第20話
湿り気のある石の壁に手をつくと、影ははるか後ろまで伸びた
明かりは一つ。周りは薄暗いどころか真っ暗だ。
だがここは、いつもは申し訳程度の明かりがある『西の外れの迷宮』だ。
その明かりは冒険者の多い主要ルートに多くあり、ここのような外れの道には殆ど無い。
ここは中層の外れ。深層もここのように明かりがない場所だという。
「足元に注意を」
ランタンを持って先行するドンキホーテ氏が注意する。
目線を下げると拳大の石が無数に転がっていた。
主要ルートならこんな事も少ないが、外れの方は荒れている。
「何かいた?」
「いや、全く」
俺の真後ろで石の間を縫うようにスケルトンネズミが走っている。
前後左右どの方向も気にする様子はない。
「着きましたぞ」
眼の前には壁。行き止まりだ。
だがここが本日の目的地である。
ドンキホーテ氏は背嚢からスコップを取り出した。
俺とリリエもスコップを持つと、おもむろに目の前の壁を掘り出す。
すわ迷宮破壊か!と思われるかも知れない。
事実、迷宮破壊は冒険者ギルド法でもラクルエスタ国家法でも禁じられている。
迷宮は魔物を生み出す危険もあるが、資源を産出する利益もあるからだ。
だが大丈夫。遺跡の調査依頼書には学長の許可印がある。
つまり国が許可を出したので適法。素晴らしき国家権力。
だがプロトン水道には遺構としての価値もあるので
水道の構造が残っておらず、遺跡があると思われる場所にアクセス出来る
そんな場所を選びに選んでここに決めたのだ。
できれば深層での調査が望ましかったが、深層は危険だとマリアさんに止められた。
「深層に踏み込める」「戦える」「調査できる」は全く別レベルの危険がある。
踏み込みすら危ない俺達が、そこで大規模な調査しようなんて言うのは無謀も良いところである。
中層のこの深さでも、ギリギリ足りるはずだ。
地上からの発掘調査は市街地の真下という事もあって大規模に出来ないらしい。
だからこそ地下迷宮からの遺跡調査に教授は光明を見出したのだ。
じっとりと汗をかき腰が痛くなってきて、スコップに手をついて休む。
リリエもドンキホーテ氏も何でも無いようにずんずんと掘っている。
ガツッ
「お」
「出た?」
何かを掘り当てたようだ。
ドンキホーテ氏はスコップを横に置きしゃがみこんだ。
リリエと俺はその後ろから覗き込む。
「…石、ですな」
石だ。全体的に白く粒が混じり平べったい。
ドンキホーテ氏は残念そうに石を捨てた。
リリエも何も言わず掘る作業にまた戻っていった。
だが俺はその石を見ていた。
掘る作業が嫌だからではない。いや、嫌なのは認めるが。
「また石だ」
リリエがポイポイと石をこちらへ投げてくる。
これも同じ様な石。
石とプロトン水道である迷宮の石畳を見比べると全く違う。
ラクルエスタのあるこの地方では、掘り出したような火成岩は少ない。
「また石」
汗を拭きながらリリエがうんざりとした様子で石を寄越す。
火成岩は溶岩が固まって出来た石。
これが特定の地層でまとまって出てくるということは
「火山噴火…?」
土に手を突っ込んで成分を探るがよくわからない。
火山灰らしきものも無い。噴石らしきものもない。
そもそもこの付近に火山も死火山も無い。
全くわからない。が、何かある。
恐らく教授も俺と同じ様に感じたのだろう。
『理解できない何かが突然起こって人類を大後退させた』
という仮説はあまりにも突拍子がない。
だが、何か劇的な事が起こったと思わせる違和感がある。
「痛っ」
土の中でなにかに指が痛い。
動揺して手を引き抜いて指を見る。
指は刃物を引いたように浅く切れていた。
リリエがスコップを置いてこちらへ来た。
「先生どうしたの」
「切れた」
「何で?」
「土の中に…何かが」
「どれどれ」
おもむろにリリエは土の中に手を突っ込む
「危ないぞ」
「ん、あった」
ズボッっと土の中から手のひら大の貝殻のようなものが引き出された。
だがよく見るとどうも違う。
硬く年輪のような筋があり一枚貝の殻より平べったい。
