第10話
俺の理論が正しければ、この結界内の薬液は翌朝ポーションになっているはずだ。
励起された魔力がなくとも無機物は環境に置くだけで目的ベクトルの影響を受ける。
古代より魔力を帯びた道具を作るために行われてきたが、エンチャント術式の発見によって忘れ去られた方法だ。
ポーションなどは元から癒やす方向の薬草を組み合わせてあるので、生成するには励起しさえすればいい。
ので、古代においてもこんな回りくどい方法でポーションを作った奴は居ないだろう。世界初だ。快挙と呼ぼう。
俺はそう思いながら居間でピラミッドパワーに囲まれた薬瓶を凝視していた。
「んぁ、…先生?」
リリエが起きてきた。今は夜半過ぎ。
俺も一度はベッドに入ったが薬瓶が気になってここに陣取っている。
「ふぅむ。ポーションになるはずなんだ。」
「ん、いつ?」
「…もしかしたら、百年後かもしれない」
事実、この方法で作られる魔剣等は数百年という時間を前提にしていたらしい。
所詮はポーション。だが魔力の定量化や定式化はされていない。よって正確な時間などは分からない。
「ふーん」
リリエはそう言いながら俺の隣りに座った。
「ポーション作れたら、錬金術師だね」
俺はあの日、冒険者ギルドの職業記入欄に『学士』と書いた。
自分を表す言葉がそれ以外思いつかなかったからだ。それはすこし挫折に似ていた。
「…そうだな」
「そうだよ」
二人でしばらく薬瓶を見ていたが、横から寝息が聞こえてきた。
毛布を彼女にかけて薬瓶を見続ける。
空が白くなり始めた頃、薄明るさで薬液の色が昨夜とは変わっていることが確認できた
嗅いで、舐めた。ポーションの判別方法は分かる。錬金術師ギルドで何度もやった。
これは、ポーションだ。
「ふぅー…」
大きく息を吐く。人並みと言うにはあまりにひどいポーションだが。作れた。
ここからさらにポーション作成の速さと質を上げるための結界の改良と、応用した戦闘手段の開発。
そして魔術を行使できる励起された魔力の確保。
これが最も難しいように思う。それが簡単にできれば今頃魔法を使った万人に行使できる技術が発展していることだろう。
励起された目的の定まらない魔力には心当たりが一応ある。
だがそれは実用化に向かないものだ。
徹夜が堪える。自室に戻って寝よう。
リリエは起こすべきだろうか。寒いと言うほどの気温でもないので、大丈夫だろうか。スヤスヤと寝ている。
俺が彼女と肩を並べることは無理かもしれない。ただ付いて行くぐらいはしたい。
転生者なのだから、それぐらいはできるはずだ。いや、するのだ。
師曰く『勇者とは、その役が降ってくるようなものだ』という。その資格がある人に機が巡ってくる。
リリエにその機が巡ることはあるだろうか。それ以前に英雄と呼ばれる存在になれるのだろうか。
勇者王エンデルや海の女タエは大迷宮を征服し、人界を押し広げる大開拓期をもたらした勇者の中の勇者、征服者だ。
このラクルエスタにも大迷宮がある。そしてそれを征服した存在は間違いなく勇者と呼ばれるだろう。
地を治めることとは土地に神殿や王宮を建てることではない。
地脈を平定して環境を掌握することだ。強い脈は強い迷宮を生み出す。それを征服し人界を広げる助けとするのが征服者である。
勇者の総数は人類の歴史から見て少ない。征服者は更に少なく、先程の二人のみ。
大規模な人界の押し広げに必須とされる大迷宮の征服に成功したのは長い歴史上でもたったの二人なのだ。
だがラクルエスタで勇者になると言えば、征服者だ。
土地の主を倒して人界として広げる開拓者になりたければ前線都市へ行けばいい。
彼女に征服者となる力があるか、その素質はどうか。
考えるに、あるがない。彼女は典型的な突っ込むタイプだ。
頭も勘も運動神経も良い。だが物事を悲観的に捉えて客観的に管理する能力が無い。
迷宮での危機管理能力の欠如は致命的と言える。だがこれは誰かが補えるものだ。
俺じゃなくても良い。だが、俺はそれを選びたい。
「ん、あ?」
横で声がした。
リリエが起きたのだろう。
「んー…ポーション」
リリエは目をこすりながら机の上を見る
「消えた?」
「いや、ある。ちゃんとポーションになったぞ」
俺は自分が持っている薬瓶を差し出した。
「おー…」
リリエはポーションを手に取るとおもむろにゴクゴクと飲み干した。
俺は動揺するが平静に努める。
「…分かるか?」
「んー…苦くてピリピリ…」
「…あ、飲んじゃった」
「別にいい」
俺はいくつか自室からピラミッドパワーを持ってきて薬瓶を中に入れた。
「いっぱい作るの?」
「いや、色々違うやつだ。それに昼夜で環境に変化があるかもしれん」
「ふーん」
「じゃあ俺は寝る」
そういうとリリエはおやすみと言って、水を飲んで庭へ向かった。
俺は自室へ行きベッドに入ると、すぐに寝入った。
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