に入りの釜戸さんの写真を探し、画面上で大写しにする。
「ちょ、これ見て」
それを温太の目の前に差し出すと、死んだような目に不意に光が灯った。
「これは、去年の暮れのライブの時の”集まれ猫ちゃんズ”を歌った時の釜戸さんか。大分可愛く撮れてる……」
「そうそう、あとこれ、今年の夏のライブの時の釜戸さん! はぁー最高にキュート。あとこっちは握手会の時の釜戸さんの笑顔! 右手がふさがれてたんだけど周りにいた警備の人に頼んで撮ってもらったんだよね」
「マジか。ていうか、あんただいぶ筋金入りだな」
「そりゃあもう、釜戸さんのためなら全国ライブだろうが地下ライブだろうがなんだって行ってやるっての。毎回うちわ作るの大変だから都度使いまわしたりはしてるけど、基本踊りは覚えてるし、直近の限定ライブだって十枚応募してやっと一枚手に入れたんだから」
怒涛の釜戸さんトークを繰り広げながらカラモーチョを放り込むと、向かい側で肩を落としてつまらなさそうに膝をかかえている光が視界に入った。あまりグラスの中の飲み物も減っていない。何やらスマホの画面の操作に集中していた。どうやら今日の逃げ場は、手元のスマホらしい。しまった、つい釜戸さんの話題を振られて白熱してしまったが、光にもある程度しゃべらせておかないと、せっかく温太の部屋を占拠した甲斐がない。ここである程度社会性を取り戻させることこそ、私が光から解放されるための近道であるはずだ。
私は光ににじり寄って、スマホの画面を見せびらかしながら片手に酒をもった。
「そういえば光も釜戸さん好きなんでしょ。確か前にスマホの画面に釜戸さんの写真が入ってたのを見たよ。よくライブにも付き合ってくれるしね」
強引なくらいに話を光に向けて、注意を引く。
「別に、僕はあのアイドルが目当てなわけじゃない。それにライブだってお前が付き合わせてるだけじゃないか」
「んー? そんなこと言っても毎回一緒にいってくれるじゃん。確かあんたも何か写真撮ってなかったっけ」
「あ、ちょっと」
光からスマホをひったくると、その中にあったアルバムアプリを起動させた。中には以前見かけた釜戸さんの写真があるはずだ。また、エロ画像でも入っていたらそれを話のネタにしようかと思っていた。が、生憎どれだけ遡っても、今日食べた昼ごはんの写真、とか題名が付けられてそうなナポリタンとか、かつ丼とかの画像と、道端で撮影したらしい猫の写真しか出てこなかった。大学生にもなってこれでは親戚としては逆に心配になる。引き続きさかのぼり続けると、ようやくいつかのライブで撮った釜戸さんの写真が出てきた。
「ほら、見てこれ! 私と一緒に行ったライブで光が撮った写真!」
「あ、あっと」
「おーすごい、サイリウムに照らし出される釜戸さんじゃん。めっちゃキレイ」
温太の感想のとおり、光のスマホで撮った写真には、赤、緑、青、白、黄色、様々な色のサイリウムの輝きをまとった釜戸さんが笑顔で皆に手を振る姿が映し出されていた。おそらくサイリウムの光の種類から推測するに、一番広い会場でのライブのものだ。わざわざズーム機能まで使って撮影しているところに、光の釜戸ライブに対する執着心を感じる。
「やるじゃん、あんた。これ、次のライブの時にもやってみてよ」
「次のライブというと、年二回あるやつか」
「そうそう。あのチケット、一枚友達からもらったから、こいつを誘おうと思って。ね?」
同意を求めると光は私から顔を背けながら温太の方へと逃げていた。いつの間にか私の手から再度スマホを取り戻しており、何やら別の写真を探し始めている。もしかして温太と会話する気になったのだろうか。暫くすると、光は画面を温太に見せてにこにこしている。温太も光に見せられた画像を見て、驚いたり笑ったりしている。
「ちょっと、何仲良さそうに話してるのよ。私も混ぜなさいよー」
「別に。釜戸さんのライブ、一枚しか当たらなかったんだったら、一人で行って来ればいいのに。何も友達から貰ってまで、僕を誘わなくても」
こいつ、もしかして私とはあまり仲良くする気などないが、温太となら会話してやってもいいとか、そういう気概でこのような態度をとるのだろうか。だが目に見えた挑発に乗ると碌な結果にならない、というのは光の世話をしていてよく実感したことだ。少し苛立っても、スルーしておかなければならない。
「まあまあ、そう言わずに。どうせなんだかんだ言ってついてきてくれるんでしょ。今回だって、せっかく朝子からもらったんだからさ」
