第24話
俺は居間のソファーに座りながらリリエが鍛冶をする音を聞いていた。
天気はすこぶるよく、むしろ今日は少し暑いぐらいだ。
庭の芝生は誇らしげに明るい緑を主張している。
だが俺はの心はあまり晴れない。
悩みが多い。そして金の悩みがある。これは重大だ。
人間は衣食住があれば満足できる。逆にそれが脅かされると脆い。
特に金の悩みはじわじわと人間から余裕を奪い苦しめる。
幸い、でっちあげた考古学調査報告書は受理された。
教授から連絡はないが、そのうち報酬が貰えるらしい。
「郵便でーす」
郵便屋がうちに来ることはまず無い。
団として登録しているのでギルドに私書箱がある。
そちらのほうが個人宛の輸送より確実で早く安いのだ。
なので全ての郵便物は冒険ギルド経由で受け取るようにしている。
のだが
「ふぅむ…」
手紙は二通。
一通はデルフ・ストレイマン教授からの手紙だ。
考古学調査報告書に対する礼と報告書の見解。
どうやら『滅んだ原因の地層』が発見できたことは非常に良い結果とのことだ。
報酬も弾むと書かれており、金の心配は少し遠ざかる。
だが政治的な派閥争いは未だ激しいという事か、一切の立場を交えない個人同士の私信にするためにこの家に郵便を送ったのだろう。
問題は二通目だ。
『ラクルエスタネクロマンサー会議のご招待 月の日正午より食事付き ラクルエスタ西22-343 参加 欠席』
初耳である。
「リリエちょっと…」
「なにこれ…あー?」
作業を終えて汗びっしょりで台所で水を飲んでいるリリエに手紙を見てもらう。
彼女は手紙を受け取ると裏を見たりした。
裏には勿論何も書かれていない。
「罠?」
多分違う。違うと思うが。なんだろうこれは。
金よりよほど悩ましい何かだ。
「まあ、鍛冶屋も集会あるよ、行ってないけど」
「そういうものか…」
俺は掌の上の招待状をずっと見ていた。
ーーー
ここは民家。大きくはないが小さくもない、一家族が住むに十分な民家だ。
二階もあり、応接間はないのでリビングに集まっている。
使い込まれた木のテーブルに座っているのは四人。
「僕はカサム・ベイリーです」
「はいっ!チェル・ベイリーです!」
「…ハンナ・ベイリーです」
「ぁ、トオル・ミマサカです」
チェルがぱちぱちと手を叩いている。
俺は何故かいまベイリー家の昼食にお邪魔している。
献立はポテトとサラダとローストチキンだ。ハンナの手料理らしく美味しそうな匂いがする。
カサムは高校生ぐらいか?青い髪と緑の目の優しげだが整った顔立ちの青年だ。
ハンナはカサムの幾つか下に見える、カサムと同じ色合いの青に金色の目、顔立ちは綺麗だが表情に乏しい印象を受ける。
チェルは十歳ぐらいに見えるが性格はそれより幼く思えるほど無邪気。オレンジの髪が際立つ。
「はい!ミマシャカさん!」
「ありがとうございます」
チェルが名前を噛みながらローストチキンを皿に盛ってくれる。山盛りだ。
「では、我等が秩序、リーンの列の祝福を。」
「「祝福を」」
「…いただきます」
突然の食前の祈りだ。全く分からない。
軍でもしてなかったし、教授との会食でも無かった。
こういう民間の風習は本だけではよく分からない。
敬虔なリーン教の家庭では食事前に経典から引いてお祈りをする、らしい。
ここがそうだとは思わなかった。
「おかわりもありますよ」
ハンナが無表情だが優しい言葉をかけてくる。
気遣ってくれるのは有り難いが、俺は未だ何故他人の家でお昼をご馳走になっているのか理解できていない。
今の所ネクロマンサー要素がゼロだ。
「プリン!」
チェルは早々に満腹になったのかデザートを所望した。
カサムが笑顔で皿に取ってあげている。微笑ましい光景だ。
ベイリー家の昼食はのどかに終わり、ネクロマンサー会議がいつ始まるのか聞き出せなかった。
俺は食後の紅茶を飲みながらチェルが熱心に本を読んでいるのを見ていた。
ハンナは後片付けをしており、カサムも紅茶を飲んでいる。
え、これどうするの?お茶飲んで解散になるの?
と思っていた所でカサムが突然口を開いた。
「ミマサカさんならお気づきかもしれませんね」
「…はい?」
会議じゃないということか?もしかしてこれは罠で今から殺されるのか?
