第2話 急転放置

 まず聞こえたのは、にぎやかな街の音。目の前を人の気配が通りすぎていく。

 目を開ける。

 オレは昼間のように明るい繁華街を歩いていた。自分の意識とは別に、身体は目的を持って何処かへ向かっている。

 オレの少し前。 目線をやや下に。

 長くて艶のある黒髪をゆらしながら、フィリスが歩いていた。

 状況が今ひとつ掴めない。

 頭は自力で動かせた。

 辺りを見回す。

 ここは昼間にいた街。余命宣告をされた病院がある街。

「気がついたか、エイバ」

 目線を戻すと、フィリスがこちらを向いたまま、後ろ向きに歩いていた。

 可愛らしい笑顔のまま、フィリスはまた前を向いて歩いた。

 意識と身体がつながった。

 だけど、当然のように少女の後ろを歩くオレ。少女に対する忠誠心は、どこから沸き上がってくるのだろう。

 何度か道を曲がって、飲食店が多い通りに来た。オレには縁のない高級な店ばかり。

 すれ違う人たちが必ず二度見する。オレと少女の組み合わせ。

 兄妹くらいの年齢差。実際はついさっき出会ったばかり。携帯電話で時間を確認したら、一時間くらい経っていた。

 不意に立ち止まるフィリス。

 オレも止まる。

 音楽、車の排気音、騒がしいネオン。街の雑踏がオレの五感に絡みつく。

 エイバ、とフィリスがオレの名を呼んだ。それほど大きな声じゃないが、耳元で言われたくらいはっきり聞こえた。

 振り返る。

 何度も思うが、人並み以上に可愛い。

「今君がどういう状況なのか、説明するのは簡単だか、多分信じないだろうし、理解出来ないと思う。だからこのまま私に従ってほしい」


 もちろんです。どうぞ自由に使って下さい

 いやいや、違うから。


「最も、初めから拒否権はないが」


 拒否など致しません。仰せのままに。

 オレは催眠術にかかっているのか?

 絶対服従のオレと、それを否定するオレ。

「信じるかどうかは置いといて、説明はしてほしいな。心の準備があるから」

 オレは、自分の意思で言った。

 言葉を発するのに、これ程エネルギーを使ったことがない。

「そうか。まあ、そうだろうな」

 フィリスは考えるような仕草をした。

 言葉を選んでいる。

 簡潔で、少しでも理解出来るように。

 道の真ん中。

 不思議そうに、また明らかな迷惑顔で、オレたちの横を通りすぎる人たち。

「私は君たちの世界の住人ではない。異界から来た者だ。ある男が、私の大切なモノを奪ってこの世界に逃走した。だから、それを奪い返すためにやって来た」

 これでどうかな、と最後に加えてオレに笑顔を向けた。

「・・・へぇーー、そうなんだ」

 気の効いた言葉が浮かばない。

 オレのボキャブラリーの乏しさ。

 こいつ、可愛いがイタいやつだ。なんとかしてこの拘束を解けないものか。

「だったら勝手にやればいいじゃないか。オレを巻き込まないでくれるかなぁ」

「正しい見解だ。しかし、残念ながら無理だ。異界の者が別世界に干渉するのはルール違反なんでね。それに、この身体では本来の力を発揮出来ない。君の協力が必要だ」

 まだ空想話を続けるか。

「何故オレなんだ?」

「それは・・・」

 言葉を切る。

 フィリスは辺りを見回した。

「近いな。ヤツに気づかれる前に行こう」

 歩き出す。

 オレもすぐ後ろをついていく。

 どうしても逆らえない。逆らう気持ちが湧かない。


 高級店が並ぶなかで、ひときわ異質な建物。雰囲気からして、会員制の高級クラブ。そこの前でフィリスが立ち止まった。

 派手な電飾はないが、建物自体がキラキラしている。

「ここだな」

 フィリスが言った。

 オレを見る。

「君も感じないか?」

「何を・・・?」

 何だろう。何かは分からないが、ここだとオレがオレに語りかける。

 微笑むフィリス。

「私の力が馴染んできたようだね」

 ためらいなく内へと進む。

 エントランスはホテルのロビーのようだった。高い天井には豪華なシャンデリア。お金持ちになった気分だ。

 て、感動してる場合じゃない。こんな所、オレには不釣り合いだ。早く出たいが、どうにも身体の自由が利かない。

 どんどん奥へと進む。

 エレベーターの前に男が二人。

 黒っぽいスーツ。 厳つい顔に、服がはち切れそうな程の体格。

 あれは関わってはいけない類いの人たちだ。駄目だ。これ以上近づいたら・・・

 二人の男はオレたちに気づいて、道をふさぐように立ち直した。

 男たち、顔は笑っているが目が怖い。

「なんだ、迷子か?」

 向かって右の男が言った。

 オレの前にいるフィリスをじっと見ている。

「悪いな兄ちゃん、今日は貸し切りなんだ。引き返してくれるかな?」

 今度は左の男。

 オレに対しての言葉。

 穏やかな口調だが強制力を感じる。

 分かっています。立ち去りたいのは山々ですが、どうにも身体が言うこと聞きません。

「君たちに用はない。通してくれないか?」

 フィリスが言った。

 お前、空気読めよ。相手が悪すぎる。

「ままごとは他でやんな」

 左の男。

 口調が変わった。

 ため息。

「やれやれ。あまり手荒な事はしたくないのだが、仕方ない。エイバ、彼らを排除したまえ」

 オレの横に移動するフィリス。

 はぁ??

 何言ってんの、お前。

 二人の鋭い視線がオレに注がれた。








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