第13話



ごきげんよう読者の皆様方。

吾輩はアントニオ某改め、ドンキホーテと申します。


この名前はミマサカ殿に頂いた新しい名前の案の中の一つで

『騎士に憧れる老人が気が狂って騎士になったと思い込み冒険(暴走)する』という小説の主人公の名前とか。

皮肉が効いていて非常に気に入り、ミマサカ殿の制止も聞かずこの名前に決めました。


無事に法の抜け道を潜り抜け、団に所属することに相成った我輩は書類の提出もそこそこに団の会計と流通を任される事となりました。

リリエ嬢は鍛冶の腕が良く、ミマサカ殿は錬金術を嗜むとか。やや規模は小さいですが、やりがいがあると言えます。


そして契約の巻物を手に入れるために持てる資産全てを注ぎ込んだ我輩は団の本部へと転がり込む手はずとなりました。

同じ釜の飯を食べる仲間。まさしく冒険のはじまりと言えましょう!

塩味のスープ!塩味の芋!塩味のパン!


「ミマサカ殿!塩以外の調味料はないのですか」


「トゥクとか…」


「そのトゥクは何で味付けするのですか」


「塩で…」


塩!うむむ。ミマサカ殿は口に入ればなんでもいいご様子。

戦場帰りとは聞いていましたが、逞しさすら感じる食事の味付け。

リリエ嬢もスラム育ちとのことで食事の質に気を配るタイプではないのでしょうか。


「たしかに先生のスープまずいよね」


「!!」


さしものリリエ嬢もトゥクと塩のみのスープの味を美味いと評価することはできぬ模様。

ここは独身貴族を三十年決め込んだ我輩の出番と相成りましょう!


「ミマサカ殿。炊事は吾輩にお任せください。」

「これでも一人で三十年生きてまいりました。料理には僅かばかり自信があります。」


「んーむ…」


「先生もご飯美味しいほうがいいでしょ」


「家事は分担したほうが…」


「では洗濯や掃除等の残りをお二方で分けて頂きましょう」


「じゃあ決まりで!」


リリエ嬢がそう言うとミマサカ殿はもう何も言おうとはしません。

これは普段よりの力関係が偲ばれようというもの。


昼を済ませれば今日の夕餉の献立を考えながら帳簿の整理。

見ればリリエ嬢の鍛冶仕事の黒字は素晴らしい。迷宮の準備も十分にできそうですな。

ミマサカ殿の話では迷宮への探索に出る日程は明後日とのこと。年甲斐もなくワクワクしております。


人数は少ないものの、収入源がしっかりしてるので生活にも装備更新にも困らないでしょう。


もし読者様の中にキャッシュフローが悪く装備更新等のまとまった現金が必要な冒険者がいらっしゃるなら

マルケ商会の『冒険者用少額融資』を利用すると良いでしょう。少々利率は高いですが。


「お爺ちゃん!」


「おや、リリエ嬢。いかがなされましたかな。」


「これ、鉄のお礼」


そう言って差し出してきたのは、大ぶりな金属製の杖。


「なんと!」


吾輩はかれこれ二十年近くステッキ術を嗜んでおります。

普段から使用でき、かつ戦闘力の高い紳士なマーシャルアーツがステッキ術なのです。

いつか冒険者になることを夢見て週三日の道場通いをしておりました。


商業証さえあれば鉄を上手くちょろまかす(法には触れておりません)ぐらい容易いもの

お礼には及ぶものにはございませんが、何と嬉しいプレゼントでありましょうか。


「素晴らしい!一手ご指南頂いても?」


「良いよ!」


リリエ嬢は快活に笑うと木剣を持って庭の中央へ。

くるくるとステッキの重みを確かめて庭へ向かうと、むう、若いながら隙のない構え。


「ちぇぁっ!」


二手、三手、四手。確かに早く強いが、それまで。

木剣に鉄の杖を絡ませて、間合いを大きく詰め、投げる。


「うわっ!」


「大丈夫ですかな?」


「もう一回!」


言うやいなやリリエ嬢が猪のように飛びかかって来る!

いや、若いとは素晴らしい。いや、やや手に余る。

あいや、ちょっと


「つぁっ!!」


思わずステッキの石突で腹を突いてしまうが受け止められる。

手が伸びきっておらず、力が出ていない。


「あ…」


「とりゃーー!!」


そんなこんな、夢中になって何時の間にか気づくと太陽が傾いておりました。

リリエ嬢は小腹が空いたとパンを齧っておられる様子。


「さてはて、夕餉は何が宜しいでしょうな」


「んー。お肉」


貯金に収入予測に現在の迷宮装備、鉄も安いものではありませんでした。

色々考慮して可能な夕餉は…


「では、ドンキホーテ流スパイス焼きをご覧に入れましょう!」


そう、スパイスは質の悪い肉の臭みを全て誤魔化す魔法をかけてくれるのです。



日は沈み涼しい風がダイニングの大きな窓から吹き込んできます。

本日はフォルデアド(超大型の陸生の獣。肉はくさみがあるが庶民の味)のスパイス焼き。


「私はー、鍛冶屋?」


「ふむ」


「俺は、錬金術師、だと思います」


「吾輩は商人ですな。むは、迷宮より市場のほうが似合いますな」


何と不可解なパーティー構成。

しかしリリエ嬢は素晴らしい剣の腕であるので、微細迷宮であれば無理はないでしょう。


「まあ、明日はあくまで様子見ですね。中層まで行くかも怪しいです。」


「中層!」


さしも微細迷宮といえど中層はいっぱしの冒険者の領域と言えます。

吾輩のような冒険者ワナビーなんかは浅層でウロウロして満足するのが関の山。

いや、これからは吾輩も冒険者。年寄りの物見遊山では無いという所を示さねばなりません。


「むむ、可能であれば是非、中層に行きたいですな。」


「俺が足手まといになる可能性が一番高いですが、実験がうまく行けば行けると思います」


なんでも話を聞けばパーティーを組んでまだ一週間ほど。

ミマサカ殿が迷宮へ入るのは二度目で、リリエ嬢はキャリアが長く一人でも中層に行けるほどだとか。


ははぁ、何とも言い知れぬ、奇妙な関係を感じますな。

こう、禁断の生徒と教師の駆け落ち的な…まるでロマンス冒険小説。素晴らしい団に入れた様に思えます。


あてがわれた自室でベッドを整えて寝転ぶと、涙が出そうになりました。

かれこれ三十年、諦めていた夢にようやく手が届いた事実が信じられません。

この身に代えても夢を叶えてくれた二人に忠義を尽くすことを心に改めて誓いました。

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