第11話
ポーションは一度に十数個が限界だった。それ以上ピラミッドを積み上げるとどんどんと味が薄くなる。
唯でさえ質の悪いポーションなのに量産の限度すらあるとは。
推測としては面積比の問題。家の敷地面積から取れる環境圧がこの数のポーションを限度としているということか。
家の四隅に配置したりすれば増えるだろうか。
「先生、そんなにポーションどうするの。」
「ふうむ」
数日の実験で大量のポーションが手元にある。
それでもせいぜい数十個だが、冒険に全部持っていけるわけでもないし、家に置いても邪魔だ。
それにこれから実験も続けると、二人パーティーでは多すぎる生産量だと思われる。
「売ったら?」
「うぅむ」
「どうしたの」
「いや、ギルドの、辞め方がな…」
薬草や虫ぐらいなら個人商店に引き取ってもらえるが、ポーションは法規制が比較的厳しく
一度はギルドを通すかキリクのギルド証が必要になる(キリクは霊的な薬草であり、ポーションの象徴とされる)
どう考えても錬金術ギルドへ顔をだすことになるが、気が
「どーん!」
リリエが手刀を頭頂部に落としてきた。
「もうしーらない」
そう言うと庭へ行って剣を研ぎ始めた。
俺はしばらく頭頂部を押さえていたが、諦めてポーションを鞄に詰め錬金術ギルドへ向かうことにした。
ラクルエスタ国立大学を取り囲むように、民間の学業研究その他の区画がある。
無論、都市国家ラクルエスタの中心である大学を中心にしている以上、それらの規模も質も世界に並ぶものはないだろう。
魔法研究所は学内にもあるが、ラクルエスタの環境を求めて外部から来るものも多い。
そういった研究所や個人商店等が連なる雑多な魔法街を抜け、各魔術ギルドや魔導ギルドの横。
やや古く小さい建物だが手入れの行き届いた建物が錬金術ギルドだ。
錬金術は生活に密着している。魔術は使える人がそれほど多くない代わりに、錬金術で代用される。
しかし錬金術という言葉の指す範囲は無闇に広く、魔法とは関係の無い化学反応を用いたものから魔法を使った道具、機械まで。
一つのギルドに管理できる分を遥かに超えているため、大半の事業は独立してしまった。
残ったのはポーションの生産と流通の事業のみ。それだけでも利益は莫大ではあるが、今代のギルド長は変わり者だ。
「錬金術ギルドへようこそ!」
眼鏡に笑顔が眩しい愛嬌のある娘だ。
俺のことは知らないらしい。セーフ。
「えっと、質は良くないんですがポーションの買い取りをお願いしたいんです」
「分かりました。ギルド証はありますか?」
「一応、正式のではないですけど」
そう言うと木の板に知らない文字(俺でもだ)が書かれているものを渡す。
「えーと、なんですかこれ、あ、いえ、確認してきます」
ととと、と受付の娘が裏へさがってしばらくすると
ドドドドド、っと階段を激しく下りてくる音がした。まずい。
「ミマサカァ!」
受付カウンターに怒鳴り込んできたのは老婆。
それも年齢がわからないほど深いシワの刻まれた凄まじい老婆だ。
それが老いを全く感じさせない動きで俺の前に躍り出た。
「よぉ~うやく戻ってきたね。真理探求の道へ進む覚悟ができたってことかい!」
「いや」
「みなまで言うな!分かってる、約束通り孫娘も付けよう!よりどりみどり!何人でもいい!」
「ほら、セラ!挨拶せんか!」
先程の受付の娘がぎこちなく笑顔を向けてくる。
いい加減、迷惑なのでしっかりと断る。彼女の笑顔も悲しいほど痛々しい。
「ギルド長、今日はそういう話ではないです」
「だろうね。」
老婆、ギルド長であるエリザベート、は一瞬で静かになり受付のカウンターに座った。
やれやれ、とため息をつくといくつか道具を懐から出してポーションを検分しはじめた。
「酷いポーションもあったもんだ。なんだいこれは」
「励起無しで作ったんです。どうも無魔力らしくて。」
「は!」
ギルド長は心底驚いたように笑うとポーションを飲んだ。
「非効率で、質も悪い。これとこれは買い取りできないよ。悪すぎる。」
「分かりました」
「…今は何してんだい、クソジジイのとこに戻ったか?」
「冒険者を」
「ヒッヒ、もう少し面白い冗談を考えてくるんだね。」
俺が何も言わないと、流石にギルド長も気づいたらしい。
