第17話

休日である。

俺は休日を満喫せんと、居間のソファに小一時間座っている。

冒険の準備ならポーション作ってもいいじゃないかと文句を言ったが

ドンキホーテ氏に何かしだすと俺は休まなくなるタイプだと言われ全て禁止された。


リリエは床に転がっている。

鍛冶と冒険以外本当にやることがないのだろう。

残念ながら俺も似たようなものだ。


「先生。ここの床より向こうの床のほうが冷たい」


「向こうの下には地下収納がある」


何の意味もない会話が、憎い程に青い空に吸い込まれて消えていく。

そんな俺たちを見かねてドンキホーテ氏が声をかけてきた。


「お二方。誠に言いにくいのですが、やることはないのでしょうか」


「…」


そう、世間一般で休日といえば我が世の春のごとく暁を覚えず。

ウキウキの花金でありハッピーサンデーというものだ。

世の人々は一体どうやって楽しい休日というものを乗りこなすのだろう。


「…お出かけなどしてはいかがでしょう」


「…一理ありますね」


「どこいくの?」


「生憎、吾輩は商会の方に用がありまして」

「お二人で衣服等の生活用品を買い出しに行って頂けないでしょうか」


そうだ。休日はどこかへ出かけたり、家の仕事を片付けたりするのだ。

事実として俺の服は少ない。最近、迷宮に行った際に少ないうちの一枚のシャツが殉職した。

今俺の手元にあるシャツは、二枚。これは最低限の文化的な生活を割り込んでいる可能性がある。


「うーん…」


リリエは俺のシャツ事情を知らない様子であまり乗り気ではないようだ。

するとドンキホーテ氏がリリエに何事か耳打ちした。


(お二人でデートという事になりましょうな)


リリエは耳打ちされると体を一瞬硬直させて、ゆっくりと迅速に起き上がった。

そしてこちらを見た後、自分の服を見て、またこちらを見た。


「着替えてくる」


とだけ言うと部屋に引っ込んでいった。

出かけるのだろうか。


「では吾輩はお二方より一足先に出かけさせていただきます」


出かけるらしい。




「さて、どこへ行こう」


とりあえず家を出て歩き始めるまでは順調だが、行き先が漠然としている。

俺は服を買いたいが、こだわりはなく、丈夫で安い無地のシャツがいい。

なのでリリエに行きたい場所があるならそこから行くべきだ。


「あ、えっと、ふ、服…」


リリエは少し赤みのある色のシャツに草色の半ズボン。

いつ服を買いに行く暇があったのか分からないが、何時の間にかリリエの服はあった。

動きやすさを重視した服が多く活動的な彼女によく似合っているように思う。


「ふむ、俺も服だな。」


この世界は中世の皮を被った現代である。

衣服は大量生産されている。何によって?

常軌を逸した熟練工によってである。

魔術や手技やその他諸々、この世界の人類は機械文明を凌駕する。


なのでお求めやすい価格での衣服の調達が可能だ。

これは生活用品全般に言える。


「えっと、こ、この…」


リリエが指し示す店は大通りに面した女性向けの服飾店だ。

これは、俺が入ってもいいのか?

