第23話
リリエの説明はあまり要点を得ていなかったが、かいつまむと
治療術師が『面白いように治るから、治しちゃった』らしい。
彼女の異様な頑健さは前々から知っているのでいまさら驚かない。
だが短期治療は体の負担が大きくリスクがあるので通常、特に理由なく行うことはない
リリエは荷物を置くとテーブルの上のお菓子をパクパクと食べている。
「なんか担当の人めっちゃ怒られてた」
「だろうな」
そも栄養失調や貧血等の治癒障害(急速な治癒による内外の異変)が原因で死亡例もある。
この様子を見る限りその心配もなさそうだが。
「リリエ。」
「ん?あっ…」
俺はリリエの右手を取ると袖をまくった。
彼女には珍しく長袖のシャツを着ていたことが気にかかっていたからだ
お菓子を食べる彼女の様子に右手の機能面では大きな問題がないように見えた。
予想はしていたが実際に目にすると、思わず顔をしかめてしまう。
肘から掌、手の甲までびっしりと縫合痕が残りそれに伴って肌が凹凸を作っていた。
嫁入り前の少女に作っていい傷ではない。あまりに痛々しい
「…すまない」
「…なんで謝るの」
「あ、いや…」
リリエはぷいと俺に背を向けるとプーチの方へ行ってしまった。
きゃいきゃいと女の子同士の会話が聞こえる。
リリエの様子は傷や敗走の悲壮感を感じさせない。
「…」
「なんだい、もう尻に敷かれてるのかい。期待通り甲斐性のない男だね。」
エリザベート婆は俺に一言小言を言うとパンパンと手を叩いて出かける用意を促した。
ーーー
天国、というものでしょうか。
それにしては些か不可思議に思えます。
吾輩はステージの上。ステッキを持ち踊っておりました。
舞台上は綺羅びやか。まるで一流の英雄劇のよう。
スポットライト、上等な衣装、光って散る魔術。
ステージにはミマサカ殿やリリエ嬢も一緒に登っております。
そして何より、満員の観客。
吾輩はステージの上でただ必死にずっと踊っておりました。
「お爺ちゃん!」
目が覚めると天井。白い。自室ではない。
今度こそ天国でしょうか?
「お爺ちゃん!」
リリエ嬢が居ます。では天国ではない、でしょう。多分。
となると治療院の部屋でしょうか。
個室?ということは相当危険な状態だったのでしょう。
「おはようございます」
「ぁー…、しに損ないましたかな?」
「そのようですね」
ミマサカ殿は左手にギプスをはめておられます
天国にギプスは必要ないでしょう。
しかしリリエ嬢が元気すぎるのが気にかかります
吾輩の記憶が確かであるならば、もっと重症では?
いや元気なことは嬉しいのですが、疑問として。
そんな疑問を口に出す前に、リリエ嬢の目は爛々と輝いて、一言。
「お爺ちゃん、蝙蝠倒すよ。」
その言葉に吾輩は彼女という存在を確信いたしました。
ミマサカ殿は眉間を抑えております。
しかし彼は今、反対する理由ではなく戦う方法を考えていらっしゃるでしょう。
身を少し起こして、水を飲みます。
体の節々がミシミシと痛みました。
「吾輩は生きることを厭うておりました。」
「愛する女性を救えず犯罪者となり夢を断たれ、それでも生きました。」
「冒険者となったのは死ぬ場所を見るけるためだったように思います。」
「自分の無為な三十年が上等な人生だった様に思いたいがために死のうとしたのです。」
「お二人に出会い、冒険することによって徐々に生きることがどういう事か思い知りました」
「自分には出来ない、相応しくない、遅すぎる。」
「そんな事を毎晩考えておりました。」
「おじ…」
リリエ嬢を手で制します。
自分に必要なのは慰めでも同情でもありません。
「吾輩は生きます。覚悟いたしました。」
「遅すぎ、出来ず、相応しくないと思いますが、生きます。」
「この舞台を途中で降りず、最後まで踊りきります。」
吾輩は笑顔を作ります。
自分は英雄になれるだろうか、歌になれるだろうか。