片側はすぼむように細くなっており、上から見るとひまわりの種のようだ。
「何だこれ」
「さあ。でも端っこ鋭いね。危ない」
俺が指を切ったのは、すぼんでいるほうとは逆の部分。
そこが外へ行くほど薄くなっており材質の硬さから刃物のようになっている。
用途も制作理由も何かの一部なのかも材質も分からない。
遺跡の出土品と言うより何かの化石にも思える。
「全く分からんな」
そう言いながら、土の山に乗っている火成岩と殻(仮)を背嚢につめた。
「もう少し掘る?」
「ああ、もうちょっと明確に成果が欲しいな」
今日はシダ虫を狩ったり鉄鉱を拾ったりする予定はない。
荷物に余裕があればしてもいいが、それは発掘調査の失敗を意味する。
調査依頼は結構良いお金になる。それに教授の依頼であるし出来る限り優先させたかった。
何より千年前何があったのか、自分自身の好奇心があった。
今はとりあえず報告書の体裁を整えるために出土品が欲しい。
俺とリリエはスコップを担ぐと壁に向かって掘り始めた。
ガッとスコップが止まる。
スコップの下にはまたもや
「石だ」「石だね」「石ですな」
その後も黙々と三人で掘り続けたが、成果なし。
正確には火成岩大量、殻(仮)がもう一つ出た。
大きくなった壁の穴と土の山の間でスコップにもたれかかる。
もう今日はここまででいいかな…
「はー。掘ったねー」
「こんなに掘って大丈夫なのですか?」
「ええ、地図は暗記してますが、この下は地面です」
「微細迷宮に未踏破領域も無いでしょうしなぁ」
大迷宮ならば征服済みでもまま未踏破領域は存在する。
中小迷宮でも深層ではありうる。
しかし微細迷宮はそれらより圧倒的に入場人数が多い。
新人育成から中堅冒険者の生活の糧、産出品のまとまった収穫。
易い迷宮は有用なのだ。
故に隅々まで調査されて主要ルートには明かりまで付いている。
未踏破領域が残っている可能性はまずない。
リリエは汗だくになってパタパタと服に空気を送り込んでいる。
へそが見えるぞ。
「で、帰る?なんか狩っていく?」
「ちょっと狩っていくか…」
流石にほぼ坊主で帰還するのは懐事情を考えると厳しい。
この出土品で報告書をでっちあげるという手もあるが、教授に金をせびるようで情けない。
リリエは少し口を尖らせると「ん」と言った。同意だろう。
この深さでは遺跡に当たらないのかも知れない。
そう思って土の地面から石畳に足を載せた瞬間、滑り落ちた。
ーーーーー
真っ暗だ。いや、目の端に明かりが見える。
その方向に手をやると色々当たる。
石、か?分からない。固い。掴む。
「ミマサカ殿か!?」
ドンキホーテ氏だったか
「いや、私」
「リリエ嬢でしたか」
俺のは石だ。
明かり…明かり…
手を伸ばして石の下になっているランタンを引っ張り出す。
周りが一気に明るくなった。
石造りの狭い通路。プロトン水道ではある。
背中や靴に土が入っているのが分かる。上を見ると…真っ暗だ。
埋まらなかっただけマシだろう。掘ったせいで床がズレて下の空間に落とされたらしい。
「ここどこ?」
リリエは背中から剣を抜きながら聞いてくる。
「思ってる通り、深層の未踏破領域だ」
未踏破領域に地図など無い。プロトン水道の設計図などもない。
『本の虫』の領域外。上の位置分かるから上り階段の方向ぐらいは分かる。
だが上下左右に入り組んだ水道でここがどれ位の階層であるかは分からない。
帰りたくとも壁を昇って上の階に戻るのは、崩れた土にもう一度埋まりに行くようなものだ。
「進むしかなさそうですな」
「はい、ですがかなり危険です」
「でしょうな。吾輩の最後の冒険には相応しい」
「え?」
リリエが振り返って聞き返す。
俺もドンキホーテ氏の顔を驚きとともに見る。
「よる年波には勝てません」
少し笑いながらドンキホーテ氏はそう言った。
「吾輩にとっては冒険できただけでも奇跡なのです」
「これ以上お二方の重荷になるわけには参りません」
「そんなこと…」
「これ以上、吾輩は強くならないでしょう。自分で分かります。」
