第19話

薄暗いが大きな部屋。

俺の前には今死んだばかりのラットの死体が置かれている。

そして俺の周りには高めの年齢層の男達。

彼らは白衣や背広と格好は様々だが、唯一つ好奇心に浮かされた目つきは共通している。

そのうち一人が厳かに口を開く。


「では術式を」


「あ、ええ、このサイズならゾンビパウダーだけで…」


「おお、ゾンビパウダー!」「緑だ!」「実在したか…」


何故か俺は男たちの前でゾンビネズミを作らされている。彼らの熱意と探究心に部屋の温度は上がりっぱなしだ。

ポシェットから取り出した緑色の粉をラットの死体に振りかける。

見えるか見えないかぐらいの小さな光が僅かに散ってしばらくすると、ネズミが体を捻って起き上がった。

蘇生されたネズミを見た一人が感嘆の声を上げた。


「まさしくゾンビ化だ、迷宮でも魔境でもないのに」

「流量を測ろう」「血を貰っても?」


男たちが卓上に身を乗り出してネズミを観察している

それぞれ懐から取り出した計測に使うであろう棒や針でつついたり血を採取したりしている。


「さて、教授の方々。その目で実在するネクロマンサーを確認していただいた事と思う。」

「実用性や利用法はさておいても、ネクロマンシーという魔術体系が存在している価値は計り知れない」

「私は彼に名誉教授位を与えたいと思うが、どう思われるかな?」


ひときわ小柄で、ひときわ声が大きい、小人のような老人が男たちに呼びかけた。

ここはラクルエスタ国立大学大会議室。

集まった人物は国立大学の教授であり理事でもあり、この都市国家の政を行っている面々。

そしてそれを取り纏める小柄な老人こそがラクルエスタ国立大学学長、デルフ・ストレイマン教授だ。


「異議なし」「異議なし」


教授は何故か、大学図書館に本を読みに来た俺を捕まえて教授会議に放り込んだ

とりあえず珍しいネクロマンサーの標本として術式を公開することになったのだが

あれよあれよと名誉教授の肩書まで貰ってしまった。


「では、今日の教授会も実り多きものであった。解散!」


ストレイマン教授はそう言うとゾンビネズミに夢中な教授達を置いてさっさと退室した。

そのスピード感に呆然としていると、ドアが再度開いてストレイマン教授が顔を出した


「ミマサカくん、学長室へ」


「あっはい」


ーーー


大量の剥製、像、棚、本に圧迫された部屋。

整理整頓とは程遠く本来入るはずの窓からの光さえ入らずに照明が点けられている。


「いやぁ、久しぶりだね。今は冒険者だって?」


学長室は本館とは別の建物にある。別名『博物塔』と呼ばれる縦長の建物だ。

ここには博物学の権威であるストレイマン教主が集めた古今東西様々な標本が所狭しと収蔵されている。

知の巨人たる教授の広範な研究は異世界にも及び、その聞き取り調査のために捕虜であった俺を引き取ったのだ。


「一体何が目的ですか」


ラクルエスタ国立大学の学長とは研究者教育者の頂点というだけの意味ではない。

この都市では学徒こそ輸出品であり、学問こそ国防なのだ。政を動かすにも大学の教授会や理事会を通す。

一応、国家中枢はある。だがその財源は国立大学であるし大学理事会は漏れなく相談役として国政に携わっている。

そういう意味で目の前の小柄な老人は奇矯な研究者ではなく、実務的な政治家でもあるのだ。

その人物が名誉教授の椅子を誰かに与えるということには相応の意味がある。

たとえ名誉教授という肩書が俺の世界と同じ様に実権を伴わないものであっても


「はっは、まあ病気でもあるまいし取っときなさい。」


「病気より厄介なもののようにも思えますが」


「遠からずだね」


ストレイマン教授はポットを開けると引き出しの中の虫を無造作に詰める。

そして匂いを嗅いだ後、お湯を注いだ。

俺が嫌そうな顔をすると心底意外そうな顔をわざと作って口を開く。


「虫茶の歴史は古い。開拓期以前から飲まれているのだよ」

「最近の研究だからまだ論文にもなっていないがね」


「そういう話ではないですよ」


「ふむ、だが、その話なんだよ」


教授は酸っぱい香りがする茶を啜るとバインダーにまとめられた資料を手渡してきた。


「君の世界の学問は素晴らしい。魔法は存在しないので不便だが、それがかえって良いのだろうな」

「考古学、と言ったか。埋没したモノから文化文献に残らない情報や時代まで特定する実践学問。」

「千年程度の歴史しか残ってないこの世界では殆ど魔法だよ。」


手書きのノートを切り貼りして作られたと思われる資料には様々な出土品などが記されている。

推定年代や時代の考察等、雑多だが非常に興味深い内容だ。

そしてページをめくると『開拓期以前』と書かれたページが出てくる


「これは…」


「自分でも驚いているよ。だが色々踏まえた結果として、それらは開拓期以前の品だ」


人類は海岸近くで何万年も小規模な集落を作って暮らしてきた。

それが一変するのが千年前、英雄王による大迷宮の征服だ。