「蝙蝠退治、このドンキホーテもお供仕ります。」
格好をつけましたが、憎むべきはこの老いたる身。
目が覚めたと聞きつけた医者から最低でももう二週間は退院できないときつく言われました。
ーーー
蝙蝠退治。
とは軽く言うものの、相手はこの十年討伐されない大物の名付きだ。
どの資料も曖昧で具体性がなく不確か。
ここは冒険者ギルドの二階の端、冒険資料室。
特別な許可も要らないし地位も要らない、冒険者なら誰でも使えるものだが、無人だ。
だがその資料は中々どうして見どころが多い。
引退した冒険者の日誌や、厄介な依頼の聞き取り調査、ギルド依頼の魔物の生態調査報告書もある。
「はぁー。はいこれ、デグイの調査報告書です。」
マリーさんがダンボールを俺の前に置いた。
彼女の態度は徐々に軟化していた。俺も冒険へ出て最近収支の調子も良かったためだ。
「馬鹿なんじゃないですか?なんで負けた相手にもう一回会いに行くんですか?」
「死にたいなら一人で死んでくれないですか?」
「いや、俺の言い出したことじゃないので…」
今日は何時になく刺々しい。
パーティーがあわや全滅というところまで行ったのだ。当然と言える。
一応自分がリリエの保護者ということになっているので、申し訳ない。
「はぁー…」
マリーさんがこれ見よがしにため息をついてみせる。
これは言外に『リリエちゃんが言い出したとしても止める責任があるだろ』と
俺に伝えているのだ。俺だって止めたい。
だがあれで相当頑固なのだ。驚くほど頑固だ。
晩御飯が肉と言って肉じゃなかったことを一週間覚えているのだ。これは頑固とは違うか。
まあ言って聞くが止めて止まらない。決めたらその方向に進むのだ。
それに今の所の目的は『深層の考古学調査』である。
これに特別好戦的で人間を餌と見ている節があるデグイの徘徊は致命的だ。
だから『嘆きのデグイの討伐』は目標として適当と言える。
「あまり具体的な資料がないですね…」
「そりゃあ、出会ったパーティーは大体無事じゃないですから」
「生態調査も空振りが多い」
「未踏破領域は探せてないですし」
「討伐隊は組まれました?」
「はぁー。まだです。予算が無いとかで…」
微細迷宮の深層はそれほど活発ではない。
中層と低層は非常に行き届いた手入れがされているが、深層はかなり適当だ。
理由は複数ある。
まず深層に行けるなら大迷宮のほうが稼ぎが良い。
そのため人が居らず、魔物の密度が若干高く、手入れが行き届いていない。
手入れが行き届かないと名付きも放置されがちになる。悪循環だ。
蛇足だが、じゃあ何故俺たちが深層へ行ったか。
まず微細迷宮には罠がない。のでシーフ無しのウチは深層の方が安定しやすい。
次に大迷宮はちょっと遠い。まあ許容範囲内だが、リスクが同じなら近いほうが良い。
あとは槍虫が居る。リリエは蟲鉄が好きだし、槍虫もシタムシと同様に金属虫に分類される。
最後に考古学調査だ。遺跡と被っているのは微細迷宮だけだった。
まあそれでデグイと遭遇して瀕死で撤退したのだから悪い方に転がったと言える。
デグイは知能が高く、典型的な追うと逃げ逃げると追うタイプだ。
こちらが準備万端で討伐しようと深層に籠もっても空振りになるだろう。
生息域を特定して戦術を立てて追い込まなくては討伐できない。
足跡等の痕跡を追い、生態を調査する。
これは
「フィールドワーク…」
「なんですかそれ?」
「専門家を知っています。まあ大体が専門なんですが…」
「はあ?」
目下の課題は戦力強化(主に自分)フィールドワークの習得(同)対デグイ戦術の開発(同)
後、最も優先度が高いのは治療院を使用したことによる貧窮対策だ。
だが金策はリリエとドンキホーテ氏が本調子にならない以上、切り崩して対応するしか無い。
冒険者融資…いや、まだ大丈夫。なはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます