第14話

一握の砂。だがこれは岩石を砕いたものではないので、正式には砂ではない。

粉だ。この粉は巷では(巷にあればだが)『ゾンビパウダー』と呼ばれるものだ。


死んですぐの死体には、生きるという目的を剥奪された励起状態の魔力が残っている。

その励起された魔力を乗っ取って死体をゾンビ化するのがゾンビパウダーだ。

そのはずだが


「…何故だ」


迷宮内。無論、西の外れの迷宮の低層。

アントニオ改めドンキホーテ氏とリリエと連れ立って初めての迷宮探索だ。

今回は俺の戦闘力不足の解消のためゾンビパウダーによる実験を行う。


俺は迷宮に入って早々リリエに首を砕かれて絶命した大ネズミにゾンビパウダーをかけた。

何なら口からも入れたし、水に溶かしてかけたりもした。

しかしネズミは一向にゾンビ化しない。


「ミマサカ殿、その粉は何ですか?」


「ゾンビパウダーです」


「おお!伝説の!」


そう、ネクロマンサーの基礎中の基礎であるゾンビパウダーだが魔道具屋にはない。

そもそもネクロマンサーが街に居ない。いや探せばいるかも知れない。居て欲しい。居るのか?

少なからずここ百年ほど書籍を出していなさそうではある。


というか正式な書籍はなかった。

ネクロマンサーの術式研究は行われたが、それはあくまで外部の人間がしたこと。

術者自体が解説したり構造や製法について解説した本はほぼなかった。

そのため、この術式は「おそらくこうだろう」という研究者の想定を「多分こうだ」と俺が解釈して組んだ危ういものだ。


「ちょあ!」


ドンキホーテ氏はステッキで大ネズミと格闘している。

順調にネズミを屠っていくさまを見ると、改めて俺の戦闘力の低さが浮き彫りになってくる。


「ふぅむ…中層は無理か?うわっ」


「ヅュ…」


慰めるように足元に目や口や耳の穴から血を出したネズミがまとわりついてくる。

おぞましい。いや、成功だ。

付近の石を拾っていたリリエを呼んで成果を見てもらう。


「あ、先生、ネズミ!かわ…いくはない。」


「んむ、とりあえずゾンビ化と追従だけだ。魔力が扱えれば色々便利なんだが…」


俺は荷物の中から札や管、針その他のアイテムを出す。

これらはネズミの精神が持つ目的である欲求をコントロールするための物だ。

本来は自分の魔力を送り込んで目的の方向を微細に調整をすることで操るらしい。


この目的の調整が難しい。

生物が持つ本能や習性は、脳が機能を停止しても精神を鋳型として残留魔力として残る。

それに介入して能動的に霊やゾンビ等の魔物化を望む形で行うのがネクロマンサーだ。


本来はテレパスや霊能力や精神感応魔術等が得意だと、このタイプのアンデッド使役には有利だ。

さもありなん。リモコンでも作ろうかと思ったが自分の判断力や瞬発力にも自信がない。

むしろ戦闘になった瞬間、若干固まるほどだ。

なので『自律的に味方するように動く』ことを目標にしようと思う。


あぁ、ゴーレムさえ作れれば腐ったりしないし自由度が高いのに。

だがゴーレムは高い。値が張る。その上、自分の魔力を大量に使う。

そんな事できないし、していられない。安くて早いアンデッドが俺に許された唯一の道だ。


「いやぁ、まさかミマサカ殿がネクロマンサーとは。」


「なりたてですよ」


状態の良さそうな大ネズミの死体にゾンビパウダーをふりかけていく。

ゾンビ化に必要な時間はたっぷり五分ほど。戦闘中に手駒を増やしたりする速度には術式の強度が足りない。

少しするとぞろぞろとネズミが起き上がって来る。


「おお、ネズミ軍だ」


二十匹ほどゾンビ化させる。針が刺さって札が貼られている上に出血しているので相応におぞましい。

調整は『臆病』。それと俺を群れのリーダーとして認識すること。食欲などは排除した。


「よし」


『追従』の針を抜いていくと石畳の隙間や影に散っていく。

「ヂー、ヂー」と辺りから聞こえてくる。これは群れの位置確認だ。

俺の足元のゾンビネズミが「カッカッ」と声を出すと静かになった。こいつは副リーダーだ。


「居なくなっちゃった」


「これでいい。索敵に使うつもりだったんだ。」


そう、中層の魔物を相手にネズミでは戦力にならない。

大量に集めればなるかも知れないが、俺には操れないしパウダーもタダではない。

『勝つためではなく負けないために』とは往年の名探索者の言葉だ。


「ヂヂッ!ヂヂッ!」


足元のネズミがにわかに騒ぎ出す。


「敵が近づいてる。」


「ほんと?」


「この角度なら多分、あのカドかも知れない」


ドキドキしながら少しずつ進む。

低層とはいえ不意打ちを喰らえばそれなりのダメージを貰う。

不意打ちでオオムカデに噛まれて毒を貰うのはよくある撤退理由だ。


ドンキホーテ氏はステッキを握りしめて先頭を歩く。

その後ろでリリエが上段に構えている。その角度だとドンキホーテさんに当たるぞ。

俺の足元ではネズミがさらに騒ぐ。こいつの知覚範囲にも入ったということか?