中小迷宮と違い大迷宮を征服すれば人類は大きく人界を広げて勢力を拡大できる。

そうして千年、ようやく小狡いだけの二足歩行の動物がこの半島(と思われる)を掌握した。


と、言うのがこれ迄の歴史観だ。

だがノートには、千年以上前よりの人工的な品の出土があると記されている。

この、ラクルエスタで。

ラクルエスタは半島の魔境寄り。王都の大迷宮の後、北の沖にある『青の大迷宮』が征服されてから開拓された。

『青の大迷宮』の征服は二百年前。それまではここは魔境のはずだ。


「人類は、一度ここまで開拓したことがあるんですか…?」


「そうなる。そして重要なのは開拓したことじゃない。」

「人類は何らかの理由で大後退し、原始時代まで押し戻されたという事だよ」


俺が無意識につばを飲み込むとごくりと音がした。


「…原因は?」


「分からん」

「そしてそれが理由でもある」


教授はもう一つ書類を出す。

ラクルエスタ学長名義の冒険者への専任書類だ。

俺はあからさまに嫌そうな顔をしたと思う


「もっと深く潜れるパーティーはいくらでも居ますよ」


「考古学を知るものは少ない。その中で探索者なのは君だけだよ」

「なに、無期限の依頼だし経費も請求してくれていい。気楽なものだ」


引っかかりを感じる。

ラクルエスタ国立大学の学長ともあろうものが名誉教授を増やしてまで依頼する。

人材不足は聞いたことがない。ここは人材の街だ。少し待てば考古学科も新設できるだろう。


「…急ぎですか」


「全くもって急ぎではないし、急ぎだし、ちょっと秘密だ。」


答えになっていないような答えだが、この依頼の微妙な位置が分かる。

学長名義ということは、理事会の認可が降りなかったということ

認可が降りず無期限ということは出土品はあるが仮説の域を出ていないということ

ちょっと秘密ということは、この説が学閥闘争に巻き込まれる可能性が高いこと


「親心も少しある」


「…はぁ」


「調査期間は報酬が出る。食費の足しにしてくれ。」

「よく食べるんだろう、あの、リリエ?と言ったか」


「調べ過ぎですよ」


「あのババアの孫よりずっといい。ニナ証も本を読み終わったら燃やしなさい」


「仲いいですね」


「いいものか!アイツは儂が研究者の頃からずっとババアなんだ、化物の類だ。」

「孫と言ってるが玄孫かそれより先かもしれんぞ」


「それこそ学会ものですね」


あとは世間話だ。虫茶は酸っぱいが元気の出る味だった。


ラクルエスタ学長からの個人的依頼。

あまり他言できる内容ではないが自分にも学術的興味がある。

西の外れの迷宮であるプロトン水道は初期ラクルエスタの代表的遺構だ。

地下水道のため、発掘調査にはうってつけかも知れない。

俺は資料の遺跡の位置を確認しながら帰路についた


ーーー


「調査依頼、ですか」


帰宅なされたミマサカ殿は他言無用と依頼書を見せてくれました。

一応ギルドは通っておりますがほぼ個人対個人の依頼です。

調査報告書を出すだけでも中々の収入です。

やはり研究者としてのミマサカ殿の優秀さを思わせます。


「受けるべきでしょうな」


「ですよね」


「何の話?」


リリエ嬢を交えて調査依頼の精査を行います

しかし分からないのが考古学なる学問。考古学調査とは一体何なのでしょうか。


「地面を掘ったら、たまに昔のものが出てくるんだ」


「…?うん」


「それを調べたら昔のことが色々分かるんだよ」


「ふーん?」


「ははあ、それでしたら西の外れの迷宮はびったりですな。遺構ですから。」


「ええ、でもそれより前の年代も調べるんです」


「前?成る程」


このラクルエスタも現在は人界ですが、その前は魔境です

魔境の調査は開拓に必要不可欠でものですが魔境を長期間調査できる冒険者は多くありません。

しかし考古学を使えば比較的安全に生態系や未知の危険を調査できるかも知れないということでしょう。


「そのためにはもう少し深く潜る必要があるんだが…」


「深層?」


「行けるかリリエ」


「うーん、行ってみないと分かんない」


事実、中層までは比較的多いですが深層となると踏み込めるパーティーが少なくなります。

そこを主戦場とする冒険者は更に。此処から先は一流と二流の差です。

それでも生活の糧ではなく迷宮の征服を目的とするならば避けては通れない道と言えます。


「情報が少ないですな」


「冒険者ギルドにも行ってみます」


「あ、私も行く」


担当のマリーさんにとお菓子を少し持たせて二人を見送ります

深層、となると些か不安を感じます。パーティーの戦力も経験も不足しているように思われますが

何より吾輩の戦力に不安があり、それはここで頭打ちです。

しかし冒険者として生活でき、思い残すことは無いと言えます。

きっとこれが吾輩の最後の冒険となるでしょう。


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