俺は混乱しているが、理解の糸口が無い。
「僕たちはネクロマンサーでは、ありません…」
つまりネクロマンサー会議では無い…?
混乱は境地に達する。
「正確にはネクロマンサー見習いです。」
ハンナはこちらを向いて沈痛な顔をしている。
いや常にこんな顔だった気もする。
「僕たちの両親は優秀なネクロマンサーでした。」
「でも修行を始めてくれると言っていた僕の十三歳の誕生日の寸前、事故にあい他界しましたのです。」
「幸いギルド長に拾われ錬金術師として身を立てることは出来ましたが、まだ親の跡を継ぎネクロマンサーになる事を諦めきれませんでした。」
「ですが、ネクロマンシーの手がかりはラクルエスタですら全く見つからず…。」
カサムが悔しそうに顔を歪めると、ハンナが肩にそっと手をおいた。
ネクロマンサー関連の書物は乏しい。
実用的と言えるのは大図書館でも数冊、錬金術ギルド指定書架も翻訳が必要なモノだ。
まさに砂漠に針。
そして実在のネクロマンサーといえば、更に少ない。
もしかしたら全世界に俺一人という事もあり得る。
「そして、これです…」
カサムの取り出したのは錬金術ギルドの新人募集チラシだ。
アオリ文が多くやたら俗っぽい。エリザベート婆風味。
『充実の講師陣!』の部分に紛れもなく『ネクロマンサー トオル・ミマサカ』の文字。
もしやギルド長、レアだからって無断で…?
「ふぅむ、成る程…」
「それでギルド長に家を教えてもらったんですが、親交もないのに突然尋ねるのも申し訳なく…」
それでどう拗れたらネクロマンサー会議の招待状になるのかよく分からないが、理解した。
「ハンナとチェルが招待状を作ろうと言い出して、止める事もできず…」
カサムは目を伏せて紅茶を置く。
長兄であるが、それゆえに妹を止めることが出来ないタイプだ。
ならばハンナがチェルを止めるべきだと思う。
「クッキーどうぞ」
途中、ハンナが出してきたクッキーは髑髏型である。
ネクロマンサーっぽいが、ネクロマンサーはこんなもの食べないと思う。
もしやハンナが主犯か?
カサムはドクロクッキーを幾つか食べると非常に申し訳なさそうに言った。
「本当に申し訳ありません。正直、色々行き違いと言うか、なんか違うなって感じの事が重なってしまったとは思います。」
「まあ、はい。」
「ですが今日お呼びしたのは他でもなくミマサカさんにネクロマンシーのご教授をお願いしたいからなんです。」
可能ではあるが、自分の使う術が彼の希望に沿うと思えない。
というか彼、魔力普通に使えるだろうから俺のやり方はしないほうが良い。
「…出来…うーん。」
「無理、ですか。いえ、分かってます。ネクロマンサーは閉鎖的で大体は世襲なんです。そのせいでよく悪役にされますけど…」
「いや、そういうわけでは無いんです、独学なので、希望に沿えないかも、と」
「お姉ちゃん、私は火の魔術師が良い!」
チェルは本を読みながら無邪気にハンナに言っている。
ネクロマンサーはまさに工学科の如し。理解なし人気なし。
年頃の子供が理由なく憧れるものではないのだ。
前途ある若者であるカサムもきっと心の中では火の魔術師になりたい気持ちがあるはずだ。
しかし家族を養うために錬金術師になり、そして家長の責務としてネクロマンサーを志す。
その胸中を俺は推し量ることは出来ない。
しかしカサムはチェルを撫でながら微笑んで言う。
「熱意なら誰にも負けません。死体を見ていると、こう、湧き上がってくるんです。」
「心の奥の方が、ムラム…いや、高ぶりと言うか、我慢できない熱い迸りと言うか…」
カサムの秘めたる想いは凄まじく熱い。
彼がネクロマンシーを習得することが果たして世のためになるのだろうかと疑問に思うほどの熱意だ。
その後ろでハンナは沈痛な面持ちになっている。今回は間違いなくそういう表情だ。
「謝礼も用意してあります。検討してもらえないでしょうか。」
謝礼と聞き心が大きく傾く。錬金術師は地味だが金回りが良いのだ。
俺のように半人前ならいざ知らず、一人前ならカサムのように家族三人で十分やっていけるほどに。
俺はドクロクッキーを齧ると少し考えた。
クッキーにはスパイスが入っているらしく甘い中に少し刺激があり、美味だった。
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