第12話

随分と商いの利益が増えてきた。

なぜなら冒険に行っていないのに貯金が増え始めたからだ。


俺のポーション売上は微々たるもの。リリエの生産量がうなぎのぼりだ。

主要素材が迷宮産で原価ゼロだというのも後押ししている。


しかし、物事にも資源にも終りがある。


「先生!ヤバい!鉄がない!」


鉄が切れた。収入源が無くなるピンチであるらしい。


だが泣きつかれてもまだ三日は安静にしてもらわないといけない。

平気に歩き回っているが、深手は深手なのだ。


というか後三日ぐらいならどうにかなるから静養して欲しい。


それに鉄を買うとなると商業流通に手を出すことになる。

鉄や金属は管理されている。国家が安全保障上の理由で管理しているが実務は商業ギルドだ。


別に厳しく取り締まっているわけではないが

個人が気軽にインゴットやらを買えるようなものでもない。


この国は、いやこの世界は国家の縛りと国家を超えてつながりを持つギルドの縛りを持つ。

国家法とギルド法、さらにギルド間の住み分けの協定や国家間の協定によって複雑怪奇に利権が絡み合う。


鉄はその利権にガッツリ食い込んでいる。大迷宮を擁する都市であるし付近には戦争が大好きな国まである。

よって武器の需要はいつだって供給不足だ。だからこそ表向きはこぼれてきにくい。


「ふぅむ。鍛冶ギルドは?」


「無理。外に卸すのは直轄店舗ぐらいだって」


では鍛冶ギルドから独立している鍛冶屋はどうするのかといえば、直接のコネがある。

無論、鉄を扱う許可証(迷宮なら冒険証で流通なら商業ギルドの許可証だ)を持った相手からだ。


まあ、闇鉄もある。これはかなりありふれてはいるが、いざ捕まると結構な重い罪になる。

鉄の管理は国家法でなされているが、ラクルエスタではギルド証剥奪等を課される。


通常、国家法に対抗するギルド法がない場合ギルドは不干渉を貫く。

つまり国家法でのギルド証剥奪は実質的に、その国での該当活動を禁止するということになる。


冒険者はややゆるく、採取した鉄やそれに準ずる金属が一マーク(※鉄で一トンぐらいだ)以下なら報告の義務がない。

ただし、それを不正な流通に乗せた場合は不正流通の罪でギルド証剥奪と刑になる。


「先生、お願い、鉄が…」


リリエが懇願してくる。確かに闇鉄は論外として、何らかの商業的コネは必要である。

錬金術ギルドなら流通部門が商業ギルドと深く関わっているので、どうにかなるか?

だが、頼りすぎると危険な気がする、いつの間にか祝言なんてことも…


というか商業的なコネクションは色んな面で必要になる。

何も鉄だけで剣ができるわけでもなく、ポーションの瓶だって溶媒だってそうだ。

流通に乗せる量を確保するには安定した素材や原料の仕入れが必須である


「御免下さい」


そんな時、誰かが訪ねてきた。

この家を手に入れてより、来客なんてのは初めての事だ。


「この団でパーティーメンバー募集をなさっておられるとか」


そう言って進み出たのは、壮年と言うにはやや、上、老人と言うには少し若い。

上下ぴっしりとした服の見るからに接客業務に慣れた佇まい。

ステッキを片手に警戒感を抱かせないが油断ならない笑みを浮かべる男性だった。


「えっと、冒険者、の、方ですか?」


恐る恐る聞いてみる。そうは見えないが、ベテラン冒険者であってくれ…!


「いえ、冒険者志望で御座います。」


ごくり、と飲み込む音がする。俺かリリエか。


「アントニオ・ゼタリースと申します。年齢は五十と少し。今はマルケ商会に。」


名乗られた。これは追い返すタイミングを完全に逸したということだ。

まさか募集に応じた最初の人物が面接するかどうかを悩むぐらいのインパクトを出してくるとは。

完全に不意打ちを食らい、未だ立ち直れない。


「じゃあ、お爺さん、こっちで。お茶出すね。」


リリエが思わぬ立ち直りを見せ、話を進めてくれる。

こういう不測の事態に対しての行動力は頼もしい。


「さて、どこから話したものでしょうか」


アントニオ氏はお茶を一口飲み少し考えた後、動機から話し始めた。


「私は幼い頃より冒険者に憧れておりました。」


彼の話を聞きながら、脳裏に虫が潜っていく。

アントニオ・ゼダリース。多い名前ではないはずだが、ラクルエスタは人口四百万を超える大都市。

同姓同名の人物も多い。そんな人間の名前の何が引っかかるというのか?


「…貧しい生まれでした。しかし冒険小説が好きで…どうにかラクルエスタへ来て、その後…」


「ふむふむ」


リリエはアントニオ氏の話を真面目に聞いている。

あった、新聞、似顔絵付き。間違いない。これは…


「どうして冒険者にならなかったの」


「それは…」


リリエの質問にアントニオ氏は口ごもった。

だが彼は意を決したように話し出した。


「私は罪を犯しました。魔物の取引に関する罪。冒険証の無期限発行禁止処置を含む罰を受けました。」


「え!?」


リリエが心底驚く。

そう、彼は冒険者になりに来たのに、それが無理な人間なのだ。

ではなんのためにここにいるのか?


