内々定持ちだけど生理用品愛用者で隠れ女装男子やってる ④
立ち話もなんだから、と釜戸さんと山野井を家の中に通して茶を出した。正直、山野井はあまり家に入れたくなかったのだが、状況が状況なのだから仕方がない。立ち話の最中にうっかり向かい側の部屋の住人に俺の姿を見られ、しかも近所中に言いふらされるなどしたら、それこそ社会的に死を迎えることは間違いない。
なぜ昨日会ったばかりの山野井と、今日あったばかりの釜戸さんが知り合って、しかも俺の家の場所まで特定されているのか尋ねると、山野井が昨日飲み会を主催していた先輩のところに訪れ、わざわざ聞き出したのだという。山野井は釜戸さんと元々知り合いだったらしく、釜戸さんと今日雑談をしている間に、たまたま俺の名前が出てきたことから、じゃあ一緒に丹温太の家に突撃しよう、という流れになったらしい。
「いや、全体的にわけがわからないんだが?」
「わかりやすいじゃない。私と釜戸さんは、もともと友達。その友達と雑談してたら、丹君の名前が出てきたから、一緒に遊びに来たってそれだけの話よ」
「俺はあんたと家を行き来するような仲になった覚えはない。たまたま一回飲み会で顔を合わせた程度の人間の家の住所聞き出して遊びに来るとか危なすぎるだろ、あんた」
下手すりゃ犯罪行為だぞ、と憤ると、その格好で怒られてもご褒美にしかならないわよ~、と余裕綽々の態度で返された。くそ、就職浪人者の分際で……!
一度は俺の女装姿に驚いた山野井だったが、釜戸さんの解説のせいもあり、部屋にあがってからいやに俺の女装をいじってくるようになった。本人曰く、似合えば何でもありじゃない、と肯定的に受け止めたらしい。はた迷惑なことこの上ない。この調子だと、おそらく今日・明日中には、山野井の知り合い全員に俺の女装癖のことは知れ渡るであろう。悲しいかな、俺の作り上げたミレイは他でもない俺自身の不注意によって、リアルとバーチャルをぐちゃぐちゃにかき乱されてしまった。とりあえず昨日、飲み会を主催した先輩についてはあとでキツく言っておこう。
「でもよかった。やっぱりあなたはアタシが見込んだ逸材だったってわけだ。その体つきを初めて見たときに思ったんだよ、この人は絶対すごい女装家になれるって……!」
「凄い女装家……」
「ありがとうございます、釜戸さんっ!」
「まさかの丹君お気に入り!? っていうかその言葉嬉しいの!?」
「あの釜戸官さんに認められたんだ!嬉しくないわけがないだろうが」
山野井は釜戸さんの価値を何もわかっていない。そもそも釜戸さんの凄さを女装しない人間が分かるのかは疑問だが。山野井は、半分あきれ顔で俺と釜戸さんとの対話を見ていた。
「ところで、女装するのであれば、やっぱり可愛い服は必須でしょう。一緒に買いに行くなんてどう、丹君?」
山野井がなかなか魅力的な提案をしてきた。確かに女装をするのであれば、限りなく女の感覚に近づくために本物の女性にレクチャーをしてもらうのは必要なことだ。これまではそれを付き合った彼女にお願いしていたのだが、今は振られたせいで自分で雑誌やネットから情報を仕入れるしか方法がなくなっている。
だが、この提案に乗ってしまうと、昨晩のように山野井と二人きりになり、挙句狙われるという可能性が大いにある。女に手伝ってほしいが、それは山野井であってはならない。リスキーすぎる提案にどう返事をすべきかと迷っていたところ、俺の視界に釜戸さんが入った。
「いや、どちらかというと、釜戸さんとがいい」
「ええ、どうしてよ! 私じゃダメなの?」
「男の娘同士で買い物したい。専門的な店とかも紹介してもらいたいし、あわよくば釜戸さんにノウハウを伝授してもらいたい」
「え、本当!やる気出してくれてうれしいよ」
「私も行きたいんだけど」
「ダメだ。男の娘同士でないとわからない話があるんだ」
「んー……ちょっと気にくわないけど。そういうことなら仕方ないわねえ……」
納得がいってない様子の山野井だったがやはり男の娘の世界にはその道の人間にしかわからないこともあるのだ、ということを押し出していくと、渋々ながらも了承した。ここから先は釜戸さんと二人で話がしたいのだ、と強調すると、山野井は異様な人たちを見るような目で俺のことを見つつも、じゃあ私はこれで、と席を立って家を出てくれた。
山野井を見送ってから、俺と釜戸さんは女装姿のままマンションを出た。女装姿のまま人の目があるところに出るのは初めてだっため、若干不安だったが、傍らには女装に精通した釜戸さんがいる。大丈夫だ、と言い聞かせながら電車に乗り、人が多い隣町までやってきた。
人が多いところだと逆にどんな格好をしていても目立たないのか、電車の中で感じていた視線が、街へ一歩踏み出した直後に消えていた。なるべく人通りの多いところのほうがいい、という釜戸さんのアドバイスを元に、あえて太い道ばかりを選んで移動する。傍らを、二匹の犬を連れて歩く老人が横切った。
「あ、秋田犬と柴犬だ。あれは秋田犬がオス、柴犬がメスだね。かわいいねぇ」
「よく見分けられますね」
オスメスの区別どころか、秋田犬と柴犬を見分けるのって至難の業ではないだろうか。
「えー、全然違うよ。秋田犬のほうが体大きいし、耳も厚いんだよ~」
「へえ、よくご存じで。動物好きなんですか」
「うん、大好き。あぁ、あの犬たちって子供いるのかなぁ……」
うっとりと、何やら悦に浸る眼で犬たちを見送る釜戸さんと一緒に、引き続き街中を歩く。
「ところで、よかったの、山野井さんに付き合ってもらわなくって?」
暫くして悦から回復した釜戸さんが尋ねた。
「いいんです、俺、ああいう人間苦手っすから」
「あ、そうだったんだ……丹君の話を聞いてもらえてつい嬉しくて押しかけちゃったけど、何か悪いことしちゃったかな、ごめんね」
謝るべきは釜戸さんではなく、山野井だろうに、けなげにぺこっとお辞儀をした釜戸さんに、大丈夫ですよ、と肩を叩いた。
「それより釜戸さんに折り入ってお願いがあります」
「はい、なんでしょう」
かしこまって言う俺に、釜戸さんは居住まいを正す。
「大学の人間に――特に山野井に俺の女装姿がばれてしまったことで、俺、腹をくくりました。今まで人前で女装することを忌避してましたが、これからは人前に出ても恥ずかしくない女装ができるようになりたいと思っています。なので、ナナカマドのことを……あと、釜戸さんの女装のテクニックについて、教えていただけないでしょうか」
俺の発言に、釜戸さんの顔がぱっと明るさを取り戻す。肩を落とした様子からの満面の笑みは、心底嬉しそうな顔そのもので、釜戸さんは頬を紅潮させ、そのまま花が咲くようにゆったりと笑った。
「もちろん! 任せておいて! ナナカマドの部長の名において、丹君を立派な女装家にしてみせるからね」
「ありがとうございます。釜戸さんに手伝っていただけるなんて、俺、光栄っす」
釜戸さん部長だったんだ、とまた新たな一面を発見し、一先ずは、釜戸さんのお気に入りの店に向かうことにした。
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