無造作に吊り下げられた下着が魔除けのように俺を遠ざける。


だがリリエにぐいぐいと引っ張られて店に連れ込まれた。

ああ、店員さん、ごめんなさい。


俺の手を離さずにリリエは店内を「はー」などと言いながらキョロキョロ見ている。

このお店の服は何処と無く質素だがシンプル故にまとまってきれいだ。

しかし随所のささやかな飾りはあくまで華やかさを主張している。

センスがいい店だ。


「あら!いやだわ、こんな若い子ウチの店に!カップル?いやねぇ!」


店主であろうか、やや年齢は高いが上品な女性にリリエが発見される


「カッ…プルじゃ、ない、です…」


リリエの様子に、俺は唐突に思い当たる。『よそ行きの服』概念だ。

女性(に限らず服飾という文化を理解する人類)は『よそ行きの服』という特殊な服を所持する。

リリエの所持する服は部屋着と冒険用と仕事用。つまり『よそ行きの服』がないのだ。

年頃の女子が『よそ行きの服』を所持しないという事実。それは外出を億劫にして余りあるだろう。


「そうなの?これなんてどう?イヤー!似合う!やだわぁー!」


店主はリリエに似合いそうな服を棚から出しては体に当てて確かめる。

その度に高周波の声を上げている。何かの儀式であろうか。


「あ、でも…やっぱり…」


値札を見てリリエが断ろうとする。


「値段は心配するな、大丈夫だ」


「あら!甲斐性あるわね!男前!お大尽!こっちどう?」


そう、本当に心配しなくていい。このお金の大体はリリエが稼いだのだ。

だが店主の声とリリエの眼差しと俺の僅かなプライドにより、今回の服代は経費ではなく残り少ない個人貯金から拠出された。



昼を過ぎた大通りはやや人通りが落ち着いて、逆に食べ物の露店が所狭しと数を増してくる。

店を構える資金が合っても露店でフットワークを重視するものも居るらしい。

そんな大量の露店によって街の雰囲気は場所と時間によりがらりと変わる。


「せんせ、ありがと」


「ああ」


リリエはあの店で散々迷った後シンプルなワンピースを一着選んだ。

もう何着か買っても良かったが、いいらしい。

適当な露天でジュースと食べ物を買う。俺のシャツも露天で無地のものを買った。

今日の目的はほぼ達成されたので帰路についてもいいだろうかと考える。


「次どこ行く?」


「ふぅむ」


リリエは帰る気がまだないらしい。

買い出しは済んだとして、何かあるだろうか。考えるが浮かばない。

この世界の娯楽について俺はあまり詳しくない。

いや、詳しさ(知識)であれば博物館を建てるほどあるが、トレンドや文化性については何も分からない。


この世界は大量生産と科学の電気文明ではなく、テクニックと魔術の人力文明である。

そのため映画やテレビやラジオすらない。その一方で空間転移が可能な個人すら居る。

不可能は存在しないが、再現性が全く無いのだ。そのため規格が統一されずに通信や流通の公共インフラは弱い。

逆に言えば、それで科学文明を凌駕できるほど個人の可能性が高い。


この世界の娯楽の三本柱が、歌、劇、本だ。

まさしく古代のようだが、まさしく古代なのだ。ただし数百万の人口密度に耐える古代だ。

学問の街ラクルエスタでは特に劇と本が盛んだ。


「なにか観るか?」


「いいの、やった」


リリエが思いの外喜ぶ。娯楽や服は羨む生活のほうが長かったのだろう。

俺はようやく休日はこうやって使うのだと納得した。



「ん、あれ、お爺ちゃんじゃない」


「む?」


観劇しようと劇場通りに差し掛かると、傍の金物屋の店先で腕を組み首をひねるドンキホーテ氏を発見する。

商会の用は終わったのだろうか。パン焼き機をじっくりと見つめている。

確かに家にパン焼き機があると便利であるし、毎食パンを焼きたてにすることも可能だ。

どうも凝り性のようであるドンキホーテ氏は一戸建ての自由度を謳歌している。


「あ、諦めた」


しかしパン屋が無数に乱立する都会ではパン焼き機は娯楽品である。決して安くなく無駄な支出になる。

娯楽人である以上に金銭感覚のしっかりした商売人である氏はシビアに判断したようだ。

そんな彼にリリエは少し間を開けてから声をかけた。


「お爺ちゃん」


「おや!御両人、どうなされましたか?あいや、劇ですな」


「ええ、ドンキホーテさんは?」


「吾輩もです、なにせ英雄劇に目がないものでして」


「詳しいの?」


「無論です!お二人は初めて?ならばこちらへ、名作と行きましょう!」


ドンキホーテ氏は少し古めだが味のある劇場へ俺たちを引っ張っていくと券を三枚買った。


「お爺ちゃんも初めて?」


「いえ、しかし何度でも良いものです!」


そういうものなのだろうか。

ドンキホーテ氏は本当に楽しそうだ。ジュースとナッツも人数分買ってきた。


「この劇は冒険英雄劇の傑作で海の女タエを元にしていると言われています」

「ラストがまた…いや、話しすぎるとよくありませんな。」


そう言いながらナッツをもりもりと食べている。

リリエはパンフレットを読んでいる。役者の来歴などが書かれているらしい。


カンカン、と拍子木のような音がすると、ざわついていた会場が静かになりパリッとした空気になる。

次第に暗くなり、幕が上がって、誰かの咳が聞こえ、劇が始まる。


師曰く『英雄と文化は切り離せない』らしい。

英雄が人類を庇護して文化を作り、文化は想像力で人の可能性を無限に広げる。

社会ストレスの低減だけではない、この世界の確かな営みの一端を娯楽は担っているのだ。

まるでVFXのような舞台効果を惜しげもなく使う。次第に、劇に引き込まれていくのが分かった。




「すごかったね!」


リリエは劇が終わってからずっと興奮している。

事実、俺の人生で並ぶものがないほど素晴らしい劇だった。

映画なんかとは臨場感が違う。


「ああ」


「ええ、名演でしたな」


ドンキホーテ氏も上機嫌だ。

今は晩御飯のおかずを探しに、劇場通りを抜けて西の市へ来ている。


「でも史実とは違いましたね。青の大迷宮の征服は七六九年のはずなので」


「むは、作劇上のご愛嬌ですな。遥か沖の男との淡い恋愛なんかも…」


「いえ、実はそれは本人の日記が根拠なんですよ」


「なんと!」


市場で買ったのは鳥の肉と香草と根菜だ。

これを鍋に少量の水を入れて蒸すと簡単で美味しい蒸し鍋になるらしい。タレが秘伝とのこと。


帰宅してご飯を食べて暫く話すと、ドンキホーテ氏の英雄知識はそれこそ専門の研究家にも比肩しうる程と分かる。

彼の人生の大半は英雄への冒険への憧れで出来ていた。

今、彼を駆り立てるのは一体なんだろうか。それを考え、酷く怖くなったが、そのまま寝た。

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