エイバとフィリス

九里須 大

第1話 謎の少女

 速水 鋭刃 (はやみ えいば)。

 誕生日がくれば、今年で二十歳。

 健康診断に引っかかり、大きな 病院で精密検査を受けた。

 結果。

 余命宣告をされた。

 突然過ぎて医者の言葉が入ってこない。珍しい病気で、治療方法がない。それだけが頭の中で何度も響いた。

 病院からの帰り道。

 どこをどう歩いたのか。所々の記憶が途切れている。

 それでも、自分の住む街に立っていた。

 見上げた空に青はなく、どんよりと雲っている。

 ため息。

 あと数ヶ月の命、だそうだ。

 実感がない。

 どこかが痛いわけでもなく、これといった症状もない。

 空を見上げる。

 雲が赤く染まっていた。

 何時間も駅の前に立っていたのか。

 何ともないと思っていたが、精神的なダメージを受けているらしい。

 またため息。

 いくら考えても結果は変わらない。


 バス停の固い椅子に座り、自分に問いかける。

 やり残した事があるか?

 ・・・思いつかない。そもそも人生に何の目標もない。

 ただ毎日、何となく生きてきた。

 愛する女性(ひと)もいない。

 両親は悲しむか?

 デキの悪い息子のために涙を流すだろうか。

 ・・・微妙だ。


 オレの人生は、きっとここまでなんだ。

 大きな盛り上がりもなく、悲痛のドン底に落ちたこともなく、パッとしない平凡な二十年。まあ、それなりには生きてきた。

 人はいつか死ぬわけだし、それが早いか遅いかだけだ。

 決まったことは仕方ない。前向きに考えよう。

 我ながら、単純な思考に笑ってしまう。

 バスに乗る。

 さて、残りの日々をどう過ごそうか。

 会社を辞めて、旅行でも行こうか。海外とか行ったことないし、国内の温泉でゆっくりも悪くない。

 貯金、いくらあったかなぁ・・・

 流れる景色を、ただ呆然と眺める。


 バスを降りた頃、辺りはすっかり夜だった。ここから歩いて五分。自宅のアパートがある。

 こんな時でも腹は減る。

 面倒くさいなぁ・・・

 普段は自炊だが、今日は作る気分じゃない。ここから一番近いコンビニは、このバス停の反対車線側。信号が変わるのを待つより、地下通路で渡るほうが早い。

 振り返って足を進める。


 薄暗い、緑がかった照明の地下通路。

 何度通っても気持ち悪い雰囲気。霊感が強い人なら、何か見えるんじゃないかと思う。

 誰もいない地下通路。

 無機質の壁が、照明の灯りで異様な艶を演出している。

 中央付近に差し掛かった時、足が止まった。 止めたのは自分だが、意思があっての行動ではない。

 何かを感じ、本能的に立ち止まった。

 何故か振り返る。

 誰もいない。

 甘い、果実のような匂いがした。


「おい、そこの君」

 突然の声。

 驚きのあまり奇声がもれる。

 その声は進行方向から聞こえた。

 前を向く。

 目線は少し下へ。

 驚きが、別の驚きに変わった瞬間を体感した。

 目の前に少女が立っていた。

 長くて艶のある黒い髪。大きな瞳に見事なくらい整った顔立ち。大人になったらきっと美人になるだろう。

 なんと可愛らしい少女(こ)。

 袖のない白いワンピース。 肌も白い。清楚な容姿の中に、少女らしからぬ大人の色気を感じる。

 少女はその大きな瞳で、じっとこちらを見つめている。

 沈黙。

 少女は何かを待っているようだ。

 少女の身体全体が光っている気がするが、照明の加減なのか?

「私の言葉が理解できるかね?」

 少女に問われる。

 不思議な質問。

 どう答えていいか分からず、考える。

 少女は首を傾げ、・・・その仕草がとても可愛い・・・次に変わった行動を始める。

 自分の髪を触ってみたり、服を引っ張ってみたり。

「うむ、問題ないな。我ながら見事な出来だ」

 自身で納得してうなずく。

「私の言語は理解できるのか?」

 また聞かれた。

 やはり不思議な質問。

 どう見ても生粋の日本人顔だけど、外国で産まれ育った、とかだろうか。

 いや、それ以前に何かおかしい。

 こんな時間に、こんな場所で、少女が独り・・・

 まあよい、と言ってオレに笑顔を向ける少女。

「君の名は?」

「・・・速水 鋭刃」

 あれ?

 答えるつもりはなかったのに、勝手に自分の口が答える。

「エイバか。なるほど。こちらの世界でしばらく世話になる。私の助手として、しっかり働いてくれたまえ」


 はい、よろしくお願いします。


 声には出さなかったが、オレは少女のために力を尽くそうと、やる気満々だった。

 どうした、オレ?

 会ったばかりの少女に強い忠誠心。

 少女の名前は『フィリス』。

 ???

 何故か知っている。

 少女、フィリスは、右手を軽く上げた。先の尖った、鋭利な刃物を持っている。

 やばい気がしたが、何故か身体が動かなかった。

 ためらいなく、フィリスの手にあるナイフが、オレの胸元に刺さった。

 不思議な感覚。

 痛みは感じない。

 身体は指先ひとつ動かない。

 フィリスはオレを見て微笑んだ。

「君の寿命を奪った。その代わり、私の力の一部を与える」

 少女の言葉の意味を考える間もなく、オレの意識は薄れていった。

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