第4話 エイバとフィリス

 フィリスの手を掴んだ途端、景色が歪んだ。 暗闇。全身に感じる風。眼下には夜の街。

 オレは空を飛んでいた。

「エイバ」

 フィリスの声。何処にいるのか分からないが、声は近くで聞こえた。

「モーガンは何処だ? 検索したまえ」

「そんな事、オレに分かるわけが・・・」

 体内で何かが起こっている。あらゆる機器の情報が入ってきて、凄い勢いで処理をしている。

 オレはモーガンたちの現在位置を割り出した。

 フィリスがオレの手を掴んだ。

 また景色が歪んだ。


 軽いめまい。すぐに回復。

 初めての街。歴史ある城がライトアップされている。城下の公園。

 ここにいた形跡はあるが既にいない。

 再検索。

 フィリスを見る。彼女が手を掴んだ途端、また景色が歪んだ。


 潮風。 砂浜の上。

 街灯はなくて、星空がとても綺麗だ。

「間に合わないな」

 フィリスが言った。

「エイバ、予測検索だ」

 先回りするってことか。

 少ない情報のなかで、演算処理が始まる。関連性、フェイク。あらゆる可能性を考慮。

 オレに迷いはなかった。 フィリスの命令が全てにおいて優先される。

 彼女に目を向け、手を伸ばした。


 二人が現れた途端、カナコはオレの力で吹き飛んだ。ビルの屋上から落下したが、力を与えられている限り、死ぬことはないだろう。

 フィリスと同じなら、モーガン本人には何の力もない。これだけ二人が離れれば、命令も届かない。

「俺はただ、アイツと一緒に居たいだけなんだ」

 言葉の中に、悲しみの感情が込められている。

「人は弱い生き物。欲は人を惑わせる。君は必ず欲に負ける」

 私もそうだから。

 最後の言葉はオレにしか聞こえなかったと思う。

 モーガンの身体は動かない。フィリスは近づいてネックレスを外した。

「完了だ。エイバ、送還だ」

 何でも出来るオレ。

 両手をかざす。

 一瞬でモーガンは消えた。

「フィレナブレンス・リカルド・ストレクチャーム」

 フィリスのフルネーム。

 オレの中に、経験したことのない記憶があった。

 笑っているのか、悲しんでいるのか。複雑な表情で近づくフィリス。

「こちらに長く居すぎたな」

 手をつなぐ。

「出会った場所へ」

 彼女の命令は絶対。

 また景色が歪んだ。


 コンビニへ行く途中の地下通路。

 手を離すフィリス。

「オレは・・・」

 言葉が続かない。

「彼女、カナコは無事だ。今までの記憶は消えて、元の生活に戻るだろう。私が元の世界に戻れば、君に関わった者の記憶も消える」

 つまりは、オレの記憶も消える。

 二つの指輪は、フィリスと彼女の世界にいたオレとの誓いの証。

 前世のオレも病気で死んだ。

 オレの運命は、産まれる前から決まっていたようだ。

「エイバ、しゃがみたまえ」

 オレは指示に従う。

 フィリスが抱きついた。頬にキスをされる。

「世話になった」

「フィリス。オレは・・・」

 すぐ側で微笑むフィリス。

「あまり似てなかったが、少しは彼を感じることが出来た。ありがとう」


 オレは、今でも君のことを・・・


「お礼に、ちょっとしたプレゼントを置いておくよ。ま、忘れてしまうだろうが」

 少し離れるフィリス。

 微笑む。

「エイバ、私を送還してくれたまえ」

 命令は絶対。

 オレは、両手をかざした。



 とても長い夢を見ていた気がする。

 でも、どんな内容だったか、全然思い出せない。

 余命宣告を受けた次の日、同じ病院に行った。治療方法の無い病気は完全に消えていた。

 信じられない、を連発する医者。

 こういうのを『奇跡』と呼ぶのだろうな。

 帰り道。

 何となく空を見上げた。

 見たこともない、黒髪の少女の顔が浮かぶ。

 笑っていた。

 つられてオレも笑った。







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エイバとフィリス 九里須 大 @madara

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