苦虫を噛み潰したように、顔が平時よりさらにくしゃくしゃになる
ギルド長は懐から大木のレリーフの付いたギルド証を渡してきた。
「これは、ニナの木のギルド証に見えますが」
「やるっつってんだ。気が変わらないうちに仕舞な。」
「だけど」
ニナの木はどんな森にも数本ある。しかしどんな森にも数本しか無い、謎めいた木だ。
旅人の木とも呼ばれ、民話では山や森の神の目だという。
錬金術ギルドでは素材をレリーフとしたギルド証を発行している。
様々な役割や特権を素材の生態や性質や神話が表している。
ニナの木の役目は長の目となり見聞し判断すること。即ちギルド長直轄代行。
人事裁量や組織方針まで口出しする権利がある。こんな物騒なもの使う訳にはいかない。
後は、ギルド長のみが閲覧可能な
「ギルド特定書架…」
「勿論読める。これで釣るつもりだったんだ。アタシより先に死んだら承知しないよ。」
老婆は大仰にため息をつくとポーションの代金を渡してきた。
「今は、書架に入るためだけに渡すよ。」
今は、と非常に強くアクセントをつけて説明される。
「アンタは、あの大図書館ひっくるめてもお釣りが来る様な価値がある。精々恩義に感じておくれ。」
「買いかぶりすぎです。読めない本は無意味でしょう」
「喋る本は読まんでええ」
それだけ言うとセラさんのお尻を叩いて裏へ下がった。
「もぅ。いつもああなんですよ強引で。あ、お茶入れてきますね。書架はこっちの裏から下りた地下なんですよ。」
俺はセラさんが帰ってくるのを待たずに、するするとカウンターを通って地下へ続く階段を降りた。
錬金術ギルドは、ギルドとしては破格に古い。
千年前の最初の開拓期より遡ることすらできる。
ラクルエスタ開拓自体が二百年ほど前の第二開拓期以降ではあるが…
ただ、魔導の探求者を自称してはばからないあの老婆の収蔵品である。
大いに期待できる。そして目の前の木製の扉にかかった錠にギルド証をかざす。
音もなく扉が開いた。
「あれ、もう書架に入るんですか。」
「あー、いえ。戻ります」
見下ろすセラさんと一緒にカウンターに戻ると俺はお茶を飲む。
錬金術ギルドはその性質上、茶葉の流通にも手を出している。美味い。
「書架、多分すごいことになってますよ。リビングは片付けるのに自分の部屋は片付けないタイプなんですよ、お婆ちゃん。」
「いや、意外と整理されてましたよ」
「見たんですか。それなら良かったです。どういう本が欲しいか言ってくれたらお婆ちゃんにどこにあるか聞いときますよ」
「もう読んだので大丈夫ですよ」
セラさんが少し間を置く
「えっと、すぐ見つかったんですか?」
「全部読みました」
セラさんが怪訝な顔をする。
疑われ少し焦る。
「あ、『本の虫』、俺の特有の技能で、すぐ読めるんです、転生者の」
「あ、はぁー、はい、へー」
彼女はまだ事情が飲み込めたのかどうか、疑わしい顔をしている。
だがこれ以上説明しようもないので黙ってお茶を飲む。
「ど、どんな本がありました?」
セラさんが恐る恐る聞いてくる。
「魔女工作や薬草分類等の錬金術の前段階からの本がありましたね。もしかして王都から持ってきました?」
「え、ええ、お婆ちゃんもそう言ってたはずです。向こうから来る時に気に入ったのを全部持ってきたって…」
「その後の開拓期の本や、日記もありました、クセ字や今は使われてない文字の本まで。大図書館にも無いような資料でしたよ。」
「非常に参考になりました。もしかしたら今の懸案が解決するかも」
「…それは良かったです」
「さて、そろそろ…」
「また来てくださいね、お婆ちゃん、ミマサカさんといると楽しそうで」
「はぁ、ポーションをまた納めに来ます。ニナ証はポーション小売権限が無いので…」
これは盲点だがニナの木のギルド証は権限が運営側なので、一錬金術師が持つには小回りがきかない。
組織運営に関わる気がない人間に渡すと、本当に書架やギルドの建物に入る権限ぐらいしか無いのだ。ハメられたか?
「いつでも待ってますよ、ミマサカ代行。」
錬金術ギルド長エリザベートは着実に包囲の手を狭めようとしている。
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