第22話


迷宮内で血まみれの俺達を見つけたのはトットとプーチらしい。

二人のパーティーはもう中層に踏み込んでいるのか。そう思うと自分の足踏みを痛感する。

西の外れの迷宮は先を目指す冒険者の通過儀礼とも言える。

ここの最深部に到達できれば大迷宮に行っても良い、という冒険者の目安のようなルールもある。


トットとプーチは順調に歩を進めている。

プーチはその気がないのかと思っていたが、意外にも才能もやる気もあるようだ。

そんな話を聞きながら右手一本で家事をする。


「ミマサカさん、寝ててください。私やりますから」


不便だろうと手伝いに来てくれているプーチが止めてくるがそういうわけにもいかない。

と言うか迷宮内で救助してくれただけでもありがたいのにここまでしてもらう訳にも


「申し訳ない。できるだけ手伝わせて欲しい。」


「あ、あの、それじゃあ、やかん見ててください…」


俺が畳んだ洗濯物をプーチが手早く畳み直している。

右手一本だからであろうか。いや、万全の状態でも恐らくは…

俺は自尊心を辛うじて保とうとやかんを見続けた。


俺の負傷は左手上腕骨複雑骨折、鎖骨骨折、肩甲骨にヒビ。

肋骨も二本ヒビ。頭部打撲と裂傷。

これで最も軽症だった。


ドンキホーテ氏は全身の肉離れ、胸部腹部裂傷、内蔵にも傷。

顎と尾てい骨の骨折。大量出血もあり生死の境を彷徨った。

まだ意識は戻っていないが、じきに目覚めるという話だ。神殿はすごい。


リリエは右手の複雑骨折、筋肉や筋までグシャグシャになっていた。

神殿に頼み込んで何度も手術と治療を繰り返して、どうにか形になった。

リハビリが必要になるらしいが、理論上は運動機能に問題はない。らしい。

後は全身打撲、ヒビ、裂傷多数。右手を噛まれて振り回されたのだろうと。

生きているだけでも感謝すべきだと何度も言われた。


「ミマサカさん!」


プーチに呼ばれる、何かと思うとシュンシュンと音がする。

やかんが何時の間にか煮え立って吹きこぼれているのだ


「え、あっ、あつっ」


軽いやけどをしながらどうにか火を止める。

俺は重症を軽く治してもらった以上には神殿に世話にならなかった。

俺は自分でも軽症だと思ったし金も無い。

金貨術を当てにしてドンキホーテ氏に結構な金額を携帯させていたのが仇になったか。


なので俺はこの数日でストレイマン教授へ提出する報告書をでっち上げた。

事実上の金の無心であるが、背に腹は代えられない。

リリエは後一ヶ月は入院との事だ。

ドンキホーテ氏も目覚めたとしても数週間は安静。

正直ラクルエスタの神殿でなければ、死ぬか再起不能だっただろうと思われる。


不意に玄関が乱暴に開けられた


「ミマサカァ!今日も来てやったよ!」


錬金ギルド長エリザベートの登場だ。

俺たちが負傷してから毎日来てくれる。

後ろには毎日違う孫娘がついてくる。見舞いに見せかけた強制見合いだ。


「ほら、セラ!愛想よくしな!」


「もー。ミマサカ代行、お久しぶりです」


いつかに錬金術ギルドで応対してくれた女性だ。

ギルド制服ではなく上品で清楚そうな服をお召になられている。


「おや、プーチちゃんかい今日もえらいねぇ、ほれトットと食べな」


「わあ、ありがとうございます!」


ギルド長はプーチを見つけるとスイスイと近寄ってお菓子を渡している。

強引だが面倒見がよく人を見る目がある。彼女はギルド長としてだけでなく一家の長としても傑物である。


「代行も、あーん」


「いえ、右手は無事なので。」


セラさんがお菓子を食べさせてくれようとするが、固辞する。

彼女は真顔になり、俺の右手にお菓子を乗せた。


「そういうところですよ、代行」


「どういうところですか」


「はぁ。お婆ちゃん、私こんな地味な人やだ!」


酷い


「アンタねぇ、こういう地味で役に立たなさそうなのが最終的には一番いいんだよ」


酷い

