第5話
俺は玄関で唖然とした。
どうやってこの傷で歩いて帰ってきたんだ。
俺が怒る前にリリエは何か言おうとして、玄関で倒れた。
急いで医者を呼んで、治療してもらう。
神殿も考慮する。命には代えられない。
傷を洗い、止血、縫合。薬を溶かしたぬるま湯を飲ませる。
「はい、終わりました。一応、傷から病気になるのだけ怖いんで、ヤサンを毎食後に。これです」
「だ、大丈夫なんですか」
「縫った傷は2週間ほどで塞がるでしょう。だいぶ血が減ってるので二、三日は安静に。」
命の危険はないらしい。胸をなでおろす。
「早く治したいなら神殿ですね。ではお大事に。」
お金を払った去り際にそう言われる。
神殿には高度な治療魔法を修めた神官が常駐している。だが治療費はそのぶん高い。
時間は有限だが、その有限な時間の限界はお金が決めている。
それが、もしや彼女に無理をさせてしまったのだろうか
俺はこの2日とも彼女が迷宮に行くのを止めることも出来ず危険に晒した事を思う。
どうにも眠る彼女の横を離れられずに立ち尽くした。
「リリエ、すまない、俺が…」
一体俺は何を考えているんだろうか。
彼女を自分がなりそこねた勇者にして、満足したいだけじゃないのか
ベッドの端に座るとしばらく頭を抱えた。
なにか考えた気もするが何も考えられていなかっただろう。
立ち上がって、台所へ行き、おかゆを作る。
今回はちゃんと豆を煮崩す。
消化に悪いかも知れないが、何らかのタンパク質は必要だ。
行き倒れを拾った時を思い出す。それからの三日で分かったことは、彼女は小さい体に似合わず頑健だ。
だから無理ができるだけ無理をしてしまうのだろう
いずれ疲労か、油断か、両方かで今回より致命的な判断ミスを犯してしまうのではないか。
彼女が満身創痍で帰ってきてから、そんなことばかり考えていると
カァン!
庭の方から何かをぶつけたような金属音がする。
「…!」
覗くとリリエが持って帰ってきた虫の殻を炉で熱して叩いていた
鮮やかな橙と赤に火花が散り、槌の音が響く。
炉と鉄の朱の光に染まった彼女の横顔は、美しい。
一心不乱に赤い鉄に槌を振り下ろし続ける彼女を
俺は止めることも話しかけることも出来ずにずっと見ていた。
永遠にも思えるような時間が過ぎ去ると
ジュっと、剣の形になった鉄を水に沈め彼女は顔を上げて俺を見た。
「せんせ」
その両目からぼろぼろと涙が溢れる
俺はタオルを持ってこようとするが、服の裾を掴まれている
彼女が裾を引っ張って俺を横に座らせ、そのまま胸に顔をつけて泣き出した。
中途半端に上げた手が情けない。難儀して、頭…背中…背中に置く。
小さく細い。
「ごめ、ごめん、なさい、泣いて、ばっかで」
「大丈夫だ」
しばらく泣いて落ち着いたら彼女を抱き上げて、部屋へ連れて行く
「あ、しあげ…」
「今度にしよう」
「ん」
彼女の体が熱い。無理に動くから発熱したのだと思う。
ベッドに横たえると台所からぬるい粥を取ってきて食べさせる
粥を食べ終えると、彼女はそのまま眠った。
俺は横で眠っている彼女をずっと見ていた。
起きたら、彼女を説得して冒険者を辞めさせた方がいいと、そんな事をいつの間にか考えている。
だが真っ暗な部屋でリリエの寝息を聞いている時間は、これまでの人生で最も穏やかな時間だったかもれない。
どれぐらい時間が経っただろうか
リリエは寝返りをうつと「先生」と言った。
俺が「ん」とだけ返すと、寝言ではなかったようで話し始めた
「わたしには、ドワーフの血が流れてる。鉄と、火の、血が。」
「みんなは、冒険者になりたかったの、私は違って、私はいつか、家に帰りたかった、あの家に」
「だから、みんな死んで、わたしだけ残ったの、行先が違うから」
「家は、ない、もうみんな、死んだから」
「だから、鍛冶したくなかった、家がないの、意味ないから」
「でも、せんせ、わたし」
「…ただいま」
「……おかえり」
そう言うと彼女は安心したようにまた眠った。
俺は彼女の細い手首を、朝になるまでずっと見ていた。
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