第6話
リリエの負傷から数日が経つ。
リリエは翌日にはもう「治った」などと言い鍛冶仕事を本格的に始めていた。
事実、顔色もよく足の傷以外はもう問題にならないようで、本当に頑丈だ。
俺は鍛冶仕事を見ながら、彼女の生活の基盤を見つけ出そうと考えていた。
冒険者のような不安定で危険な仕事ではなく、もっと安全な仕事だ。
やはり鍛冶はもってこいに思える。
この世界の鍛冶は言い換えれば兵器産業のようなものなので、比較的にギルドに入る審査は厳しい。
その分カタい。
特に、このラクルエスタは小規模な都市国家ながら、軍隊は精強で近隣に敵対的な国家があるし
まず街中に『国立大学地下大迷宮』(大迷宮は人界に八つしかない)を始めとして迷宮が三つもある。
武器の需要が途切れることはまずない。
「リリエ、見習い証は持ってないのか」
見習い証とは、ギルド員ではあるが十分な実力が認められないものに与えられる身分証一般のことだ。
鍛冶ギルドは下から白、緑、赤となっている。(ギルド証は銅、銀、金と続く)
「ん」
汗を拭きながら剣を研いでいた彼女はポケットから赤い鍛冶ギルドの見習い証を出した。
「赤の二か」
上記六段階にも内部で細かい分別がある。
赤の二なら殆ど鍛冶屋としては及第点の腕があり、試験に合格すれば独立可能な銅のギルド証に昇格できるレベルだ。
見習い証をまじまじと見る俺に訝しんだリリエは作業の手を止めて聞いた。
「なに?」
「ふぅむ。銅を取る気はないか」
「自分で使う分だけなら見習い証も必要ないよ」
「んんむ」
俺はそれ以上何も言わず、看病はもう必要ないと思い、先の探索でリリエが集めた収集品の換金に向かった。
リリエの体調は悪くないようだが、足はどう見ても重症だ。まだしばらくは松葉杖だろう。
国に傷病証明書を出すと医療費として税金の控除がある。
さらに、冒険者ギルドに行って冒険者傷病証明書を発行してもらうと国から若干の還付すらある。
なのだが
「傷 病 証 明 書」
マリーさんの視線は、痛い。
「なにやってるんですか。こうならないように、貴方がいるんじゃないんですか」
「本当に形だけですね。役に立ってるんですか。どうなんですか」
「はい、俺のせいです…」
「ッチ、貴方のせいな訳ないでしょ、自惚れないでください」
どうしろと。
だがマリーさんがリリエのことを本当に考えてくれていることは痛いほど分かる。
だから相談するなら、彼女以外にないはずだ。
「えっと、リリエのこれからについて、相談があるんですが」
「…はぁ?」
彼女の目は冷たい。俺が彼女のことを考えているとは信じがたいのだろう。
確かに自分を客観的に見るとかなり胡散臭い。
「彼女には鍛冶の技能があります。なので冒険者ではなく鍛冶師として生計を立てるべきではないかと。」
少し驚いたような顔をした後、マリーさんは俺の意見に同意して続けた。
「…悪くない、利害の一致ね。でも、ここに最初に来た時にも私はそう勧めたの」
「その時はもう仲間もいたし、断られた。今思えば仲間だけが理由じゃなかったかもね。」
マリーさんはやや辛そうな顔をしてリリエの前の仲間と知っている過去について少し喋った。
リリエからは聞いたことがない話だった。
「…彼女が望むなら」
「リリエちゃんがそうしたいと望むなら、そうしてあげて。」
その時は協力を惜しまない、とマリーさんは言ってくれた。
その時のためにできる限りのことをしておこうと、次に向かったのは鍛冶ギルドだった。
ラクルエスタの鍛冶ギルドは冒険者ギルドとは少し離れた商業区画にある。
商人ギルドや錬金術ギルドの支部(こっちは流通部門だ)がある通りの奥、一番大きくて無骨な建物。金属音が響いている。
鍛冶ギルド本部の裏手には鍛冶場があり、本部に直接来た大きな仕事を請け負っているらしい。
建物の二階では製品の直売、三階では卸売商談などがされる。
そのため存外に冒険者や商人の出入りが多い。
一階の受付の周りには煤を顔や服につけた鍛冶師の人たちが談笑していた。
「で、これあんたが打ったんかい?」
目の前の受付に出てきた男は短剣を見ている。リリエが俺にくれたものだ。
「いえ、赤の二の見習いの子が。」
「こことは支部は違うかも知れませんが、昇格等に問題はないでしょうか」
「ない。六等級のとこなら本部は全部一緒だ。」
男は短剣の刃の部分を指でなぞりながら頷いている。
「…銅なら本人が来ればすぐ出せる。」
「本当ですか」
「この本部で修行すれば、二年で銀を持たせてやるぞ。どうだ?」
銀のギルド証となれば一流の証だ。それこそ、そのまま本部の専属になれるほどの。
リリエの鍛冶の腕はかなりしっかりしているらしい。
「本人と話します。俺としてはすごくいい話だと思います。」
「んっん、望み薄だな」
男は短剣を見ながら髭を撫でて喉だけで笑った。
「説得します」
「ん、んっん、バカで頑固は損な事だが、鍛冶屋にゃ美徳よ。見りゃ分かる。ほれ」
男は俺に短剣を返すと、まだ笑っていた。
「嫌だ」
リリエは昼ごはんに残り物の粥をかきこみながら
鍛冶ギルドへの弟子入りの話を、はっきり嫌だといった。
この答えは予測していなかった。
鍛冶ギルドで男に示唆されたときも、彼女の最終的な望みを考えれば断るはずがないと
「なぜだ」
「…先生、生活できないでしょ」
「それは関係ない。」
「じゃあ先生一人で大丈夫なの」
「大丈夫だ」
「…私居なくなるんだよ?」
「何が言いたいんだ」
「……もういい」
席を立つ彼女に何も言えなかった。
まず、なぜ弟子入りして鍛冶屋になることが嫌なのかも分からなかった。
兎に角できる限り説得しよう
これが彼女の望みに一番近いことのはずだ。
失った家は取り戻せないが、新しい居場所を作ることはできる
彼女の求めるものに手を伸ばせば届くはずだ。
「…リリエ、話がしたい。」
彼女の部屋のドアをノックする。
締まりきっていなかったドアが押され室内が見えた。
ベッドは崩れた布団、場所が定まらず適当に置かれた家具。道具。
床には衣服が脱ぎっぱなしで落ちている。
「リリエ?」
開け放たれた窓にはカーテンが揺れていた。
リリエは、彼女はどこにも居なかった。
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