「朝子?」
光への返事に反応したのは、なぜか温太だった。
「何、どうかした?」
「……いや、おそらくそのチケット渡したの俺だな」
「え、どういうこと?」
首をかしげると、温太も、ふむ、と顎に手を当てて考える素振りをした。
「多分あんたの友達は、俺が前に付き合ってた彼女だ。重度の釜戸ファンだった俺に付き合わせて、たまに彼女をライブに連れて行ったりもしていたんだ」
温太曰く、次のライブは激戦区だったから二人で行けるように、何通も応募していた。しかし、当選が分かった直後に紆余曲折あって2人は別れることになった。お互い、一枚ずつチケットを持ったまま、今に至った、ということらしい。
なるほど。朝子としては元カレのことを思い出すネットアイドルのライブに行きたくはなかったが、せっかく当たったものをどうするのか悩んだため、同じような釜戸ファンであった私にチケットを譲ってくれたということか。というか、こいつ朝子と付き合ってたことがあるのか。朝子の友人として衝撃の事実なんですけど。このあとどうやって朝子と接すればいいのさ。
が、それはさておき、今はこのチケットをどうするかだ。
「あんたは当たってるの? 次の釜戸さんのライブ」
「ああ、まあおかげ様な」
「ってことは、やっぱりこのチケットは光に譲っておくのがよさそうってことね」
おこぼれで釜戸さんのレアライブに参加できるのだから、光も案外ついているのではないだろうか。光を見ると、ぼんやり私と温太の会話を聞いていたのか、少し驚いたような顔をしていた。私と目が合うと、慌てて視線を逸らし、ポテトチップスを烏龍茶で流し込んだ。
「ま、本人がどうしても嫌、っていうなら、仕方ないかな~」
私はもったいつけるように、光をちらちら見ながら告げる。温太は呆れたように私と光を交互に見ていた。もうひと押し、と温太に目くばせで合図を送ってみる。こちらを見ていた温太は何かに気付いたようで、わずかにうなずいて見せた。
「君。これも何かの縁だと思って、朝子が当てたチケットのライブの席を引き受けてくれないか。なんといっても、このチケットはレアもの。めったに入手できないもんなんだ。これを無駄に扱うなんていうのは、釜戸ファンのプライドにかけてできることではない」
うんうん、と私も頷く。温太はうまいこと私の言いたかったことをまとめ、光の肩に手を置いて真摯に語り掛けてくれた。光はその気迫に気圧されたのかぽかんと口を開けている。追い打ちをかけるように、私はにやりと笑った。
「で、どうするの? 付いてきてくれるの?」
「……行く」
光は目を伏せたまま頷く。
「よし、それでこそ、わが親戚」
私は納得したように力強く頷き返し、光に笑いかけた。髪をぐしゃぐしゃと撫でまわすと光は少し居心地悪そうにしながらも、その手を払いのけようとはしなかった。
世の中には就職浪人というものが存在する。大学を卒業したものの就職が出来ずに社会に出ることができないため、留年をして一年後に再度就活を行うという、現代の不景気が生み出した魔のサイクルのことだ。一度それにはまってしまったが最後、やる気を持続できなくなればあとはだらだらと大学に居座るだけの老害となり果て、恐ろしいまでの穀潰しに成長を遂げる。私――内地、知可子が就活に全身全霊をささげるのは、そういった生きてご飯を食べつくすだけの不毛な存在にだけはなりたくないと、心から願っているからだ。――例えばこの親戚、小野田光のように。
もちろん祈るだけでは何も変わらない。なるべく沢山の努力をして、沢山の経験をして、人や世の中を動かせる存在になる必要がある。例えばサークル活動に熱心になること。例えば、趣味に没頭すること。世の中で就職活動を経験し、成功している人たちは、これらの何かを売りにして面接でその経験談を語ってきたという。輝かしい大会入賞の経歴だったり、趣味で出会った人たちと為した功績だったり、何かしたの実績らしいものを提げて、就職活動をしていたようなのだ。
私の場合、もしかしたらその実績につながる道は、光を動かすことなのかもしれない。
少し遅くなったけれども、これから始まる光との奇妙な生活に生まれた動きを感じながら、私はちゃぶ台に並んだ酒を一口飲み干した。
<おわり>
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