「出向ですね」


アントニオ氏は目を丸くして、そして頷いた。


「なにそれ?」


「商業ギルド法で『冒険団に出向する者には冒険証と同等の権限の証を商業ギルドが発行する』という項がある」

「これ自体は団の会計作業時の様々な不便を無くすために冒険者ギルドと商業ギルドが締結した協定だよ」

「発行禁止処置はあくまでラクルエスタの国家法だから、ギルド法である条項が抜け道になりえる」


「は~…でもズルくない?」


そう、これは法の抜け道を巧妙に使って彼が冒険者になる最後の手段とも言える。

だが倫理的にはかなりアウトの部類だ。


「この条項の締結が五年前。ずっと私を受け入れてくれそうな団を探しておりました。」

「相次ぐ門前払い。話を聞いてくれたのはここが最初です。」


「それはそうでしょう…」


「なので、これが最初で最後の機会だと思います。恥を偲んでお頼み致したい。この老骨めを団へ所属させてください」

「…これを」


アントニオ氏がテーブルに広げたのは巻物。

魔法の心得がない人間が魔術を行使できるようにした魔法の道具だ。


「…これはラクルエスタでは違法のはずでは?」


「正確には『他人への使用を禁じる』となっております。所持は犯罪ではありません。」

「…そして自分への使用も」


「は?」


巻物に光が灯るとそのままアントニオ氏を包んだ。


「『法に触れる』『他人の財貨を許可なく使う』『アントニオ・ゼダリースの名を名乗る』」


「ちょっ」


止めようとしたが遅かった。


「以上を禁止する。証人の前で、誓い、刻む。『契約』」


アントニオ氏を包む光が左手に収束する。

ジュ。と音がして焦げる匂いが部屋に広り、手の甲には複雑な焼印が刻まれていた。

唖然とする俺の前で、自分に自分で奴隷契約の印を刻んだ男は平気な顔をして言った。


「…これは私のけじめです。」

「ここでどういう結果になろうとも、こう生きるつもりでありました。」


あまりのスピード感についていけないが、追い返す方法を考えている。

申し訳無さもあるが状況のリスクは避けたい。彼は本来冒険者としての資格がない人物。

万が一、抜け道を悪用したとなれば俺やリリエも共犯と見做されるだろう。


「あー、私はいいと思うよ」

「悪い人に見えない」


リリエは信じがたいことを言い出す。あまりにリスクが大きいのではないか。


「いえ、私は悪いことをした人間です。事実として悪人であることと考えてください」


「う~ん。やっぱなんか違う」


リリエは頑なに彼への評価を曲げない。

そも、彼女は幼少期に悪い大人に騙されて家を追われ売られた経験があるのだ。

その割に何と危機感のないことか。


「リリエ、こう言うとアレだが騙されてるかも知れないんだぞ」


「そうです。しっかり疑って頂かないと騙されますぞ」


「…こっから私たちを騙す意味なくない?」


「…」


確かに。

いや、家、とか。だが購入価格を考えると…


まず、自分でした誓約で犯罪である金品権利の詐取窃盗は禁止されている。

確かに彼にできることは名を捨てて真っ当に生きるぐらいしか残っていない。


「…なぜ名前を?」


「仲間となるのであれば隠し事はしたくないので契約を見ていただきました。」

「しかし私はあくまでアントニオ某ではない、いち冒険者として団へ参加しに来たという事のためです」


法の抜け道を使ったのは自分であり独断であるという建前をつけるために、名前を捨てたということか。

だがそれは別に誓約が必要なわけではない。


「…それに、自分が自分であることとは呪いのようなものです」


彼が絞り出すように語るのは、稚拙で自己中心的で、それだけに否定も誤魔化しもできない純粋な意志だった。


「犯罪者であるからではありません、商会で不当に扱われたこともなく、自分は有能だと思っています。」

「罪を犯しても、やり直し、むしろ恵まれた境遇に身を置いています。これは幸福なことです。」

「しかし、自分が好きになれない。いや、自分が嫌になる。こう生きたくない。」


「これは罪に対する罰でもなく、償いでもありません。」

「私は私の一身上の都合により、私を辞して平穏に背を向け生きたく願います。」


老境の至りと言うのは簡単であろう。愚かというのは理解できるからだ。

理由もなく意味もなく平穏を捨てたい。それは狂気と言えた。


彼と同じものが理解不能のまま自分のこの身の裏に巣食っている。

きっと彼女の中にも。

そのリリエは少しむずかしい顔をした後、にっと笑った。


「…わかった。よろしく、お爺ちゃん!」


リリエが手を差し出し、握手する。

俺も諦めて手を差し出すと彼は笑い握り返した。


これで、パーティーは三人になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る