勝手に青春劇@小野田光 ③
温太に特に話しも出来ず、そのまま夜の宴会の買い出しに繰り出すこととなった。もちろん知可子の命令で温太に全て金を出させるという算段だ。一体この二人の関係は何なのだろうか。主従関係、SM仲間?おそらくそういう類いのものだろう。
温太の家から数分もしないところに、目的のコンビニはある。駅から近いということで、いつもサラリーマンや不良の学生の溜まり場と化している。
コンビニの前のヤンキー座りの不良共に軽く会釈して、中に入る。駐車場にもそこそこ車が入っていたことからも窺えるように、人はまばらながら入っているようだ。
ドア近くの雑誌コーナーは珍しく誰も居なかった。これなら思う存分立ち読みできる。
「じゃあ、これと、これと、これ、あとこれも買ってきて」
そう言うと知可子は温太に殴り書きの買う物リストのメモを手渡した。ちなみに言っておくが、温太は今黒のジャージ上下に身を包んでいる。決して女装をして出歩いては居ないことを証言しておこう。もしもあの女装で外を出歩いていたら警察に通報されるに決まっている。
温太にメモを渡した後は、一直線に雑誌コーナーに向かう。漫画誌やファッション誌なのが名を連ねる中、僕たちが真っ先に向かったのは、コンビニの秘境と言われている成人誌コーナーだ。コンビニといういかにも整然としている中で、コンドームと並んで性風俗の匂いを醸し出す貴重なモノとして展示されている。ラインナップはいつも変わらない。熟女モノ、コスプレモノ、AV女優系モノなどだ。ここまでマンネリ化しない雑誌群は他には無いだろう。恐らく定期的に買いに来る人達によって支えられているのだろう。
こんな俗説はご存じだろうか。ハードの普及は、成人コンテンツがいかに賑わっているかで決まる、という俗説である。過去の映像ソフトメディアの覇者は、VHSしかり、DVDしかり、Blu―rayしかり、全てAVビデオ産業が本腰を入れたメディアが勝利しているというのだ。それに則っていえば、この雑誌というコンテンツも成人誌によって普及したと言っても過言では無い。過去の平凡パンチや漫画エロトピアの人気具合を見ていれば明白だ。
なのになぜ、世の中はこのような成人誌を規制しようというのだ、世の中の潮流を決定づけるマストアイテムであるにもかかわらず、ここまでないがしろにするのだろうか。今やコンビニに成人誌すら置いていないという嘆かわしい状態になっているという。これは日本の一大事だ!僕がなんとかしないと……
そういって僕は、成人誌『快転落』を手に取り、熟読し始める。今月はお気に入りの作家であるドン小錦の作品が掲載されているというので気になっていた。一方、知可子はというと、自らの身体的特徴に自覚があるのか、幼女中心の『コミックJIPO』を読み漁っていた。
「なるほど、これをすれば男にモテモテか……」
知可子が丁度読んでいたのは、ランドセルを背負った少女がサラリーマンが上目遣いでお菓子をおねだりしている話だった。
「それ、年齢が若いから通用するだけだから」
「はあ?まだ若いんですけど」
「それはあれだよ、十八歳過ぎたら女じゃ無い的思想が元になってるんだよ」
「いやいやいや、それは無いでしょ」
ロリコンの気持ちは分からないようだ。世の中には小学生は最高だぜとか言ってる奴もいるってのに。
そんな話しをしていると、温太が買う物の確認をしてくれと、こちらに近づいてきた。
「こ、こんな感じでどうですか?」
知可子が温太の持ってるカゴを奪い取り、中身を確認する。
「よろしい。購入したまえ」
「ありがとうございます!」
温太は嬉々とレジへ向かっている。が、僕はどうしても今読んでいる『快転落』の続きを読みたくて仕方なくなっている。そう、ドン小錦の作品までまだ辿り着いていないのだ。
「ゴメン、これも買いたいんだけど、良いかな?」
「それは自分で買って」
知可子に制止される。なんだよ、自分の食い物は全部温太に買わせてる癖に。
少し不満が溜まった僕は、温太がレジの列に並ぶ前に、割り込んで並んでしまった。まあ、これくらいいいよね。すまん温太、欲には勝てないのだ。
「いらっしゃいませー」
いよいよ僕の番だ、意気揚々とレジに『快転落』を差し出した。
「あれ、どこかでお会いしませんでした?」
「え?」
いきなりレジの店員から声を掛けられた。それもそのはず、目の前に居たのは、今日の大学の授業で僕の隣に座っていた彼女であった。
「あ、ああ!!!そういえば」
すっかり成人誌に気を取られていて気がつかなかった。あの胸の大きさとあの顔であれば間違いない。今日大学であった彼女だ。
「どうしたんですか?この辺に住んでるんですか?」
「いや、たまたまこの付近に友達……いや、多分今から友達になれるかも知れない人のところで飲み会やるんですよ。それで、これは買足しで」
買足しと言いつつ持っているのは、成人誌『快転落』だ。
「それも……買足しなんですか?」
「い、いや、まあ、これは興味があるってだけで」
「興味?」
「はは、そりゃ、男ですから」
「そ、それもそうですよね」
彼女は観念したように、僕の雑誌を手に取り、バーコードを読み取った。
要らぬ恥をかいてしまった。そんなときでもお腹はすいてしまうものである。このやり場の無いモヤモヤとした気持ちには、フライドチキンなんかにかぶり付いて晴らす他無い。
「あ、あと、フライドチキン一つ下さい」
「フ、フライドチキン、ですか?」
彼女にフライドチキンを注文したのだが、注文した直後から何やら様子がおかしくなっている。僕の成人誌が余っ程刺激が強かったのだろうか。
動揺は見せたものの、その後は通常通り、会計を続け支払いも終了した。なんだ、只の僕の考え過ぎかと合点しようとしたその時、再び異変は起こった。
「も、もし良かったら、連絡先交換しません?」
この会話の流れから、なぜそれが出てくる?エロ本を堂々と美女のレジ店員に差し出し、羞恥プレイを楽しんでいるこの僕の、連絡先をなぜ聞こうとするのか。もしかしてネズミ講の勧誘か?だがネズミ講をやっているのであれば、こんなコンビニのアルバイトなんてやっていないはずだ。ネズミ講の会員を増やすので精一杯になってるはずだ。
であれば、何故こんな僕の連絡先を聞こうとするのか。もしかして、もしかすると単純な好意によるものか。その想像が正しければ、僕にとっては今まで一度も縁の無かったロマンスに遭遇していることになる。これは事件だ。動天驚地だ。
「え、あ、そ、ああ、は、はい」
僕は声にならない声を発し、手渡されたレシートとボールペンを受け取り、自分の携帯電話への連絡先を記載する。
「よよよよよかったら、いま、いや、これからパーティやるんで、ぜひ来て下さい!バイト終わったら、よ、れ連絡してくださいむかにいきますんで」
嘘だろ。僕の口からこんな言葉がすらすら出てくるなんて。いや、すらすらは出てないが、こんなキザな言葉を発することが出来るなんて、自分で自分を褒めてあげたい。やっぱり駅前留学して少し度胸がついたのかな。
「あ、ありがとう」
彼女は僕に優しく微笑み掛け、手を振ってお別れの挨拶をした。
<つづく>
彼女と別れてから、温太の家に戻るまでの記憶はあまりない。
完全に浮き足立ってしまっている。
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