「身体能力も、記憶力も、衰える一方です。」
「英雄となるには、遅すぎました。」
悔しそうと言うよりは、どこか晴れやかな顔をしているドンキホーテ氏に
俺もリリエも何も言えなくなった。
ドンキホーテ氏はこちらを向くと明るく笑った。
俺は彼の決断をどう受け止めていいか分からなかった。
「んー…とりあえず、全部帰ってから!」
リリエがパーティーの方針を決める。
こういう時、その決断力が羨ましい。
「先生どっち?」
「とりあえず前しかないな」
後ろは土、横は壁、前は先が見えない暗闇だ。
ここは迷宮の深層。微細迷宮とは言え、深層なのだ。
マリーさんの言葉が蘇る。
(踏み込むだけなら、危険な領域に近づかなければ大丈夫でしょう)
(でも絶対はない。安全な領域なんて迷宮にはないの。)
(西でも深層には手強い魔物がいる。『名付き』の情報もある)
(踏み込んだとしても、絶対に気を抜かないで。)
俺は下に目を落とす。
足元にはスケルトンネズミ。恐らくレーダーは展開できている。
発掘現場まで直行したので装備は万全。少し疲れているがケガもない。
後はここが危険な領域であるかどうか。
フー、と息を吐く。暗闇と緊張で少し圧迫感がある。
口の中に土は入っていなかったはずだが、土の味がする。
何度も拭うが結局拭えなかった。
危険は。迷宮長虫、地這い蝙蝠、槍虫、青緑石蛇。
名付き。未討伐で最近に目撃情報があるのは『大長虫デプロイ』『貫き』、『嘆きのデグイ』
スケルトンネズミがヒクッと動く。
何かを察知した証拠だ。
「ランタンッ」
小さな声で鋭く指示を飛ばす。
明かりを消して通路の端に身を寄せて出来る限り接敵時の優位を取る。
多少の魔物なら優位をとれば勝てるはずだ。
アアア…アアア…
俺は不運に唇を噛んだ。
通路の向こうから音が聞こえる。
子供が泣くような、誰かが絶望したような声だ。
人?
違う
それは一年前。
極めて巨大な地這い蝙蝠の情報が出た。
地這い蝙蝠は飛ばなくなった肉食性の蝙蝠であり、巨大だ。
頭から尻尾までで成人男性一人分はくだらない。横にも大きいが見かけによらず俊敏な捕食者。
だがその個体はその五割から十割増し。尋常じゃない大きさだ。
とあるパーティーが初目撃してそのまま戦闘、一名死亡一名瀕死の重傷で撤退。
蝙蝠側も首から喉にかけて重症を負ったという。
それから奇妙な目撃談が相次ぐ。
人の声が聞こえたと思ったら恐ろしく巨大な地這い蝙蝠に襲われたというものだ。
その奇妙な声は誰かが嘆いてるように聞こえるという。
それは傷ついた喉の変形した声帯に呼吸が引っかかって出る音だ。
そこから名前がついた神出鬼没の名付き
『嘆きのデグイ』
アアア アアア
声が大きくなる。
ゴソゴソという何かが這う音がする
「ランタンッ」
地這い蝙蝠は目が弱い。明かりを消しても無意味だ。
反対に鼻も耳も非常に良い。
人の肉の味を覚えた獣はそれを獲物として狩るようになる。
俺たちはもう見つかっているだろうし、獲物として捉えられている。
明かりが付くと十メートルほど先、這いつくばったような姿勢の獣が通路一杯に立ちふさがっていた。
見上げるほどの高さはないが幅のある通路を全て塞ぎ、リリエと目線の高さがほぼ同じ。
真っ黒な目は鮫の様に感情が読めず、邪悪な形の耳と鼻は恐ろしさだけを伝える。
口は大きく鋭い歯が無数に並んで、唾液が垂れている。
冷や汗が噴き出る。こんな狭い場所でこんな大きな獣と交戦するのか
リリエとドンキホーテ氏が武器を構えて前に一歩出る。
俺は気休めに臭いのキツい薬草を背嚢から出す。撹乱になるだろうか。
アアアア!アアアアア!
嘆きのデグイの声は徐々に大きくなる。
思った以上に慎重だ。悪い。知能が高い証拠だ。
そう思った瞬間、デグイが跳ねた。
こちらへ走り込んでくる。壁や、天井も使って跳ね回りながら。
理解の外の動きだ。マズい、と思った。思っただけで何も動けなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます