運命に抗う戦士小清水。


「はぁぁぁ。夢じゃない…よね。」

目覚めて、小さなテーブルにみっしり置かれた空き缶たちを横目で見てため息。

胃もたれも現実を突きつけてくる。


昨日は1人で飲んで、飲んで、飲んで。

ビールが3本と、酎ハイ3本…。

コンビニの唐揚げ…etc。

二日酔いで少し胃も体もだるい。


サクラからも小清水からも何度も心配のメッセージや電話が掛かってきたが、応答もせずに放置しまくったケータイは枕元で光を放っている。


正直誰かの言葉を聞けるほどの余裕がなかった。


起き上がって、床に足をついてベットに座った状態でぼーーーーーっとしている。


心が空っぽに近い。

思考もまわらない。



ブーブー。

ケータイの着信。

うるさいなっと思って切ろうとしたら、指を滑らせて応答してしまった…。



「沢木さん!?おはようございます。」

とっさに出た電話は、小清水の声。

休みなのに電話かけてくる、気を使えない後輩小清水シン。


「あの…!」

「何?またバックアップし忘れたの?」

「ちちちがいますよ。」

小清水は今日出勤だ。

「今日、出てこれませんか?何時でもいいですが。駅前のカフェとか。」

「私今日休み。」

不機嫌そうに言ってみる。

「そ、そうですよね。あ、じゃあまた今度で。」

「なんかあるの?」

「あや…。」

挙動な小清水。

「前園様の件で…。昨日営業所帰ってもすれ違いで話ができなかったので。」

「なに?電話でいいわよ。」

「…前園様の旦那様の…ソウタ様の件で。その…あの…。」

「小清水君“電話は”?」

「“短く、もらさず、簡潔に!”…です」

「で?」

「旦那様と話をしていたところ、大きな事故で頭を強打して記憶がないそうです。ケータイもその時破損したそうで。

それで、以前住んでいた土地に戻ってみようとして物件をお探しだったそうで、聞き覚えのあるうちの会社に問い合わせくださったとのことです。」

早口でしゃべりきった小清水。


事故?

…記憶がない?


唖然とする私。

昨日の二日酔いは吹っ飛んだ気がした。

頭は冴えているはずなのに、思考が停止して動かない。


記憶がない。

記憶がない?

記憶が…ない?


何度も反復して、空っぽの心に染み込ませようとしている。


「さ、沢木さん?」

「…そかありがとう。小清水君。」

「あの!まだあって。その…。」

「…なに?」


まだ何かあるの?

何を聞いても、私が欲しい嬉しい言葉はきっともらえないことは想像できる。

…?嬉しい言葉って例えば?自分に問いてみる。

『やっぱり君とやり直したい』とか?

この状況で、絶対ない。

そんな言葉を期待したのかと、惨めな気持ちが膨れ上がった。


自分の感情を貶すたび、耳を塞ごうとする気がした。


「最初の物件を出たあと沢木さんを心配していたので、沢木さんのことご存知ですか?って聞いたんです」

グッと胸が急に締め付けられた。


何聞いてくれちゃってるのよ小清水。

おぼえてないでしょ。

もうやめてくれ。

「知らないって。おっしゃられて。」

ほら…ね。

グググ。

何に押しつぶされるでもないのに、呼吸ができないほど苦しい。


「でも、同級生にいたかもしれないくらいの面影があった。って。」


ーーーーーー涙が頬をつたう。


胸が痛いから泣いているのだろうか?

ソウタが少し覚えてくれていたから嬉しいのだろうか。


「…それで?」

平然を装ってきく。

「あの…最初の物件が気に入ったみたいで契約したいってことで。明日営業所に来られるそうで。」


ずいぶん即決だなっと思ったが、ソウタの性格なら納得がいく。

そんなことを思う自分が悲しい。


「明日俺休みで。」

「わかったわ、対応するわ。」

「いや、俺も行きます。」

「いいわよ、休んで。」

「違うんです。」

ーーー?何が違うんだ?


「お節介なのはわかっているんです。ただ…ソウタ様に、少しだけ沢木さんと話す時間をいただけないかって言ってしまったんです。も、もちろん奥様の同席ですが。」

「ば、ばかなの!?

今更、話をしても、仮に真実を話したとしても誰がしあわせになるのよ!!」

声を張り上げてしまった。


明日の契約締結の場には奥様も居る。

今更記憶のない元恋人に、何を話せばいいのだろうか。

これからの生活拠点になる家を買う夫婦。

もう結婚している相手に“あなたの婚約者でした”って言うの?

もう入籍して幸せなら、いっそ私のことなど知らない方がみんな幸せよ。


「すみません勝手に。」

小清水の落ち込んだような沈んだ言葉に、自分のことしか考えていなかったことに気づいて冷静になった。

小清水は、私の気持ちを思って…。


しかし素直にありがとうが出ないほど、私の心は冷静さを見失っている。


「こ、これを逃したらずっと沢木さんが辛いだけな気がして。」


物件契約締結後は、クライアントとの接点は少ない。

契約者は管理人さんとのやりとりはあったとしても、お支払いあが滞るなどのことがない限りこちらから連絡することはないし、お客様からのご意見や問い合わせが無い限り接点はほぼないに等しい。

小清水もそれをわかっていて言ったのだ。


「…わかった。ありがとう小清水君。」

「あ…いえ…。」


全てを享受するように瞼をゆっくりとじて、小さなため息をこぼした。


「あの!!お節介だって分かってます。

でも…何かあったら俺もサクラさんもそばにいますから!

ということで明日出勤します。では!」


ぶちっ


ツーツー。

電話が切れた。

そしてケータイを耳に当てたまま放心状態でベットに倒れた。


何があるわけでもないのに天井の一点をから目が離せない。


運命の神様は意地悪だ。

でも、小清水はそんな意地悪な運命からすこしでも抗うように私の代わりに戦ってくれている戦士のようだ。


涙がまた溢れて、感情も溢れて動けない。

長袖の寝間着の袖で両目を拭う。


「うあぁぁ」


ソウタ。

ソウタ。

ソウタ。

なんでよ。

結婚私しようって言ったじゃない。

新婚旅行はヨーロッパに行こうって。

ずっと一緒にって。

子供は3人ねって。

猫は二匹飼おうって。

狭くていいから、可愛い家具を置いて楽しく暮らそうって。


ケータイの中のソウタのメールボックスは、音信不通になる前のもの。

消えてしまわないようにと保存されたメールで溢れている。

今はラインの時代だからメールボックスはよっぽどのことがないと使わない。

時が止まったままのメールボックス。


昨日の、ベランダで笑いあう幸せそうな2人。

ソウタは未来を見て生きている。

私だけ。私だけは過去を見て生きていたんだ。


メールボックスが時が止まっていたわけじゃなくて、私だけを置いて時が流れていたんだなっと気づく。


情けない。

惨めな、私。


明日がやってくる。





















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