セラさんはさっさとギルド長とプーチの方へ行って家事をしながらおしゃべりをしている。

もはや最近は見舞いなど口実で俺の家でたむろしているだけではないかとすら思える。


「プーチちゃんは錬金術に興味ないのかい?うちなら何時でも歓迎だよ」


「うーん、覚えるのも苦手だし…ちょっと地味じゃないですか?」


錬金術師に地味は禁句である。本人たちが一番気にしているのだ。

事実プーチという気鋭の魔術師の一言はセラさんの琴線に触れたらしい。


「やっぱり!お婆ちゃん、だから私、火の魔術師になりたいって言ったのに!」


「火なんて売れもしないもん出してどうすんだい、商売上がったりだよ!」


ギルド長は机をバンバンとたたきながら孫か玄孫の非経済的感覚を非難している。

まあ、概ね事実だ。魔術師は世間一般からは偉い先生だと言われたりするが、生業は多くない。

学校の教授や講師なんてのは上の一握り。国勤めの宮廷魔術師もそう。


じゃあ火を出して一体何をするのか?というのは難しい問題になる。

軍人、冒険者。命の危険が嫌ならゴミ焼却場やボイラー。

華々しい戦場の英雄の逸話とは真逆に、街の特化火術師は裏方であると言える。


火術師なら工業系、それこそ鍛冶なんかも良いし鋳造に行っても良い。

そういう火力だけではない副次的な知識や素養も持っておくと潰しがきく。

何なら小型蒸気機関を自分の火力で走らせて運送業務をこなしていたなんて人物も居る。


全ては使いようだろう。

だが求められやすい能力というのは自ずと決まっている。

それが自分の得意や、やりたい事と同じかどうかも分からない。


「錬金術ギルドならネクロマンサーにもなれるよ。今なら講師付きだ」


エリザベート婆はプーチを勧誘せんと様々な角度から切り込む。

気に入った人材は最大限の取り込まんとする粘り強さが婆の売りだ。


しかし講師とはのことでは無かろうか。

少なからずこの街で俺以外のネクロマンサーを知らない。


「便利そうですけど、地味な上に陰気じゃないですか?」


酷いことを言っているが多分プーチに悪気はない。

仮にあったとしても大恩ある身ゆえ甘んじて受け入れる。

それはそれとして傷つくのは仕方がない。


「あっごめんなさい、ミマサカさん、そういう意味じゃないんです!」


プーチが慌ててフォローするが、どういう意味ではないのだろうか。

そういう意味であるから、そう言ったのではないか。


「だ、大丈夫です、自覚あります」


俺もフォローするが、フォローにならない。


「代行、そういうところですよ」


セラさんは冷めた目で俺を見ている。俺が彼女に何をしたというのか。

俺はもう何も言わないことにした。

心の痛みは神殿では治療できない。


俺はサンバガクの結界の中で生まれるゾンビパウダーをじっと見て心の平静を保っていた。

それにしても彼女らは何時までたっても姦しい。

プーチは最早自分の家のようにお茶を入れるし。

見舞いのお菓子が全部食べられてしまっている。それでいいのか?


「あ、こんな時間ですね」


「ミマサカ!見舞いに行くよ」


たっぷり小一時間は喋っていただろう。

エリザベート婆がそう言うとセラさんもプーチもチャチャっと食器とテーブルを片付けた。

この連携の巧みさはどこから来るのだろうか。


その間にエリザベート婆が近づいてきて小声で言った。


「たりんのかい?」


「え、と」


「お足だよ。無理だったら言いな。貸してやる。貸しだよ。」


そう言うと俺に背を向けた。

エリザベート婆は相当に優しい。

俺に目をつけたのも能力だけでなく、どうしようもないやつを放っておけなかったのではないかと思う。


「た だ い ま !」


玄関を右手で開けて入ってきたのは、リリエだった。

俺を含め全員混乱していたが、俺は辛うじて「おかえり」と言った。



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