角に到達する。

目配せをして、ドンキホーテ氏が頷く。

まず彼が確認するらしい。ぐっと息をためると、一気に角から飛び出した。


「うわっ!!」「きゃっ!?」


「むむっ!?」


男性、女性、ドンキホーテ氏の声。

後に続くと二人パーティーの探索者が居た。


「…これは」


足元のゾンビネズミは空が落ちてきたかのように騒いでいる。

ああ、成る程。ネズミには冒険者が『敵』なのだ。何よりも。


「ふぅむ。」


俺はその場で、どの様にネズミを調整すべきか考え始めた。

ドンキホーテ氏は二人の冒険者に謝ってたはずだが、何時の間にか談笑していた。



「いやぁ、ネクロマンサーの人とは。初めて会いました。」


「そうですよ、お伽噺以外では聞いたこともないです。」


二人の探索者はトットとプーチと言うらしい。

ドンキホーテ氏がすぐに仲良くなり昼食を共にすることになった。

ちょうどいい行き止まりを見つけ、そこで壁を背にして飯を食べる。


トットは粉屋の次男。プーチは隣の家の長女らしい。

継ぐ家がなく家業に興味を持てなかったトットは冒険者になることにしたとのこと。

プーチは心配で付いてきたらしいが、その様子はまるで実の姉のようだ。


「トット!早く食べて、ドンキホーテさんと交代して!」


「いやいや、お構いなく。」


「むぐっ、あれ、それ何してるんですか?」


「どうにか人間に反応しないように調整しているんです。」


それと「さっきはすいませんでした」と謝る。


調整しようとはしているが、どうやって調整すればいいかわからない。

まずネズミには人間という概念がない。縄張りに入ってきた動物という認識しか。


うちのメンバーは群れの一員として認識させることに成功しているが

それは大ネズミの頭骨に札を貼ったものを持たせてあるからである。要はこっちがネズミになっているのだ。

冒険者全員に頭骨を配る気もない。新しい宗教みたいになる。


「でも迷宮にも賊が居るって聞きますよ。大迷宮の方ですけど」


「ふぅむ」


成る程、そういうこともあるのか。

それだとネズミレーダーにかかった相手がなにか識別する方法が大事になる気がする。

範囲の広さはネズミにまかせて、精度の高い探知手段を併用すべきか。


だが動物など所詮どれも同じだろう。

むしろ精度の問題は俺が魔力を扱えないことが原因にある。

視覚共有や幽体離脱や憑依による操作は応用ではなく基礎の部類だ。


人間の霊魂の使用をすれば高度なアンデッドを生み出せるが、倫理的にも経済的にも厳しい。

さらに霊魂を上手く扱うには霊視なんかが無いとまず無理だろう。

この必要技能の多さがネクロマンサー絶滅(推定)の原因ではないか。


「ギギッ」


ゾンビの仮の魂の情報量を増やすべく行った処置が終了した。

お昼を食べ始めてだから一時間。迷宮という最良の環境があってもかなり時間がかかる。

俺の技量では大量のゾンビパウダーと新鮮な死体と迷宮という環境があってようやく出来るものだ。


「おや、スケルトンですな。」


「ええ、これで多少分別がつくと思います。」


スケルトンは骨にゴーストが憑依した状態だ。

生前にまつわるものほど類感の法則で影響を与えやすくなるので

物理性と依代を同時に実現できる自分の骨は都合がいい。


情報量が増えたので、どれぐらい危険かも学習しやすいかと思う。

ただこの処置はどちらかというと戦力増強が目的だ。


「ギー」


「骨になってもあんまりかわいくないね…」


「ふむ。中層に向かおうか。ネズミの索敵があればある程度対処できるはずだ。」


「いいね!蟲鉄欲しい!」


「んんむ!このドンキホーテ必ずやお役にたちましょう!」


「ええ、でも無理はしないように」


トットとプーチはご飯を食べると低層の薬草を取りに行くとのことでここで別れる。

足元のスケルトンネズミはゾンビのときより快調だ。

相変わらず人間にも反応するが、敵対的かどうかで反応が変わるので徐々に見分けがついてくる。

ゾンビネズミが冒険者に攻撃されていたときは流石に魔物だと思ったが。


さて、中層へ降りる階段だ。

ギルドによってでかでかと警告マークと表示の看板がある。リリエはこれを見落とした。

口の中の泥の味が少しだけ増したが、進んだ。

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